20・嬉しい事がいっぱいあって嬉しい!!!

 日がすっかり沈んでいる駅のバスターミナルで、先ほどの事を反芻はんすうしてる。


 俺がバンドにベースとして加入した事を速水先輩は、鷹田と森夜先輩と黒間先輩に伝えた。もうその時はずっと俺を掴んで離さなくて本当に苦しかったけど、入れてもらえて本当に嬉しかった。日程が週1しか合わない件は速水先輩の一声でどうにかなる事になった。


 鷹田はよかったじゃんと言ってくれたけども、森夜先輩と黒間先輩は何も言わなかった。その後の合わせでは、何とか形になっていたけども、森夜先輩と黒間先輩は速水先輩に怒られてばかりで気の毒だった。



 そのうえで駅までのバスで鷹田に、学校で1人になる時間を作るなよって言われた。速水先輩との距離感が心配なんだろうなぁ……



「バカなのにまた考え事か?」

「バ、バカって直球過ぎない!? ミ、ミヤネ……」

「バカなのだから仕方あるまいあるまい」


 今日もまたショウくんと会えた。やっぱり、月曜日と金曜日は帰る時間が被るんだなぁー。


「べ、勉強は確かにできないけどさ……!」

「それで……何を考えてたんだ」

「あ、いやね……人間関係で、一歩前進できたかなぁーって」

「……前に言っていた話か」

「うん。まぁこれからなのは違いないけどもね……!」

「そうか」


 訪れる、俺とショウくんの間での沈黙。ショウくんに顔を向ける。


「ミヤネは……どう?」

「特には」

「本当に?」

「ああ、本当に」

「先輩とか先生に振り回されてない?」

「……変人は確かにいるが、眺めてるに限る」

「やっぱり、そっちにも面白い人いるんだね」

「……面白いといえば」

「うん?」


 ショウくんの話、なんだろう!


「"セーニョ"を残したのはマイナだろ?」

「あ!? 見つけてくれたの!?」

「たまたま目に入っただけだ。別に探してはいない……!」

「なんだかんだ毎度会えてたからさ。ほら、今日も」

「違う。 バスに乗れたか、見てやってるだけだ……!」


 えへへ、と笑って黙る。これ以上はショウくん、本気で怒りそうだから。雑踏を伴奏に、流れる沈黙を楽しむ。


「……ほら、バス来たぞ」

「おう、今日も見てくれてありがとう」

「……"おう"?」

「あ、"うん"の代わり! その方が高校生らしいぞって友だちに教わってる!」

「……そうか」


 プシューと音を立ててバスが停まる。俺はそれに乗り込んで、ショウくんに手を振る。


「またね!」


 ショウくんは、顔は向けずに手だけ振り返してくれた。



 ――



 家に帰ってウッキウキの気分で、カナへバンドに入れた事を話した。


「えっ!? 軽音部に入るのとバンドに入るって違うの!?」

「あっ」


 嘘とまではいかないが、黙っていた事がバレてしまった。


「もしかして今までバンドには入れてなかったのにがんばってたの!?!?」

「ち、違う違う! 今日やっとバンドのメンバーがその、なんか良い感じに決まって」

「あー!! 嘘ついてたんだ!! 嘘つきーー!! 心配かけないようにって嘘付くのはダメって言ってるでしょー!!」

「ご、ごめんて! そういうつもりじゃないの!!」


 完全に兄妹関係が逆だよこれー!


「はぁ……まぁ良いことがあったならカナも嬉しいよ。でも、嘘つくなら上手についてよね」

「は、はい……え、いいの?」

「年頃になると秘密は増えるものだからね」

「……上井先生の受け売り?」

「さぁー?」


 妹が俺より先にどんどん大人の階段登ってるよ……!



 ――



「カナから聞いてるよ。気持ちを伝える練習がんばってるね!」

「あのね、思ってたより……よかった!」


 土曜日の朝、約束の喫茶店で宙太くんと会う。

 カナから聞いてある程度は把握してるけども、やっぱり本人からも良い報告が聞けて嬉しい!


「どう変わったかな?」

「えっとね……楽しい事が増えたっていうのかな……? それに、皆と前より仲良くなれた気がする」


 宙太くんのその行動力、本当に尊敬するよ!


「よかったよかった。その、カナから色々話は聞いてるけどもまだ……」

「うん……まだマイナちゃんには謝れてない……」

「じゃあ次の目標は謝る……だね!」


 うん、と宙太くんは頷く。


「でも……前から時間が経って……謝りにくくて……」


 そうだね、と相槌を打つ。


「宙太くんはどんなふうに謝れたら良いって思う?」

「どんなふうに……?」

「さらっと謝りたいのか、それとも真剣に謝りたいのか」

「……ちゃんと謝りたい!」

「じゃあ、皆の前て謝りたい? それとも人は少ない方がいい?」

「……少ない方がいいなぁ……」

「うんうん、少しずつイメージしてこう」


 ……


「どうにか謝れそう……かな?」

「うん……いつ、謝るかは……ちゃんと考える」

「うん! がんばって! 宙太くん!」

「がんばる!」

「きっと、カナは許してくれるとは思うんだ。けども……宙太くん」

「うん……?」

「もしかしたら、許してもらえない事もあるかもしれない」

「……」

「そうならないように、一生懸命がんばるんだよ」

「うん……わかった……!」


 不安な気持ちは確かにツラい。

 だけども、そうならないようにがんばる力にもなるんだ。

 宙太くんなら大丈夫って信じてる。


 がんばって!



 ――



「ねぇ、鷹田? 鷹田の遊びってバイトなの??」

「おいお前! 遊びに来てんじゃねえんだぞぉ!?!?」

「サ、サーセン!!」


 宙太くんと別れた後、鷹田からこの間の埋め合わせをしたいって連絡が来た。

 待ち合わせ場所へ着くと鷹田以外にも人がいて、上着と帽子を被せられて出発。引越のバイトがまた始まった。


「ねえ!? ナントカのナントカは何度までってあるんだからね!?」

「おう、顔は2回まで殴っていいヤツだな」

「そう!! ……そうだっけ……??」


 次の現場への移動中に鷹田と話す。


「いやさー、人が足りない現場はバイト代いいからよー」

「それなら手伝ってって言ってくれればいいじゃん……期待させてから落とすのは反則……」

「俺ってサプライズするの好きでよー」

「嬉しいサプライズにして!!」


 次からは本気で疑ってかかろう……そう決めた。


「というか……鷹田はバイトがんばってるみたいだけども、どうして?」


 なんだかんだ部活がない時は早目に帰ってるのを見る。


「んー? 別に、金欲しいだけだけど?」

「本当に?」

「まー強いて言うなら早く自立したいっつーの?」

「えっ!? その為にバイトがんばってるんだ……!?」

「てか高校進学しないで働くかも悩んだしよー。まぁ稼ぎ考えると高校はもちろん、大学も行くのがいいしな。けど先立つものを考えればバイト三昧よ」

「そんなに将来の事を見据えてるのカッコよすぎるよ……俺なんか目の前のやる事で精一杯なのに……」


「いって俺もマイナスのがんばってる所は認めてるぜ。がむしゃら過ぎんのが玉に瑕だけどな」

「た、鷹田に褒められた??」

「尻尾振り過ぎ振り過ぎ。嬉しいのわかったから抑えろ」

「えへへへへ……」

「ところでよ、連休中空いてる?」

「ん、がんばれば予定は空けられるかなって」

「じゃあ三度目の正直って事で、次こそは遊ぼうぜ」

「!! わかった!! 絶対に予定空けるな!!!」

「マジでチョロ過ぎて草」



 もちろん、二度あることは三度あるという話だったことを、この時の俺は知らない。



 ――



 鷹田たちと過ごした後は家に帰り、カナとご飯を食べて夜は波多野さんと勉強。疲れていて少し早目に切り上げたけども、気絶するように眠る事はなかった。


 日曜日は軽い筋肉痛で済んで、レッスンもきちんとこなすことができた。

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