18・可愛がってもらえるのは嬉しいんだけど……

「今日のお昼は……なんだか凄かったね……?」


 夜の波多野さんとの勉強タイム。ちなみに昨日の日曜日は休みだった。


「うん、驚いたよね……!」

「その……流石、高校……って思っちゃった……」

「あはは。ね、中学じゃ思いも寄らないよ」

「あ、そういえば……筋肉痛、大丈夫……?」

「うん、今はなんとか!」


 土曜日の夜、通話を切った後に気絶するようにその場で寝ちゃったのは秘密。


「無理は……しないでね?」


 波多野さんの優しい言葉は本当に沁みる……


「ありがとう。でも、勉強も本気でがんばらなきゃでさ……課題曲を落としたら、転校っていう話なんだ……!」

「えっ……」

「それを考えると補習とかも受けてられなくて……!」

「……そっか」


 波多野さんが俯いて、そっと胸に手を当てるのが見えた。真剣に考えてくれてるのがわかる。だから俺は言う。


「……波多野さんのこと、頼りにしていいかな……?」


 画面越しの波多野さんは大きく頷く。


「うん、任せて……一緒にがんばろ」

「付き合ってくれてありがとうね」

「じゃあ、今日も始めようね……!」



 ――



 火曜日の昼。

「マイナスくーん♥」

 速水先輩が教室へ迎えに来る。


 水曜日の昼。

「マイナスくーん♥」

 今日もお姫様抱っこ……


 木曜日の昼。

「マイナスくーん♥」

 速水先輩が来たよー! と誰かが言うようになる。




「速水先輩、俺、本当に恥ずかしいので、迎えに来なくて大丈夫ッスよぉ……」

「うんうん♥ その顔が見たいからいいよぉ♥ ほら、あーん♥」


 俺の恥ずかしがる姿のどこがいいのー!? もぐもぐ食べさせてもらって飲み込んでから。


「お、俺が迎えに行くじゃダメッスか!?」

「ダメ♥ みんなに見せつけたいから♥」

「じゃ、じゃあどうかお姫様抱っこはやめて……」

「つまりもっと激しいのが良いのかな♥」

「違いますーーー!!」



 ――



「えーん、どうすればいいんだろう……」


 クラスメイトの熊谷がまぁまぁと諌めてくれる。


「先輩に好かれてるのは良いじゃないかー」

「いや、その、好かれてるのは確かに嬉しいよ。でも、なんか違うっていうのか……」


 違うって感じる理由……たぶん、速水先輩は俺の事をひとりの人として扱ってくれてない……っていうのは言い過ぎだと思うけど、話を聞いてくれないなって思う。


「俺、恥ずかしいからやめてほしいって言っても聞いてくれなくて……」

「あはは……まぁ先輩の言う事なら仕方ないからなー」


 思っている以上に年功序列って大事なんだなぁ……


「ちなみに野球部だとどうなんだろ……?」


 熊谷にふと聞いてみる。


「もちろん、めちゃくちゃ大事だなー」

「そっかー……熊谷も苦労してるの?」

「野球やりたいからなー、そこは割り切ってるなー」

「うぅ……俺もがんばる……」


 よしよししてくれる熊谷……ああ熊谷……ありがとう……



 ――



 午後の授業。

 確か入学してから3週間くらいになるけども、初めての音楽の授業になる。音楽の授業が普通に楽しみだし、先生は吹奏楽部の顧問だから初めて会えるのも楽しみだ。


 しかし、なぜだかみんな緊張してる様子……

 なんでだろう?

 それにとっくにチャイムは鳴ったのに先生がなかなか来ない……。


 その疑問に答えるかのようにドガァ! と開けられる扉。そこから出てきたのは長い髪を一本に結ったスラリとスーツを着こなすハイエナ的な女の先生(?)だった。


「ああん? なんでガキども来てんの……」


 え、ええ……?? ほ、本当に先生……?


 クラスメイトに肘でつつかれ、先生に声をかけろと促される。クラス委員だから……


「あ、あの先生……ですよね?」

「……もしかして授業? チッ」


 舌打ちしたーーー!?


「あ、はい。その音楽の授業を――」

「お前らが真面目に授業受けるってか??? ああ???」


 うちはバカ高校だからって、ちゃんとした授業を諦めてる先生はいる。だけどもこれはいくら何でも投げやりで済まないよー!


「で、でも、やっぱりみんなで歌ったりとか楽しいですし……」

「んじゃあみんなではい歌いましょうーってか??? 幼稚園児かよ」


 なんで生徒が先生に授業してって頼む事になってるんだろう……みんなも委縮してる……


「……てかお前、名前は?」


 おもむろに胸ポケットから煙草を取り出す先生。


「マイナッス!! てか先生!! 報知器鳴っちゃいますって!!」

「マイナぁ……?」


 怪訝な顔をしながら先生が近寄ってくる。待って。怖い! 怖い!!


「マ、マイナッス……」


 顔を覗き込まれて、それから先生はニヤっと笑う。ギザギザの歯とその目はまるで獲物を見つけたかのようだった。


「マイナ、お前、ピアノ弾けるよな?」

「は、はい……??」

「お前ら。今日は自習。次からは気が向いたら授業してやっから」

「あ、待ってください! その、自己紹介とか……」

「音楽の灰野」


 バッターンとドアを閉めて灰野先生は去っていった……


「こ、こわ……てか自習って何すればいいの……」


 もちろん返事はなく、音楽室は通夜みたいに静まり返ってた。



 ――



「ただいまー」


 今日もレッスンの日、家に真っすぐ帰る。


「お兄ちゃんおかえりー、今日、上井先生は急用だって」

「えー? そんな事あるんだ」


 でも考えてみたら週7でウチに来てる所あるもんな……? 普段から居るのが当たり前過ぎて忘れるけども、先生にもプライベートがあるわけだし……


「急用ってなんだろなー」

「上井先生の普段……私も知りたいかも」

「とりあえず着替えて自習しちゃおっと」



 ――



「どうしたらいいんだろうなぁー」


 ちょっとベースを触りながら考え中。

 速水先輩の事は本当に目下の悩み……熊谷と話した時のも思い出す。


 話を聞いてくれないのがイヤ。たぶん、まずはこれに尽きるとは思う。可愛がってもらえるのは嬉しいけども、やっぱり俺にも気持ちがあって、それを無視されてる感じがするのはイヤ。


「でも、俺はぬいぐるみじゃないですー!って言っても絶対に通じないしなぁ……」


 我慢するしかない? ロックをやるためって割り切る? 順番が来るまで大人しくして待つ?


「ううーん……」


 と、その時に梶原さんのノック。本当にタイミング完璧だぁ……!


「あ、行きまーす。ありがとうごさいます」


 ベースを大事に置いて――


「……ノックのタイミング……やり方……」


 ベースを見ながら、ちょっとだけ考える。



 ……ダメ元でいいからやってみたい事がある。



 もう一度ノックがかかって、俺は部屋を出た。



 ――



 自習を終えてからカナとの晩ご飯。


「今日はどうだった?」

「今日も普通だったかなー」


 宙太くんの事もあってカナの様子を聞く。


「でも、前よりは良さそうに見えるけど、普通なの?」

「うーん、そうだね。最近、クラスの雰囲気がいつもより明るいっていうのかな?」

「へー、なんで?」

「言うのはなんだけどもね、宙太くんが最近元気になったから? ありがとうとか、嬉しいとか、そういうの大声で言うようになってねー」


 宙太くん、練習がんばってる……! 偉いぞぉ……! でも知らないフリ知らないフリ……


「……カナと仲直りはまだできてないんだよね?」

「うん、私の事は避けちゃう。けども、ちょっかいもかけてこないからね。まぁいっかって思ってる」

「日も空いちゃって謝りにくいんだろうなぁー」

「そろそろ人形も返さなきゃなー」


 宙太くんの様子にも、カナの誠実さにも、お兄ちゃんは心がホクホクします……ありがとう。



 ――



「そうだ……マイナスくん」

「ん、なんだろう?」


 いつもの夜の勉強中、波多野さんが不意に声をかけてくる。


「あのね……その、連休中って……忙しいよね……?」


 4月ももう下旬、そろそろ連休が始まる。学校以外の活動ができる時期だけども……


「うん……練習の日々……になるかも……」

「そうだよね……」

「何かやる予定だった?」

「あ、ううん……その、なんでもないから……」


 この間は聞き逃しちゃったのもある。だから今回はちゃんと聞く。


「よかったら聞かせてほしいな。そう言われると気になっちゃうからさ」


 画面越しの波多野さんは少し悩んだ様子を見せた後、話し始める。


「……行きたい所があって」

「行きたい所?」

「うん……でも、私ひとりだと少し不安で……」

「もしかして……」

「あ、ちがうの! ちがうのそういうのじゃなくて……」


「大丈夫! 俺も一人で入れない所多いからさ! 付き合うよ! 行こう!」


 波多野さんはいわゆるシャイな人、だから出かけるのも大変だろうから手伝いたい!


「で、でも、よ、予定が、その……」

「がんばる……! それにいつも勉強手伝ってくれてるから、その恩返ししたいしね!」

「……あ、ありがとう……」

「スケジュールは決めちゃおう!」

「……うん!」


 楽しみ! だけども、その為に色々がんばるぞ!!

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