25・これはピリオドではなくプレリュード

 波多野さんの案内で港への特急に乗り込む。


「ほとんどカナの事抱えっぱなしだったけども、大丈夫……? お兄ちゃん」

「な、なんとか……それに綺麗な服着てるカナを走らせるわけにはいかないしさ……?」

「そうだけどさー……」

『無茶ばっかり……だね、マイナスくん』


 イヤホンを分けてカナも波多野さんとの通話に参加している。


「最近そんな事ばっかりなんだよ。カナは心配でたまらないよ……」

『うん……私も今日のを見ていて無茶ばっかりで心配になっちゃった』

「ご、ごめんね……!」

「女の子たちに心配をかけるお兄ちゃんは反省してね」

『そ、その、何かあったら……相談してね……?』

「ご、ごめんなさい……」


 特急に揺られて少しのんびりする……。


「時間は余裕あるんだっけ……」

『うん、出港は15時で、マイナスくんたちが到着するは14:20の予定』

「そっかー……よかった……」

「んん? お兄ちゃんたち待ってね? 船が出るのは15時……なんだよね?」

『うん……あ! そうだった!!』

「ん? どうしたの?」

「宙太くんたちが乗り込む前に会わなきゃって事!!」


 ……そうだよ!

 宙太くんたちが乗り込んでからじゃ話せないじゃん!!!



 ――



『えと、搭乗口は2種類あって、車かそうじゃないかで変わるんだけども……』

「どっちだーー!? 引越ししてるから車に積み込んで!? 乗船!? それとも引越し会社に荷物任せて徒歩!?」

『か、可能性で考えるなら車なんだけども……』

「両方は見れない……?」

『たくさん人がいるだろうから、片方に絞らないと難しいと思う……』

「その、距離ってやっぱりあるの!?」

『うん……』

「あーーー!! カナ、どっちかわかんない!? 何か! 何か思い出して!」

「わかんないよー! というかそれならお兄ちゃんの方が引越しのバイトの時に何か見なかったの!?」

「すぐ出ていっちゃったからわかんないんだよー!」

『ご、ごめんね……私もすっかり……忘れてて……』

「波多野さんは悪くない! 悪くないよ!!」

『それに……人に助けてもらえてかったら……本当に間に合ってなかったのも……』

「……あっ!? じゃあ鷹田に聞く!?」

『えっ……それだと、鷹田くんに……その……』

「ああ……うう……」


 鷹田に直接聞いたらなんで? ってなるに違いない。

 そうしたら俺はどう答えたらいいんだろう?

 だけども、このまま1/2の確率にかける?


「お兄ちゃんの友達には私たちのお家の事って隠してた方がいいんだよね……?」

『うん……私はそう思ってる……』

「じゃ、じゃあ大丈夫だよ……会えなかったら仕方ないって事で……大丈夫だよ?」


 ロックがやりたい一心で普通の高校に来て、それで今までもこれからもがんばるつもりでいる。


 だけども鷹田に本当の事がバレてしまったらどうなるんだろう?

 少なくとも今まで通りの友達ではいられなくなるのかな??

 バンドはどうなっちゃうのかな?

 それを考えるとここまでが俺のできる精一杯?

 それに1/2の可能性があるもんね?

 仕方ないって言える?

 関係ないって言える?

 意味が無いって言える?

 ……

 …



「……鷹田に聞こう」

『マイナスくん……』

「もしかしたらバレないかもしれないし、ここまでせっかく来たんだ」

「で、でも……」

「大丈夫。それに約束したからさ、宙太くんと」

『……がんばってね……』

「うん、聞いたらすぐかけ直すね、波多野さん」


 波多野さんとの通話を終える。それから鷹田に。

 わ……着信履歴いっぱい来てる……本当にごめん……鷹田……

 意を決して鷹田に連絡を取る。出てくれるのを待つ……


 ……


「もしもし、マイナス?」


 鷹田と繋がる。


「ごめん鷹田。急に抜けちゃって……」

「案外楽に終わったからいいけどよー何があった?」

「トラブルがあって……」

「どんなトラブル?」

「か、家族の事で……」

「ふーん。そっか。今は落ち着いた?」

「おう、一応……。今まで連絡取れなくてごめんね」

「おっけおっけ。俺も遊ぶって言って誘ったわけだしな」

「いやでも本当にごめん……バイトなんだし迷惑かけたわけだし……」

「平気平気、つかむしろ、マイナス運無さすぎって思ったし」

「え、なんで……?」

「お祝儀もらっちゃってさー金持ち相手の仕事だとこういうのあんのなー」

「あはは……よかったね」

「思わずお見送りまでしちゃったぜー」

「お、お見送り!?」

「ピッカピカの新車でさ、さすが金持ちーって感じだったわ」

「そうなんだ!! そうなんだー!?」

「あ? 金持ちの車見たかったのか?」

「いや、違うー! いや、そうだったのかもー!?」

「どっちだよ……まぁまた落ち着いたらもう一回連絡くれよな」

「わかった! ありがとう! ありがとう!!」


 そして鷹田との通話を切る――


「カナ……!!」

「良い感じだったみたいだね」

「うん! 波多野さんにも繋げて、絶対に宙太くんに会いに行くよ!!」



 ――



 港に着いた後、俺たちは宙太くんが乗ってる車を探した。


 ピカピカの新車という話もあって思いのほか簡単に見つける事ができた。

 コンコンと窓をノックした時、泣きべそをかいていた宙太くんが驚いた顔をした後にわーんと泣き出してしまった。

 宙太くんのご両親に事情を話してから、それからカナと宙太くんを二人きりにした。


 ご両親は急な引越しなのに見送りに来てくれて驚いたという。学校のみんなとゆっくり別れを惜しむ事をさせてあげられないのが申し訳ないけども、これからも寂しい思いをさせるよりは、と急な引越しになったそうだ。



 ――



「どんな事話した?」


 帰りの電車の中でカナに聞く。波多野さんは一件落着……という事で通話を終えている。


「んー……秘密」

「ちゃんとさよならできた?」

「んー……まぁ」


 すっかり消沈してるカナをよしよしとする。


「……宙太くんはさ、転校生だったんだよね」

「うん」

「3年生くらいの時だっけかな……別にその時は仲良くもなくてさ」

「うん」

「……4年生の時……だからそう、2年前だね」

「……うん」

「私も元気なくってさ、でも、そんな時に宙太くん、ちょっかいかけてきてさ」

「うん……」

「その時も怒ったよ? でもさ、宙太くんはさ」

「……うん」

「悲しい顔してると、みんな悲しくなっちゃうよって言ったんだよね」

「……うん」

「面白い事もいっぱいしてくれたんだよねー」

「そっか」

「……はぁ」


 カナが喋るならそれを待つ。喋らないならそのまま待つ……


「まぁ連絡先は交換したからまたいつでも話せるけどさ」

「えっ!? 交換したの!?」

「いや、会えなくなるのは寂しいけどさ」

「あ、そうだよね!? あ、でも、そっか、今生の別れとかじゃないもんね」

「お兄ちゃん……今は人と気軽に繋がれる時代だよ……」

「俺が……しんみりし過ぎてた……?」

「交換できたのはお兄ちゃんのおかげだよ」


 カナを撫でている俺の手をカナは取る。


「ありがとうね、お兄ちゃん」



 ――



 カナの順番が近くなり、発表会の舞台裏に来てしまっている俺。上井先生はもちろん、何故か灰野先生までついてきてる。


「灰野先生も黙ってればちゃんとした人に見えるんだよなぁ……」

「やらかし具合はてめえの方が今回は上だったけどな」


 急にカナがいなくなった事で梶原さんは大慌てだった。

 上井先生もとても心配をしていて、顛末を話したら呆れたように叱られてしまった。


「サ、サーセン……でも、なんでこんなに普通に静かなんスか」

「今からでもぶち壊すほど騒いでほしいってか??」

「サ、サーセン……」

「普段見ない姿を見ると気になって仕方ないですものね、テルくん」


 カナとの最後の打ち合わせを終えてこちらに来た上井先生。


「ところで……お二人は知り合いだったりします?」

「業界は狭いですから」

「そりゃな」


 上井先生と灰野先生……どんな関係だったんだろう……

 そんな疑問をよそにカナが振り返り、いってくるねと手を振る。


「いってらっしゃい」


 小さい声で言いながら、俺も手を振った。



 舞台袖を出て光溢れるステージの上を歩くカナに見える世界はどんなだろう。

 俺は少なくともここから見守るしかできない。

 華やかな舞台の下に広がる奈落を見て怯える日がいつか来てしまうんだろうか。


 でも、見守ってくれてる人がその中にいる事をよかったら知ってほしい。

 少なくともお兄ちゃんは見守ってるし……きっと宙太くんもそうだよ。



「発表会だからって感情込めすぎだろうよあれ……」

「感情込める方がお好きではありませんでしたっけ?」

「限度があんだろ限度が……」

「テルくん譲りですね」

「あ、あははは……」



 まだまだ全てが始まったばかり。

 出会いや別れがあるが、それはまだまだ前奏曲プレリュードに過ぎない。

 これから始まる未来に抱く期待、それと不安。

 きっと、今のカナはそんな心を弾いてるんだろう。



 そう、ここからが――

 始まりなんだ。




 ==




「にしても、あいつ港の方へ何しに行ってたんだろ」


 理由もなく急にいなくなったりする奴じゃないのはよーくわかってる。

 割とどこか変なのはいつもの事だから気にしないけども、通話の先から聞こえてきた案内アナウンスでどこらへんにいるのかはわかった。


「……ま、いっか」


 もらった祝儀はそっくりそのまま貯金に回す。ホクホク気分に水を差す必要は無いからな。

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