21・校舎裏に連れ出されてすごい怖かった……

「今日も速水先輩は来ないのかー?」


 昼休み、熊谷が俺に聞いてくる。


「おう、話をする事ができてさ、それでなんだかんだしない事になったんだ」

「おー、上手く話がついたんだーよかったなー」

「でも、埋め合わせしてって言われてて、それどうしようって悩んでる……!」

「あはは、愛されてんなー」


 そんなふうにして熊谷と学食に向かう。熊谷に顛末を話したかったんだ。


「ちょっとトイレ行ってくるなー」


 熊谷がトイレに行ってくるのでのんびり待つ。

 今日は予定が合わないから、速水先輩たちとはバンドの練習が無いんだけども、何しようかな?

 渡辺先輩と一緒にマネージャーのやる事の勉強かなぁ? 吹奏楽部にも顔を出したいけども、うーん。


「おい、マイナスー」


 不意に声をかけられて振り向く。


「あ、森夜先輩に黒間先輩」

「ちょっと来いよ」

「は、はい…………??」


 問答無用といった様子で人気の無い所に連れてかれる……



 ――



「いやさぁ、お前さぁ、速水先輩に媚売り過ぎじゃない?」

「えっ、いや、そんな」

「口ごたえしてんじゃねえぞ!?」


 ひっ、と息を飲んでしまった。でも、本当に媚を売るつもりなんて無いのに……


「す、すいません……」

「いやさぁ、俺らを立てるのもさぁ、後輩の仕事っていうのかなー?」

「そ、そうなんですね、わかり――」


 黒間先輩の拳が顔のすぐ横に飛ぶ。


「舐めてんじゃねえぞ……??」


 な、なんで……? わかったから、これから気をつけますって伝えようとしてるのに。なんで怒るの……?


「おいおいーそこまでは止せよー黒間。少なくとも見える所は殴んなよー」

「わかってる」


 ヤバい、ヤバい本当にヤバい。ふたりは俺の話を聞いてくれない。そのうえでこのままじゃどんな目に遭うか。指は、指は守らなくちゃ――


 と、その時にガサガサと茂みから音がする。その音に気がついてみんなそちらに目をやる。


「おっと……」


 出てきたのは灰野先生。校内だと報知機があるからタバコを吸えなくてこの辺りでコッソリ吸ってたのかな……?


「邪魔したな。続けていいぞ」


 待って!! いや、助けてもらえないか期待できないと思いましたが!! 先生なのにそこまで我関せずはどうなんですか!?!?


「ってマイナじゃん。私もお前に用があんだよなぁ。終わったら借してくんね」


 終わったらって!?!? どういう事ですか!?


「……チッ、運がよかったな」

「……今日暇だろー? 速水先輩にしたように、俺らのも磨いとけよなー」


 そう言って先輩たちはこの場を離れようとする。この後がまだまだ心配だけど、ひとまず何とかなりそうで安心――


「あん? 終わりかよ? 人に見られてるとできないってか。まぁそんなもんだよなぁ」


 え……? 灰野先生……何をおっしゃってるんですか?


「……ハァ???」


 これには案の定、黒間先輩が灰野先生の言葉にキレてる。


「いや、やめろって。黒間。行こうぜ」


 森夜先輩は黒間先輩をなだめようとする。


「今から殴る所だったんじゃねえの? コソコソしてバレないようにやりたかったのに邪魔してゴメンなー陰険野郎ども」


 だけども灰野先生が煽る。なんでそんな事するんですか先生ー!!


「センコウでも許さねえ!!」


 そして、我慢できなくなった黒間先輩が拳を握りしめて思わず飛びかかる。


「せ、先生!!」


 黒間先輩を誰も止められない。ヤバい!! 俺は思わず目を瞑る――



「ゲホッ……」



 えっ……? と目を開いて見ると、灰野先生の見事なミドルキックが黒間先輩の腹に刺さっていた。そして黒間先輩が倒れる……


「わっり! 足滑ったわ!! でも腹だし見えねえから大丈夫だよなぁ!! なぁ?」

「黒間……」


 森夜先輩が黒間先輩に駆け寄り、そして肩を担いでこの場を離れていく。


「お、覚えてろよ……」

「その台詞、生で聞けるとやっぱテンション上がるわー」


 先生はポケットからタバコを取り出して火をつける。


「これ、貸しイチな」

「……えっ!?」

「どうでもよかったんだけど、結果的に助けたわけじゃん」

「……最初、助ける気なかったッスよね……?」

「青春の邪魔しちゃワリーじゃん」

「先生の青春どんなだったんスか!?」

「つーわけで放課後、音楽準備室来い」

「えっ、先輩の楽器磨き……」

「知らねー」


 そう言って灰野先生はタバコを携帯灰皿に入れて去っていく。


 ……俺って運が良いのか、悪いのか……

 というかタバコくさい……




 それから教室に戻って、熊谷へ急にいなくなったことを謝った。



 ――



 放課後直後、灰野先生の所や軽音部へ行く前に真っすぐ鷹田の所に向かう。


「ねえ、鷹田……鷹田……!」

「おう、どうした」

「そ、その……森夜先輩と黒間先輩に……その……」

「一人でいたら、校舎裏にでも連れ出された?」


 うん!うん! と頷く。というかわかるの??


「何された?」

「な、殴られそうになった……たまたま通りかかった人のおかげで殴られなくて済んだけど……」

「だから一人になるなって言っただろ?」

「速水先輩との事かと思って!」

「今、マイナスにとって一番ヤバいのはあのふたりだっつーの。あー、そこから話さなきゃだったかよ。ったく……」

「ど、どうしたらいいかな……」

「徹底的に関わるな。言われた事は適当に済ませてそれ以上は何も言うな。そんで一人の所を先輩たちの前で晒すな」

「は、はい……」


「とはいえな……うーん」

「鷹田でも悩む事があるの!?」

「お前って予測不能が多いんだよな。てか速水先輩を逆に手懐けるとかどういう事だし……」

「て、手懐けるって……?? 俺が速水先輩を??」

「とりま、この事は学校の奴らには言うな。今、問題こじらせすぎると取り返しがつかねえから」

「お、おう……! 鷹田、頼りにさせてな……!」


 本当に鷹田におんぶにだっこな気がする……鷹田、本当に本当にいつもありがとう……



 そして、音楽の灰野先生に呼びだされているからと、一旦この場を後にした。

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