17・サプライズの後遺症で結果的に大変な事になった

「テルくん! テルくん!?」

「んー……もうちょっと寝かせて……」


 むにゃむにゃとしながら梶原さんの声に返す……

 

「どこで寝てると思ってるんですか!!」

「ふわぁ……?」


 そう言われて落ち着いて周りを見ると練習部屋だった。

 

「あ、あれいつの間にか寝てた……?」

「床に倒れて! 何事かと思いましたよ!! 大丈夫ですか?」


 梶原さんはすごい剣幕だった。朝に来てみて倒れてたらそりゃ驚くよね……! 幸い、練習部屋の空調をつけっぱなしだったから風邪は引いていなさそう。


「た、たぶん大丈夫かなぁ……」

「また起こしに行きますから、一旦お部屋で休んでくださいね……?」

「あ……カナには言わないでほしいな……」

「……」

「心配かけちゃうから……」

「なら今後、このような事は無いようにしてね……テルくん」

「う、うん……」

「でも、上井先生にはお伝えしておきますからね」

「は、はい……」



 ――



「さて、レッスンの時間です。本日もよろしくお願いしますね」


 そう言いながら先生は床に転がる俺の腕をつつく。

 

「アーーッ!? 痛いッス! 痛いッス!!!! アアアアアーーーッ!!」


 引っ越しのバイトの手伝いの結果、とんでもない筋肉痛になってしまった……痛すぎて動けない……

 

「先生、お兄ちゃん大丈夫……?」


 大丈夫? って言いながらつつかれて痛い! 痛いよおおおおお!!

 

「最低限のフィジカルトレーニングはしていましたが、なんだかんだもやしっ子ですからねぇ」

「湿布を持ってきましたよーさぁさぁ貼っていきましょうね」

「カナも貼るー!」


 ケーキのデコレーション感覚で湿布が貼られていく。お兄ちゃんの身体をもてあそばないでーー!!


「今日は仕方ありません。カナさんと日程を交換しましょうか」

「うーん、仕方ないっか……友達に今日はいけないって連絡してくるね」

「ご、ごめんな……」

「いいよ! それよりも早く良くなってね?」


 そう言ってカナは連絡をしに一旦この場を離れる。


「先生も……すいません……」

「いえいえ、先生は大丈夫です。それよりもテルくんの今後ですね」

「ちゃ、ちゃんと課題はクリアするんで……」

「本当にできますか?」

「え、えと……」


 高校での色んな事に加えてこういう事態もある。それを踏まえると……相当がんばらないといけない。

 

「はい……」

「……仮にですが、課題を落としたその時は……」

「落とした時は……?」


 高校に入る前はそんな事あり得ないと思ってた。だけども、実際に始まってからこの体たらくだとあり得てしまうかもしれない。

 

「音大付属高校に転校させます」

「え……?」

 

「今、少し安心しましたね?」

「い、いや……」


 今の高校から音大付属高校へ。それは俺にとって比較して楽な道だ。普通の高校で上手くやれなかった時の事を案じて用意してくれていたんだろう。だから、そうなんだ、よかったっていう気持ちが少し湧いたのは間違いなかった。

 

「テルくんにとって間違いなく普通の高校に通うより、ずっと楽ですものね」

「で、でも」

「そしてロックをやりたいという夢を捨てるだけです」



「い、イヤです!!!!」



 俺はどうしてもロックをやりたい。

 ロックのライブの、ステージの上から見える光景を見たいんだ……



「なら……」


 先生は普段とは違う、厳しいトーンで俺に言う。

 

「あなたに休んでる暇はありません。何をやるか、何をやらないか、それを自分で選び、時には何かを捨てる事もやらないといけません」

「……」

「それができないなら……」


「あなたにロックなんて要らなかったって事です」

「……!!」


 絶対にそんな事ない、そう言いたいけども、今の情けない俺じゃそんな事は言えない……

 

「……これから」


 先生はそっと俺の頭を撫でる。

 

「これから、そうじゃないって証明してくださいね?」

「……はい……」

「さ、今日は休んでください」

「わかりました……」


 上井先生はそっと笑ってくれた。

 

「次回のレッスンは楽しみにしておいてくださいね」

「……は、はい……」


 ……笑顔と優しい言葉が心に沁みたけども、次はどんな過酷なレッスンが待ってるのかな……

 がんばらなきゃね。



 ――



 次の日の昼、筋肉痛は大分マシになったけどもまだ少し痛みは残っている。

 

「マイナス、昼飯食わないのかー?」

「いやぁ買いそびれてさ……それに休んでたくて……」

「昼飯抜いても大丈夫なのかー? 腹減るだろー?」


 甲斐甲斐しく声をかけてくれるクラスメイトの熊谷。野球部に所属している熊谷はかなり食べる方で、お弁当に加えて学食まで食べるようだ。

 

「お腹は空いたけど……色々ちょっと無理ー……」

「じゃあ代わりに買ってくるかー。パンで良いかー?」

「えっ!? 良いの……?」

「こういう時は助け合うのが大事だからなー」

「あ、ありがとー……熊谷……!」


 熊谷にパン代を送りつつ、教室でのんびり待つことにする……お弁当を食べたり、買ってきたものを食べたりしてる教室は賑やかで、この雑然とした雰囲気はとても聴き心地が良い。


 

「ここ、マイナスくんの教室? あ、いたいた、マイナスくーん♥」


 あれ? と顔を上げると速水先輩がやってきていた。

 

「あ! こんちゃッス!」

「ねえ、マイナスくん♥ ご飯一緒に食べよ♥」

「あっ!? えっ!? 俺とスか!?」

「やだ?」


 速水先輩はニコニコと笑っている。

 

「イヤなんて事無いッスよ! でも、俺、筋肉痛で身体動かすのちょっとツラくって……」

「そういう事ね♥ じゃあ、こうしようっか♥」

「は、はい!?」


 速水先輩は机に突っ伏していた俺を抱き抱える。お姫様抱っこで。

 

「せ、先輩!? 恥ずかしいッスよ!?」

「うん♥ 見せつけてるからね♥」

 

 キャーキャーと声があがるのが聞こえる。ああ!? 写真も撮られてるよー!? 恥ずかしい……

 

「さ、行こうね♥ マイナスくん♥」

「あ、う、は、はい……」

 


 熊谷、せっかくパンを買いに行ってくれたのにゴメン…………



 ――



 学食って学校始まってから最初のうちは、一年生は慣れてないのもあって利用する人は少なくなりがちだ。パンを買うのから始めて少しずつ学食に慣れて、それから色々チャレンジするものらしいけど……

 

「見てみて♥ マイナスくんだよ♥」

「よ、よろしくお願いします……」


 先輩たちが集う席へ連れられてきた俺。

 

「強面と可愛いのギャップが良いってあの子だよね?」

「名前! 名前言って!」

「マ、マイナッス……!」


 キャー! という声が聞こえる。そう、俺が名乗るとみんな喜ぶんだ……

 

「緊張してるよね? 大丈夫だよ、ほら、これ食べる?」

「ちょ、それアンタが嫌いだから食べさせようとしてるだけじゃん!」

「待ってね♥ マイナスくんに食べさせていいの俺だけだから♥」

「「はーい!」」


 速水先輩は女子にモテモテだ。そんな先輩の隣にちょこんと座らされて、人形のように可愛がられている俺……

 

「ほら、マイナスくん♥ あーん♥」

「ちゃんと自分で食べられますってー!」

「食べてくれないの……? 俺のあーんはイヤ……?」


 大袈裟な素振りで残念そうに見せる速水先輩。

 

「私食べます!! あーんしてくれませんかー!?」


 いつの間にかいた渡辺先輩が叫ぶ。

 

「ダメ♥ これはマイナスくんの♥ ほら、あーん♥」

「あ、あい……」


 観念して口に運ばれる。

 

「おいしい?」

「お、おいしいッス……」


 周りのみんながキャッキャとしてる。

 

「ああああ!! マイナスくん!! 後でどんな味だったか聞かせてね!!」


 渡辺先輩の熱意が強火過ぎて怖い。逆に冷静になれる。

 

「ねえ、マイナスくん……♥」

「は、はい、なんすか……? 速水先輩」


 速水先輩は両手で俺の顔を取り、先輩の方へと向かせる。そして先輩もズイッと顔を寄せる。近いッス……!

 

「これから……毎日一緒にご飯食べようね♥」

「は、はい……」


 こ、断れる雰囲気じゃないから思わず、誘いを受けてしまった。


 キャー! とあがる歓声。渡辺先輩は羨望と興奮なのかもうスゴい顔してる。手に持ってるお箸は力を込められ過ぎてバキバキに割れている。

 

「じゃあ、明日も迎えに行くから待っててね♥」


 よしよし撫で撫でされて食べる昼飯が続くのかな……と思うと、大変だなって思っちゃった……

 

「帰りはナベちゃん、お願いね♥」

「速水先輩の頼みならやりまあああああす!!」


 渡辺先輩も怖いよお……



 ――

 


「あ、あの……! わ、渡辺、先輩……! 教室まで……! あ、ありがとう……ごさいます……!」


 教室まで俵持ちで運ばれた俺はそのまま渡辺先輩に固く固くハグという名のホールドを受けている。

 

「は、離して……く、苦しい……」

「速水先輩と間接ハグ中だから待って」


 女子の先輩にハグされてるはずなのに、キュッと抱き潰される不安の方が強いってどういう事ッスか……?



 ――

 


「ごめんね、熊谷……」

 

 渡辺先輩に堪能された後、熊谷に声をかける。

 

「先輩での都合なら仕方ないから気にすんなー」

 

 優しい……優しい……熊谷の優しさ、こういうのが一番沁みるよ……俺の癒し人ツートップは波多野さんと熊谷だよー……!!

 

「ほら、一応パンなー」

「あ、ありがとう……でも、食べちゃったからお腹いっぱいで……よかったら食べてくれないかな……?」

「いいのかー!? もらうけどいいのかー!?」

「おう、いいよ!」


 そう言われると熊谷は嬉しそうにしながらパンをあっという間に平らげる。

 

「ありがとなー!!」


 運動部だとやっぱり消費カロリー違うんだなぁー。



 ――



「マイナスくんの毛を毟って瓶に詰めて、速水先輩の残り香を感じようかな……」

「マイナス、辞世の句を詠んどけー」

「ヒーン……」


 軽音部で鷹田、渡辺先輩とのいつもの会話。

 

「私も速水先輩にハグされたいよおおおお!!」

「やっぱりサンドバッグなり買わないとこの部室、持たないんじゃないすかねこれ」

「ヒーン……」


 限界強火オタクと化した渡辺先輩の滾る想いのヘコミが部室には散見される。

 

「はぁ……でも速水先輩のファンクラブ一桁台の私は落ち着ける。大丈夫」

「今日はマイナスと校外ライブの打ち合わせとか始めるんすよねー?」

「うん、連絡はとりあえず取っててね……私ひとりで一応できるんだけども、マイナスくんにも仕事覚えてもらいたいから、一緒にやろうね」

「ウ、ウッス!」


 校外での合同ライブ、この辺りは全く知識が無いからしっかり話を聞かないと。

 

「今回やるのはこの辺りの高校のみんなで集まって開催されるライブでね、日頃の活動を発表する場になんだね」

「へぇー毎年恒例なんスかね?」

「そうみたい? 私、去年は参加してないからわかんないけど……」

「毎年恒例っすね。ただ、そこそこやれるバンドじゃないと誘われない所だった気がするっすねー」

「鷹田くん知ってるんだ! 流石!」

「バンドやるなら常識すっよ常識」

「スゲー!」


 鷹田はやっぱりスゲー!

 

「コネ作りにも良いところッスからね。なんで来年にゃ俺もバッチリ呼ばれる予定っすよー」

「うーん、先見の明か、それとも取らぬ狸の皮算用か……」

「俺、タヌキじゃないッスからね!?」

「タヌキって言葉にだけ反応してんのマジおもしろ」

「そういうわけで基本的にはうちの軽音部のアカウントで連絡取るからマイナスくんにも共有。どんなメール来てるか、どんなふうに返してるか見てみてね!」

「ウッス!」

「俺ら、何やるっすかねー」

「速水先輩の選曲次第だよねーどれも最高にカッコいいんだろうな……」

「とりま1年生らしく、速水先輩立てておきますかー」

「森夜先輩や黒間先輩には聞かなくていいの? 同じバンドメンバーだから……」

「一年はそういう心配しなくていいんだってマイナス」

「まぁあのふたり、なんだかんだ速水先輩におんぶに抱っこだからねぇ」

「あー聞いてない聞いてない俺何も聞いてませんー」

「そういっても同じバンドメンバーでしょ! 私としては仲良くして欲しいんだからー! それにあのふたりなんだけどもね……」

「俺は何も聞いてないって事でよろしくっす」

「耳かきしてあげよっか?」



 ――



 学校からの帰りのバス、渡辺先輩から聞いたふたりの先輩についての話に馳せる。

 

「鷹田はどう思う?」

「いや、別に。めっちゃありきたりな事だぜ? 後、俺は何も聞いてない」

「なんでそんな冷たいのー……」

「冷たいとかじゃなく、俺らがどうにかできるもんじゃないから考えるだけ無駄なの。むやみに首突っ込む方が面倒になるっての」

「で、でも……」

「じゃあよ、むしろお前に何ができると思う?」


 ……何も思いつかない。


 森夜先輩と黒間先輩はずっと友達で、高校デビューの一環で一緒に軽音部へ入ったらしい。

 最初は上手くやっていたが、ある時に別の先輩に目を付けられて相当にしごかれていたそうだ。そういうのを耐えて、今は速水先輩と組んで一緒にバンドをしていて……


「我慢したり耐えたりするのがアイデンティティになってんのよ。下手に触れば爆発するからマジでやめとけよな」

「……うん」

「"おう"な」

「……おう……」

「……社会ってのはうまくやれなきゃ、いや、うまくやっても何かで我慢したりしなきゃなんないもんなのよ。割り切れ」

「どうしようもできない事ってあるもんね」

「そういう事」

 

「……そういえば筋肉痛でヤバいんだけど……鷹田は平気なの?」

「余裕、とまではいかねえけどもマイナスよりは慣れてるかんな」

「やっぱスゲー……」

「たりめーよ。俺は周りの奴と違うかんな」

「あ、そうだ、この間のバイト代って……」

「おう、そのうちな。そのうち」

「そのうちっていつさー……?」



 ――



 今日は振り替えてもらってレッスンがある。

 だから早めに帰っていて、ショウくんとすれ違う事は無いんだろうなって駅のバス停で思う。


 こういう日もあるから、別に何も問題無いはずなんだけども……少し気になる。目印とか置けたらいいのにな。でも落書きはよくないし、何か置いてもゴミだと思われて捨てられたりしちゃうよね。うーん、それでもダメ元だけど……


 セロハンテープを取り出してそこに記号を書く。”セーニョ”を。


 これで伝わるとは思えないんだけども、そっといつも座っているベンチの隅っこに張り付ける。すごく目立つわけでもなく、かといって邪魔になるほどでもなく……


 そしてバスが来たので、そのまま乗って俺は家に帰った。



 ――



「ふふ、テルくんが人間関係にお悩みですか」


 上井先生のスパルタレッスン。筋肉痛の痛みは大分引いたけどもグッタリしていて、休憩中につい話してしまった。

 

「可愛がってもらえるのは嬉しいんですけど、こ、このままでいいかちょっと……」


 速水先輩について、このままずっと続くのかなぁと思うと気疲れしそうだなぁって思ったんだ。森夜先輩たちの事も気になってるけども、今の俺に出来る事はないからそっちは胸の奥にしまう……

 

「なるほど、厳しくするのではなく思い切り甘やかすという手法ですか。興味深いですね」

「え……? 何が興味深いんスか……?」

「ええ、テルくんの反応を見てみたいという話です」

「待ってくださいよー!? 先生も俺の反応を見て楽しんでるんですか!?」

「1割ほどは冗談ですよ。しかし、聞いた限りだと……」


 冗談だった……よかった……!

 

「その彼とは関わらない方がいいですね」

「……えっ??」


 上井先生の意外な返答に驚く。どんな風に付き合えばいいか、そんなアドバイスを貰えたらと思っていたのに関わらない方が良いっていうのは驚いた。

 

「そんな、悪い人じゃないッスよ!? 大丈夫ですよ!? 少し大変ですけどもがんばりますよ!?」

「その通りです。テルくんはがんばり屋さんですもんね」


 なんだかそれが問題ありって感じだ……?


「今はまず、付き合ってあげなさい。しかし、テルくん自身がどうしてその彼に付き合うのか、理由を見失わないようにするんですよ」

「えと……理由……? 軽音部の部長ですし、俺、バンドやりたいから仲良くしたいですし……」


「何かあれば、その時は必ず私に話してください」

「は、はい……?」


 上井先生ならサラッとどうしたらいいか、教えてくれる気がしてたんだけども、予想と全然違う反応で戸惑っちゃう。でも、まぁ話を聞いてくれるっていうから心強くて安心した。

 

「さ、レッスンを再開しましょう。昨日の分を取り戻すためにも一緒にがんばりましょうね」

「は、はい……!」



 〜〜



 良き環境、良き血統、良き才能。


 これらが揃っているあの子はすくすくと育ちます。何事が無くてもそれなりの花を咲かせるでしょう。教科書のどこかに乗るくらいの、そんな程度には。


 

 しかし、あの子はそれだけでは終わらないきっかけを与えられた。


 

 運命と努力までも手にしたらどうなるでしょうか?

 その先を見てみたいと常々願っています。



 ――なるほど、この子が速水くんですね。



 アーティストなら誰にでも――いえ、今を生きる者ならば誰にでもありがちな狂い。自らを満たすために他人を利用し続けるのはなんと表現しましょうか。



 話は変わりますが、大切に育てている花に虫がついたなら?

 どうするか、答えはひとつですね。

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