23・正反対のふたりが出会う時。それはさておき俺は走り出す

 連休1日目。

 朝はカナと上井先生、梶原さんを発表会に見送りつつ俺は鷹田の所へ。


「そろそろ慣れてきたなぁ! 坊主!! 今日もがんばっぞ!」

「ウッス」


 や っ ぱ り バ イ ト。

 知 っ て た。


 ……


「ねえ、鷹田?? 鷹田???」


 移動中に鷹田に声をかける。


「あーマイナスとバイトすんの楽しいなー」

「感情籠ってないよ!! 今日は遊ぶって言ったじゃん!!」


 今日こそは鷹田とまた遊べると思ったのに、やっぱり裏切られたよ……でも予想はしてた。


「絶交の稼ぎ時だからよー稼げるときに稼ぎたいんだよなー」

「……自立のために……?」

「そう。それに加えて弟と妹のために金が入り用でさ……」

「そ、そうなの!? ならいくらでも手伝うって!」

「よっしゃ、そういう訳でこれからもよろしくー」

「鷹田ぁー!?」

「マイナス、ホントにチョロくておもしろ」


 鷹田が笑う。もうこれも毎度恒例になりそう……。


「そのさ……でもさ……」

「おう?」

「騙さなくても、助けになるなら手伝うしさ……こうやって一緒にいれるのは本当に嬉しいからさ……」

「……」

「また呼んでね……時間が合えば来るから……」


 いつも世話になってるし、最初に助けてくれたのは鷹田だし……いっぱいお礼したい。


「速水先輩もそんな感じで堕としたの?」

「堕とすってなに!?!?」

「無自覚なのかーこえー」

「何を!? 正直に伝えただけなんだけど!?」


 鷹田はケラケラ笑ってる。自分の気持ちを正直に伝えただけなのに釈然としないなー!!



 と、その時に社員さんに電話がかかってきて対応する。それが終わってから俺と鷹田を見て声をかけた。


「別の所で人手が全く足りなくてさ、緊急で助っ人行ってもらえる?」



 ――



 普段は夕方以降に使っている、駅のバスターミナル。そこに今日は鷹田と座ってる。


「ここのバスの行き先のさ、終点近くって高級住宅街なんだってよ」


 早めの昼ごはんを食べながら鷹田が言う。


「バイトとかしないで悠々自適、親の金で高校にも大学にも行かせてもらえんだろうなー」

「鷹田は苦学生……って感じだよね」

「ボンボンの息子とか絶対に仲良くなれねえわな」

「あはは……」


 家の事を鷹田に言わなくてよかった……本当によかった。


「てかバスとかも使わないで、車で送迎とかなんだろうなーいいなー。俺もそういう暮らしをしてえー」

「そ、そこまでは……どうなんだろうね」


 学校まで、とはいかなくても駅までの送迎をショウくんはしてもらってる……ちなみに俺は今の高校に通うための一環でバス通学を選んだ。


「てか見ろよ。あいつ、もしかしてボンボンの息子じゃね?」

「ん……」


 そういって鷹田が指した先にいるのは――


「(ショ、ショウくん!?)」


 不安そうに周りを見回しながらこちらにやってくる。そしてそのまま待合席に座り、スマホを操作している。

 なんで!? 駅まで車での送迎だったよね!?


「あいつ、絶対ボンボンだよボンボン。バスの乗り方わかんないとかならもう確実」

「あはは……バスくらい乗れるでしょー……」


 帽子を深く被りショウくんに俺の事がバレないように顔を逸らす。


「じゃあ賭けようぜ。マイナス負けたらジュース奢りな」


 ショウくんがハッとスマホから顔をあげる。

 もしかして"マイナ"スで反応しちゃった……!?


「わ、わかったってば。騒ぐのはみんなの迷惑だから静かにしよう」

「いやいや誰に迷惑なんだよ。マジで良い子ちゃんで受ける」


 俺の事がショウくんにバレたら、ショウくんの友達っていう事で俺の家について勘繰られちゃうかも……ひ、秘密を守り抜けーーー!!


 やっとバスがきて、俺と鷹田はササっと乗り込む。乗客はショウくん含めて俺たち3人だけ。

 ショウくんも続いて乗り込むけども……入口でスマホと機械を交互に見て何やら困ってる。


「あ、あの……」


 バスの運転手さんにショウくんが声をかけようとした時に鷹田が言う。


「始発の時は整理券要らねえんだよ。バスの乗んのは初めてか?」

「……その通りだが」


 鷹田が勝利を確信してそっと俺に振り返り親指を立てる。

 ショウくんどうか俺に気が付かないでください……


 ……


「なんでバス挑戦したのー?」


 前から順番に俺、鷹田、ショウくんという座席で座っている。

 鷹田は声をかけたのを皮切りに、ショウくんに興味津々の様子で話しかける。コミュ強過ぎるんだよなぁ。


「今まで乗った事が無いからだ。社会勉強のために」


「やっぱ普段は車で送迎とかなん?」

「そうだな」

「うお、やっぱ金持ちは違げえな……じゃあバスに乗る必要ってやっぱなくない?」

「……いや、友人がいてな」


 ん……シュウくんの友達の話! 気になって聞いちゃう……。


「ボンボン? やっぱ金持ち?」

「ボンボンという言葉はわからんが、金持ちには違いない。そいつがな……」

「金持ちの友達は金持ちかー。そいつが?」

「バスで通学しててな……」


 ……あれ? 俺の事ではないよね……???????


「マジで? 金持ちなのにバス通学??」

「事情とかは知らん。だが、僕が帰る時によく見るんだ。バスで帰る所を」

「もしかして……そいつとバスで一緒に帰りたくて勉強!?」


 いやーそんな事無いでしょー。普通に社会勉強だと思うよ? ショウくんは勤勉だからね。


「……うん」



 ……え??



「何々!? もしかして好きなの!? 相手は女!?」

「いや、男だが……好きなのは違いない……」


 えっ? えっ?? えええ!?


「あーこりゃ聞いちゃったわ! お熱だなー! 青春してんなー!!」

「……これだから大衆はすぐに何でも娯楽にする」

「いいじゃねえの。俺たちまた会うなんて事どうせねえし」

「それはその通りだ……お前は見た所、同年代に見えるが……」

「たぶん一緒だな。高校に入ったばかりよ」

「仕事……してるのか」

「一般的な大衆なんでな、あくせく働くっきゃないのよ」

「……そうか」


「言っとくけど哀れんだりすんなよ? そういうのマジでうぜえし、いつか見返して吠え面かかせるのが夢だからよ」

「ふん、気概は良いが温室育ちと高をくくって泣きを見るのはそっちだ」

「へえ……言うじゃん」

「お前こそ」


 ……ショウくんの気持ちを意外な形で知ってしまって、ドキドキしてる間に二人が……意気投合してる?


「ま、そいつと仲良くできるといいな」

「……仲良くはできなくてもいいが……」

「お、拗らせてんな? そういうの娯楽的にいいぜー」

「繊細な機微をすぐに茶化す……名前は聞いてもいいか?」


 仲良くなって連絡し合うようになったらどうしよう、どうしよう……。

 そんな心配をよそに鷹田はピシっとポーズを決めて言った。


「バスで会ったあいつじゃん、ってなるから楽しみにしとけ」

「ふっ、面白い事を言う。だが、口だけならいくらでも言える。期待なんてしない」


 目的地のアナウンスが流れる。寝たふりをしていた俺に鷹田は声をかける。


「おっ、そろそろか。マイナス起きろ!」

「お、おう」


 じゃあな、と鷹田とショウくんは声をかけあう。そして俺たちはバスから降りた。



 ――



「金持ちの子どもだからもっと鼻持ちならねえかと思ってたんだけど、割と普通なんだなー」

「あはは……そうだったね」

「まぁあいつだけが例外かもしんねーけどな。絶対に金持ちのボンボンは苦労なんてしてねーよ」

「偏見きびしいってー」


 鷹田の金持ち相手への偏見は本当に覚えておかなくちゃ……!



 ――



「あー着いた。サーセン! 助っ人で呼ばれやしたー!」

「どもー! って……あれえ?」


 目を向けてみて思った事はふたつある。

 ひとつは表札に『天野』とかかっている。

 もうひとつは皆バタバタしていて誰かを探している。


「何かあったんすか?」


 鷹田が引越の社員さんに声をかける。


「いやね、ここの子どもが一人、どこかに行っちゃってみんなで探してるんだ」


 心当たりが……心当たりがあり過ぎる。


「君たちも手伝ってくれない? 時間はまだ余裕あるからさ」

「その子はどんな子っすか?」

「ああ、小学校6年生で名前は『宙太』っていうんだ」



 完 全 に 一 致。



 え!? でも待って!?

 引越しなんて聞いてないし、宙太くんはカナに謝りたくて……!!


「わ、わかりましたー! 俺、探してくるッスね」


 俺は宙太くんが向かいそうな所に真っ先に駆け出した。



 ――



「宙太くん、いたー!!」


 俺の家の陰で隠れてた宙太くんをあっという間に発見。

 バスで数区間、それなりの距離はありつつも歩いてこれる範囲……それでも宙太くん、この距離を通ってカナの練習聴きに来てたんだね……


「えっ……テルお兄さん……???」


 俺がバイトの作業着を着ていたから一瞬逃げようとしたけど、気が付いて声をかけてくれる。


「色々聞きたい事があるけども、まずは引越しについて教えて! 引越ししちゃうの!?」


 宙太くんにそう聞くと、めそめそ泣き始めてしまう。


「お父さんがね、海外にみんなで暮らそうって……今までずっと離れてたから……」

「そ、そっか……すごい急だね……?」

「うん……昨日の夜に決まって……それで……今日……」


 宙太くんのバイタリティは恐らく遺伝なんだね……でも、本当に急すぎるよ。


「マイナちゃんに、ちゃんと、謝りたくて、でも、いなくって」

「今日はピアノの発表会でいないんだよ!」

「じゃ、じゃあ……謝れないんだ……」


 わーんと宙太くんは泣き出してしまう。


「待って、待って、時間があれば会えるかも。待って。えと、海外だから港? 何時に出発?」

「3時……だったかな……」


 今は……大体12時。カナの演奏が夕方で……港までは……あ、わかんない……

 待って待って待って待って……こういう時に色々詳しかったらどうにかできるのに。でも、そういうの全然わかんなくて……誰かに教えてもらえないか……教えてもらう!?


 俺はアプリを開いて波多野さんとの通話ボタンを押す。

 ああ! メッセージ送ればよかった!

 コール中にメッセージを送る。

『教えて』

 な、なにをだよー!?

『電車』

 ああ! 違う!

 そもそも波多野さんが出てくれるとは限らなくて……


「ど、どうしたの……マイナスくん?」


 出てくれた! 急なのに出てくれた!!


「波多野さん!!!!!! 助けて!!!!」

「え、ま、待ってね……落ち着いて……」


 ……


「うん、大丈夫」


 波多野さんは恐らくパソコンをカタカタ操作しながらそう言ってくれた。


「本当に!?」

「マイナスくん、指示をするから繋ぎっぱなしにしたいから、イヤホンとかでお願いできる?」

「わかった、取ってくる! 宙太くんは表で待ってて!」

「う、うん……!」


 ……


「妹の友達がさ、そう、謝りたくて、でも謝れなくてさ」

「うん」

「それで謝れるようにいっぱいがんばってさ、それでやっと整ってさ、これからだって時でさ」

「うん」

「余計なお世話かもだけどさ、でも、あの子が気持ちを伝わるのをさ」

「うん」

「俺、手伝いたいんだ」

「わかった」

「ごめん! 本当に急に、ごめん! 波多野さん!」

「大丈夫……私も手伝うよ」

「ありがとう……!!!」


 ……


「やだ! やだやだやだ!! やだーー!!」


 家から表に出た所で宙太くんの声が聞こえる。

 なんだ? と思ったらお巡りさんが宙太くんを保護していた!


「こら! 君! ここは人の家だぞ!!! って……舞南さんのところの。作業着なんて着てどうしたんですか?」

「あ、いや、その……宙太くんを……」

「なるほど、探しに? はは、でもちょうど入れ違いでしたね」

「イヤなの! やりたい事があるの!」

「この子は本官が保護して送るので安心してくださいね」


 ここで宙太くんの手を取って逃げるべきか……?

 いや、でもそんな事したら大事件になる。高校にもバイト先にも連絡が行って……

 どうなる? どうなる???


「マイナスくん、落ち着いて」

「で、でも」

「カナちゃんを連れてくるのはダメ?」

「えと……演奏は夕方で……」


 カタカタと波多野さんが操作する音が聞こえる。


「今からカナちゃんを迎えに行って港に行って、それから会場に戻る」

「……え???」

「大丈夫。できる」

「ほ、本当に?」

「信じて」

「……わかった!」


「宙太くん! カナ連れてくるから待っててね!! 大丈夫!!」

「……!!」

「お巡りさん、いつもお疲れ様です!!」

「はは、君もバイトがんばってくださいね」


 はい! と元気よく返事してから駆け出す。鷹田に連絡も入れる。


『ごめん、急用ができたからここで抜けるね』

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