22・やる事が……やる事が多すぎる……!
「おう、マイナ。お前さ、吹奏楽部での指揮とかもやって」
「ちょっと待ってくださいよーー!?」
音楽準備室という名の灰野先生の部屋に来てからの開口一番。突っ込むしかなかった。部屋にはゴミ含め、もうアレコレが散乱している。散らかってる。あの缶はまさかアルコールじゃないッスよね?
「ピアノ弾けるだろ?」
「ひ、弾けますけども……」
「まさかよー舞南家の坊っちゃんがウチみたいな高校に来るとは……ウケるわ」
「えっ……!? 俺の家、知ってるんスか!?」
「知らねえで音楽のセンコーできるわけ? 親はヤブイヌとリカオンだろ?」
「は、はい……」
どうしよう……まさか灰野先生に秘密にしたい事を全部知られてた……。俺の高校生活は詰んだのかもしれない……
「はぁ……ヤッベ……昔の事思い出してクソ鬱くなってきた……」
音楽準備室に何故かある冷蔵庫から缶の飲み物を取り出してカシュっとし始める灰野先生。
「待ってくださいよ!! やっぱりそれアルコールじゃないッスか!? ここ学校ッスよね!?!?」
「あー……? お前も飲む?」
「飲まないッス!! 退学になったらとうするんスか!!」
「はー……良い子ちゃんだな……ここじゃ誰も気にしねえっつうのに」
「気にしますよ!!」
やだやだ……俺、バンドに入れてもらえたのに! 心配事は他にもあるけども、それでも退学や転校なんて、やだやだ……!
「そうじゃねえよ。この学校の奴らなんて、世間に取っちゃどうでもいいっつう事」
「……???」
急に話が変わって、灰野先生が何を話したいのかわからない。
「ここは底辺高校、バカでどうしようもないクズが来てて、そんで当たり前のように問題起こして、まぁそうだよなってみんな諦めてんの」
「えっ、えっ、でも、ちゃんとしてる人もいるし……」
まだ、仲良くなれた人は少ないけども、鷹田や近藤さん、熊谷みたいな人もいる。
「中学はきっとお坊ちゃんとしていいとこ通ってたんだろ?みんなお利口さんにするのが当たり前。だけどここは掃き溜めなんだよ。だから誰も期待してねえし、カスばっかり集まる」
「でも」
「じゃあなんでてめえはここに来たんだぁ?? 2年前のコンクールからさっぱり顔見せてねえだろ??」
……やっぱり、灰野先生は2年前のコンクールを知ってるんだ。あの時から俺は確かに表に顔を出していない。それを逃げたって言われるのは間違っていないって思える。
少なくとも、先生の目に俺がカスって写るのは良い。けども、大好きな友達まで纏めてそう言われるのはイヤだ。
「音楽辞めて、それでここに来たんだろ。なぁ、違う?」
先生はアルコールを飲みながらそう言う。その言葉には諦念や同情、そういうのを感じる。
「違います」
俺は静かに否定する。灰野先生への反抗心。先生の思い描く展開には、乗らない。
灰野先生がキツい目で俺を見る。
「ロックがやりたくて来ました」
「……」
先生は缶を手持ち無沙汰にしながら、ずっ俺をと睨んでいる。俺も目をそらさない。
「……そんであの軽音部に?」
「はい」
「お望みのロックはできそうなの?」
「はい。6月に……」
「ふーん……ピアノの方は?」
「やってます。夏にコンクールにまた出ます」
先生がニヤッと笑ったように見える。それからグイっと飲んでから缶をデスクにドンと置く。
「お前、思ってる以上にクッソバカだな?」
「は、はい……??」
ギザギザとした歯を見せながら獲物を見つけたような目で俺を見る……
「今の高校生活、お前にとっちゃどうよ? 楽しんでるか?」
「それはもちろん……! 良い友達もできて楽しいです! 良い人だっています……!」
「へぇ……面白い事言うじゃねえか」
「ならよ、その楽しい高校生活のために手ぇ貸してやろうか。ひとりじゃ大変だろ?」
「え……? いや、灰野先生の手を借りるって……碌でもなさそうですけども、その……?」
「大丈夫だって。金持ちの息子がクソ高校で上手くやれるようにする代わり、ちょっと色々手伝ってもらうだけだからよー?」
また、ヤバイ人に絡まれちゃった……
――
「マイナスくん、偉いなぁ……後輩の鑑だよ……」
軽音部の部室で渡辺先輩がマネージャー作業をしながら声をかけてくれる。
「いやいや……音楽が好きだから、楽器も大事にしたくて……」
俺は森夜先輩のギターと、学校の備品のドラムセットのメンテナンスをしている。
「無茶や理不尽な事を言われたらすぐに私に言ってね。はっ倒してくるから」
「あはは……ありがとうございます」
森夜先輩と黒間先輩との間であった事は渡辺先輩には伝えていない。
「そういえば……速水先輩たちのバンドって鷹田が来る前ってどうしてたんスか?」
「基本的に3人でやってたね。4人目を探したけども定着しなくってねー」
想像してみる。仮に俺が音楽素人で速水先輩のバンドに入って、それからカラオケに行ったりする。速水先輩はアーティスト気質があるから大変……森夜先輩と黒間先輩とも上手くやる……うーん。
「速水先輩と森夜先輩たちの相性って……渡辺先輩から見てどうなんスかね?」
「うーん……よく言えば協力してる……」
「よく言えば……って?」
「なんだろ……悪い言い方をするなら依存しあってるみたいな……」
「え、ええ……??」
「表では言っちゃダメだよ? あとマイナスくんも高校生だからそういうのはちょっと覚えた方が良いからちゃんと言うんだけども……」
「は、はい」
「森夜くんと黒間くんはバンドしたいけども基本的にコミュニケーション苦手なんだよね」
「ズバっと言いますね……」
「で、速水先輩は実力があるけども、気まぐれな所が多いでしょ? 私はそこがいいんだけど」
「は、はい」
「森夜くんと黒間くんは我慢するのは得意だから、速水先輩についていけばバンドできる。速水先輩は森夜くんと黒間くんがいるからバンド組んでステージに上がれる。っていうわけだね」
「そうなんスね……うーん……でも――」
「わかるよ。速水先輩が抜けたらどうなるんだろう、でしょ?」
「はい……」
「私もそこが懸念事項なんだけどもね、あの二人は速水先輩が抜けたら自分たちの番だーってきっと思ってるんだよねー」
「2年生だから、3年抜けたら一番上ッスもんね」
「でも、年功序列だけでやってける世界じゃないよ。ここだけに限らないけどさ」
「……え?」
「実力を付けてほしいとまでは言わないけども、森夜くんと黒間くんには主体性を持ってほしいって私はずっと思ってるなぁー」
「渡辺先輩、意外とそんな事思ってたんスね……」
「空手で心と体を鍛えてるからね。好きな事があって、そのために自分で考えて頑張るって大事」
「大人だぁ……」
「ふふ、もしかして脳筋とか思ってたのかな? 意外なんだもんね? 頭突きして確かめてみる?」
「意外とか言って本当にサーセンでしたーー!!!!」
「よろしい。間接速水先輩要員じゃなかったらデコピンしてたぞ★」
俺の命はギリギリ助かりました。
――
「そういうわけでよろしくおねがいしまーす……!」
今、俺は音楽室の指揮台に立って吹奏楽部のみんなにペコペコしてる……
「うっそ! マイナスって指揮者もやるん!? すごいやん!」
「灰野先生に弱みでも握られたのー?」
あはは、と皆が笑う。けどもその冗談に、そうなんだよーとは言えなくて、空笑いしかない。
ロックをするのを親にバレたくないから普通の高校の軽音部が目的で入った事、そして普通の高校生として学校生活するために学校では家について秘密してる事、そういった事情も灰野先生に伝えた。
そして灰野先生が秘密を守る手伝いをしてくれる代わりに、俺は先生の手伝いをする事になった……いや、普通に脅迫された。
「マイナスくんって中学は何してたの?」
「あはは……えっとね……」
なんだかんだ灰野先生に教えられたカバーストーリーを話す。音楽に詳しい理由、どこの学校か、どういう風にしてたのか、音楽の習熟度はどれくらいか、かなり具体的だ。
それって先生の経歴? と聞いたらチゲーよと言われながら頭を引っ叩かれた。
「なるほどね……あの辺りでなら納得……」
「楽団の人と知り合って、それで通って教えてもらってたってトキメキー!」
「野良音楽家って本当にいるんだね……」
吹奏楽部の皆は驚くほどの大納得でビックリ……!
「そういうわけで一年生なのにサーセン……練習では先生の代わりに指揮取らせてもらうッス……」
「灰野先生なら仕方ないね」
ねー、という同意の言葉の嵐。灰野先生の信頼の無さに俺もすごく納得できる……
「じゃあ、とりあえず……まずは通しでできるかな?」
はーい、という皆の声。指揮棒を構えて合図をして始める。
……
始めてから気が付く。
待って! みんな指揮を見てない!?
完全に好き勝手吹いてるというわけじゃないけども……この前のは指揮者不在だったのもあって雰囲気での合わせだったかと思ってたけども……!
ああ、どんどんリズムもおかしくなる!? 音が! 和音が!!
……
「えっと……」
ひとまず通してからの感想は酷いとしか言いようがない。何がどう酷いかをひとつずつ伝えたいけども、どう伝えよう……ああ、でも、これだけは言わなきゃ……
「まずはその……指揮は見てほしいんだけども、難しいかな……?」
あ、という顔をする人や、なんで?という顔をする人が見える。
「楽譜見るのに手いっぱいで指揮見れんかったわーゴメンなー!」
一番に声をあげてくれたのは初心者の渋谷さん。担当は……バスドラム!
「あはは、そうだね。初心者なのにすごいがんばってくれてたよね、渋谷さん」
「ウチ、どやったろ??」
「途中、迷子になってたよね。それで慌てて戻そうとしてリズムがわからなくなっちゃって……」
「その通りやねん! ゴメンやでー!」
「『ワシントン・ポスト』は行進曲だからね。重低音とパーカッションが土台をしっかり作っていかないとそれに乗っかる演奏も大変になりやすいんだ」
「はぁーもっと練習やなぁ」
「そこは個人の課題として……みんなで決める時は指揮を見て一緒に合わせたいね」
「ずっと指揮者不在だったからねー……」
「あはは……じゃあちょっと頭から始めてドン! そして次の入りまでをみんなで練習しよう」
はーい、とみんなの返事。話を聞いてくれて本当に助かるよー……!
それにしてもいきなりの指揮者……初めてだけどもやっぱりまた見える世界が違う。経験と勉強になるなぁ……
……
「なぁ? マイナスー」
「ん、どうしたの渋谷さん?」
「ウチな、思ったんやけども……」
「うん」
「もしかして指揮者いるとドラムって色々楽やな??」
「あははは……うん、今まで指揮無しでがんばってたのがすごいよ……」
こんな環境でがんばってた渋谷さん、本当にすごい……!
「ほえー……なら頼りにさせてもらうで! マイナスー!」
「うん! 一緒にがんばろ!」
渋谷さん本当に良い人だぁ……!
――
「そういうわけでそんな音楽の先生がいてさ……」
「マイナの空想上の話じゃないのか?」
「本当に実在してるんだよ……」
いつもの駅のバス停で、ショウくんに灰野先生の事を少し話しちゃう。
「……まぁおかしな先生はたしかにウチにもいるが……」
「どんな人ー??」
「……急に閃いたと言い出して授業を中断する先生だったり、配るプリントを持ってくるのを忘れて取りに行った後、校内で迷子になる先生だったり……」
「……ふふ、おもしろ……」
「面白くない。授業をちゃんとやってくれと思う」
「そう考えると中学の頃ってまともな先生ばっかりだったね」
「いや、マイナが気が付いてないだけで数学の先生は変だったぞ」
「そうなの!?」
「話が脱線しがちなうえに、楽しい数学と言いながら難しい事を言っていて……特に印象的なのは四色問題? というのでマイナの塗り絵に感動してた事だな……」
「そういえば突然塗り絵になったなーなんでだろ」
「……と、バスが来たぞ」
「おう、じゃあ連休始まるから次、会えるのは……来週かな」
「別に約束も何もしてない。たまたまいるから話してるだけだ」
「はいはい、じゃあまたね、ミヤネ」
バスに乗り込んでから手を振る。ショウくんは顔こそこちらに向けないけども、手を振り返してくれる。
――
「カナは今日、どうだった?」
「んー、普通!」
「俺は色々」
「色々かー」
カナとのいつもの晩ご飯の光景。カナの普通はきっと俺の色々なんだろうなぁ。
「明後日からの連休だけど、友だちと遊んだりする?」
「うん、発表会とかレッスンが無い時に遊ぶ予定だよ!」
「カナの発表会も楽しみだなー」
「カナの順番は夕方になる予定だけど、遅れないで来てね!」
「わかってるって。楽しみにしてるからな」
前々から予定は聞いていたからバッチリ! 家でも聞ける時は聞いてるけども、舞台の上のを聞くのは全然違うんだよね!
「お兄ちゃんに聞いてもらえるの楽しみだなぁー」
「そういえばなんだけども、宙太くんとはどうなってる?」
「宙太くん、今日は学校お休みだったよ」
「えっ!? なんで!?」
「今日と明日も休んで連休を連休を増やすからだって」
「あ、あぁ、そういう……」
「お兄ちゃん驚き過ぎておもしろいね。そんなに宙太くん気になるの?」
「いや、だって……その、うーん……」
「人形もそろそろ返しに行けるかな。連休明けたら返しに行こうっと」
「うんうん、それもいいかも」
次に宙太くんと会う時の報告、楽しみだなぁ……!
そして今夜も波多野さんとちゃんと勉強して色々バッチリだ!
――
「明日から連休が始まりまーす! みんな、良い休みを過ごしてねー!」
担任の角田先生がそう言って終わりのホームルームを〆る。
明日からの予定をちゃんと確認しなくちゃなって考え中……
「なー、マイナスー」
「ん、どうしたの熊谷?」
「連休中に野球部で交流試合があってさー」
「へー!? いつだろう!? 待ってね、行けるか確認しないと……」
熊谷からの誘われた!? 嬉しいなぁー!
スポーツは全然詳しくないけども、熊谷を応援できたら嬉しい!
「んあ、練習だけど来るかー? 日程は連休の終わりの日だー」
「行けたら行くになっちゃうけども、行けるようにがんばってみる!」
「無理はしないでいいからなー! 明日はヒマしてないかー?」
「明日は予定あるんだ……! ごめん……!」
「そっかー、大丈夫だー!」
――
「うーん……」
家に帰ってから予定とにらめっこ。ちなみに今日はカナが発表会の前日だから上井先生と仕上げのレッスンをしている。
「連休は全部で5日……」
●1日目
鷹田と遊びに行く
夕方にカナのピアノの発表会に行く
●2日目
波多野さんと出かける
●3日目
軽音部で練習する
●4日目
吹奏楽部で練習する
●5日目
野球部観戦
上井先生とのレッスンはできるだけしたいし、空いてる時間は音楽の自己練習もしたい。
「野球部の応援はやっぱり行けなさそうかも……」
行けたら行くっていう話ではあるけども、やっぱり行きたいのは間違いなくて……練習を詰めれば行けるか? っていう考えもよぎる。だけど、それで課題曲を落とす……もとい、雑には弾きたくない。
「全部ちゃんとしたい、って思うと時間が全然足りないね」
ご飯まではまだ時間がある。今日はヴァイオリンを手に取って練習……
「先を見据えると……もっともっと練習しなきゃなぁ……」
やるだけ、だったらまだ色んな事はできると思う。でも……やるなら、ちゃんとやりたいんだ。
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