12・残念ながらスピード解決法はありませんでした
移動時間も貴重な何かをする時間になりつつある。駅でバスを待ちながら、久しぶりにヘッドホンを付けて課題曲を聞きながら指使いを練習する。
俺は音楽が好き。だからパートに拘りは無い。ピアノとヴァイオリンはなんだかんだ一番やってるだけなのかもしれない。
そのうえで俺はロックがしたい。近いようで遠いようで、目の前にご飯は置かれてるのに届かなくて焦らされてるように感じる。ロックをやるために色々やらなくちゃ。勉強もやらなくちゃ。教科書を読んだりすればいいかなぁ……?
そういえば付属高校に行ったショウくんはどんな勉強してるんだろう? 学業の方はどうなのかってそういえば全然気にしてなかったなぁ……
そんな時に肩を掴まれる。ビックリして振り返ると同時にヘッドホンを外される。
「バスに乗り遅れるぞ!!」
ショウくんだった。
「えっ!?」
目をやればバスの運転手と乗客が俺の事を見てた。
「あ、ありがとう」
ショウくんは何も言わずに顔をそむけた。
「ショ……ミヤネ、またね」
俺は慌ててバスに乗り込む。
ショウくんは踵を返してロータリーへと向かっていった。
バスが発車してから、ショウくんはほんの少しだけ振り返ったような気がする。
――
家に帰って色々済ませてからカナとの晩ごはん。
「カナ、今日は学校どうだった?」
宙太くんの事もあるので聞いてみる。
「んー、普通」
特に何かあったわけじゃない……けども普通ってなんだろうなぁって思う。
「お兄ちゃんの方は?」
「んー………」
「色々なんだね」
「はい……」
妹なのに思わず敬語になる……
「高校生になったら色々あるのかなー」
「たぶん、そうなのかも……」
「カナも早く高校生になりたいね」
「勉強とか大変だぞー……」
「お兄ちゃんは特に大変だろうね……」
「……はい」
「流石にカナはお兄ちゃんの勉強まではみれないしなぁ……」
小学生に勉強を教えてもらう高校生はさすがにお兄ちゃんでも想像できないよ……!
「あ、そうだ! 波多野さんに聞いてみたら?」
「えぇ!? 迷惑でしょ!? というか、授業始まったばかりだし……」
「えー、良いと思ったのになぁー」
「いきなり教えてください! じゃ絶対に困らせるって……どうしても必要になったら、ね」
「どうしようもなくなってから相談しないでね!」
「カナはなんでそんなに大人なの!?」
「音楽以外ダメダメな人がお兄ちゃんだからだよ」
「ダメダメって言わないでー!!」
実際、音楽以外本当にダメダメだからすごく刺さります……
夜はさすがに教科書を開いて勉強に挑んだのだけども、いつの間にか熟睡していた……
――
「あの…マイナスくん…」
クラス委員として波多野さんと一緒に移動している時に声をかけられる。
「ん、どうしたの?」
後ろにいる波多野さんに振り返りながら声をかける。
「勉強……その……」
「あぁ……が、がんばって何とかするよ……!」
クラスの皆が授業の後に色々言ってくれるが、正直それすらもあんまりよくわかっていない……
「て、手伝えない……かなって……」
「え? 俺の勉強……?」
波多野さんはゆっくり頷く。
「た、助かるけども……いいのかな……?」
「その…………うん……」
波多野さんから提案されるのはすごく意外だった。断った方が負担にならないんじゃないかなってすごく悩む……
「夜……通話、送るね……」
「あ、うん……ま、待ってるね」
優しくしてくれる波多野さんに匙を投げられたらどうしよう……
――
今日はレッスンの日、だから学校が終わればサッサと家に帰り……
「あの……マイナちゃんのお兄さん!」
わーぉ……宙太くん、スゴい。まぁバスから真っすぐの帰り道だからわかるよね。
「ああ、宙太くん。来てくれたんだね」
「うん……その……」
そういって宙太くんはハンカチとこの間の人形を俺に差し出す。
「返しに来てくれたんだね。ありがとう」
そういってハンカチを受け取りつつ視線を合わせるように屈む。
「そう、宙太くん。良いことをカナから聞いてね……」
「う、うん」
どことなく期待した顔をしている。
「この人形、カナが欲しいものなんだって」
「あ、うん……これ、人気だもんね」
「そう、だからさ、これをカナにプレゼントして、それで謝ればきっと解決だよ」
「そ、そうなのかな……」
「大丈夫大丈夫。俺もカナと喧嘩したらプレゼントとかして話をして仲直りするからさ」
「で、でも、いいの……?」
「俺のじゃなくてカナのになるだけだから平気平気。やれる?」
「……」
あれ、どうして黙るんだろう? プレゼントも用意して謝ればカナなら絶対に許してくれると思うのに。
「よかったらカナ呼んでくるよ」
「ま、待って」
「大丈夫だって。渡して謝って、そしたらどうにかなるって」
人形をギュッと抱きしめる宙太くん。そんな不安がることないと思うんだけどなぁ。
「おーいカナー! 友だちが来てるぞー!」
「友だちー??」
大きな声でカナに呼びかける。俺たち、声はかなり通るから余裕。
「さ、こっちこっち」
「……」
黙る宙太くん。緊張してるんだろうけども大丈夫だって!
そして玄関から出てくるカナ。
「だーれー? って…………」
宙太くんを見ると露骨に嫌そうな顔をする。
「この間の事、謝りたいんだよね? ほら?」
宙太くんの背中を押す。
「……」
宙太くんは黙ったまま抱きしめていた人形をカナに差し出す。
「……なに? これを私にくれるの?」
カナは腕を組んで宙太くんに問いかける。
「……あげる」
「……」
一旦受け取るカナ。だけどなぜだか全然嬉しくなさそう。あれ……?
「ねえ」
カナが宙太くんに声をかける。
「いや、ほら、宙太くんも謝りたいんだって」
「お兄ちゃんは黙ってて」
すごい怒ってる。ビックリするほど怒ってる。こんなに怒るカナは見た事が無くて、俺も戸惑ってつい黙っちゃう。
「言いたい事あるなら言って?」
「……べ、別に、言う必要、ないじゃん!」
「じゃあ何!? これくれるからまだイジワルさせろっていうこと!?」
「はあ!? 違うし! 別に、俺、それいらねーから渡しただけだし!」
「そういうのを!! やめてって!! 言ってるの!!!!」
カナは人形を地面に思いきり叩きつける。
「……!」
宙太くんはそれを見て絶句する。俺も絶句……
「やめて!! まとわりつくのも!!
ニヤニヤしてくるのも!!! イタズラするのも!!!」
宙太くんはギュッと拳を握りしめて、涙を流してる。
「いらない!! 帰って!!
もう二度と近づかないで!!」
カナもいつの間にか顔を真っ赤にして、涙を流してる。
「う、うあああー!!」
「ちゅ、宙太くん!?」
宙太くんは大声で泣きながら走っていってしまう。
「カ、カナ……」
「……」
「後で話、聞かせて……」
腕を組んで顔を背けて泣いているカナに、そう声をかけて宙太くんを追う。
――
「宙太くん!?」
物陰に隠れてヒックヒックと泣いてる宙太くんに声をかける。
「ご、ごめんね……こんな事になるなんて思ってなくて……」
本当にこうなるとは思っていなかった……。あんなに優しくて元気なカナがあそこまで怒るなんて、知らなくて……
「いつも……」
宙太くんが泣きながら何かを話そうとする。
「……いつも?」
「いつも……言えないの……」
思い出す。
カナは……宙太くんが話すのを待ってた。たぶん、謝罪の言葉を待ってたと思う。でも、宙太くんは言えなかった。謝りたい気持ちは俺にはすごく伝わってる。
そう。宙太くんはその気持ちを言えなくて困ってたんだ。
「……ごめん、俺、プレゼントあげればどうにかなるって思ってたんだ……」
宙太くんは首を横に振る。
「悪いのは……ボクなの……わかってるの……」
……違う。俺が宙太くんの話をちゃんと聞かなかったからだ。カナの話もちゃんと聞かなかったからだ。
今、こうして宙太くんが泣いているのも、カナをあんなに怒らせたのも、俺のせいだよ……
俺がやらなくちゃいけなかったのは、
宙太くんの謝りたい気持ちをカナに伝えられるように、話を聞いてあげる事だったんだよ。
「……宙太くん」
「……うん」
「明日も俺のところに来れるかな……?」
「……なんで……? もう……マイナちゃんに……」
「ううん、カナは優しいからちゃんと謝れば、きっとこの先でも許してくれる……」
「……」
「宙太くんは今でもカナの事、好き?」
少ししてから宙太くんは頷く。
「俺も手伝う。だからさ、今度こそ謝れるようにがんばろう?」
返してもらったばかりのハンカチを宙太くんに渡し、頭を撫でる。
宙太くん、本当にごめんね……。カナも……。
「……今日はレッスンあるから行かなくちゃ……明日、待ってるね」
宙太くんにそう言って俺はこの場を離れた。
――
「レッスンに初遅刻ですね」
「す、すいません……」
上井先生は紅茶を飲みながら待っていた。
「どうしてこんな事になってしまったのやら……」
「本当にすいません……色々忙しくて……」
「プレゼントは小さな喧嘩の時に贈るものですよ」
「えっ!?」
宙太くんの一件をお見通しだったりする……?
「楽器の話でなら、使い方を知らずにいきなり演奏するのは不可能ですよね」
「は、はい……」
「とはいえ、貴方は学んでいます。どう練習しようか、次はどうしようか、次はどうすればいいか」
「は、はい……」
「それは音楽でなく、言葉でも同じです。気持ちを伝えるという点において」
「えっ!?」
先生はやっぱり全部お見通しなのかな……
そして、俺が宙太くんにできる事……それは……
「さて、今日のレッスンを始めましょう。こなさなければいけない事が多過ぎますからね」
「……はい」
――
レッスンが終わり、晩ごはん……だけどもカナは先に食べてしまっていた。1人で済ませてからカナの部屋に行く。
「カナー?」
「……今日は話したくない」
……あんなに怒ったカナは本当に初めて見たんだ。感情が爆発するっていう言葉があるけども、その後ってしばらく残るものだっていう。
「でも話そう?」
「……お兄ちゃんにはわかんないよ」
「わかんないから聞きたいんだろ……?」
俺はふたりの話をろくに聞いてなかったんだ。だから、今度はちゃんと聞かなくちゃ……
「宙太くんは……いつもあんなふうなの?」
「……そうだよ。私にだけあんなふうなの。私が来ると変な事言ってすぐどこか行ったり……でも追いかけ回してきたり……」
「どうして、って言っても教えてくれなくて、それもイヤなんだよね?」
「うん…………それが一番イヤ。さっきも……謝りに来たと思ったのに、違うって言うし……」
「謝りに来てたって、俺も思ってたよ」
「でも……ごめんって言ってくれなかった。それが、本当に本当にイヤ……素直に言ってくれたら、許してあげられたと思うのに……」
「……そっか、許すつもりはあるんだね」
「……前は仲良しだったからね」
「……人形はどうしよっか?」
「……お兄ちゃん預かってて……今度、返しにいく」
「うん、わかった」
「……ねえ」
「ん……どうした?」
「聞いてくれて……ありがとうね」
「……話してくれて、ありがとうな」
じゃあ、とこの場を離れる。
――
夜、波多野さんとの約束のためにアプリを立ち上げる。
『こんばんは、いつでも大丈夫だよ』
波多野さんにメッセージを送る。とりあえず教科書を開くけどもよくわからない事が多い……でも、部活をやるためにも赤点は取れない……
『こっちも大丈夫だよ』
返信が届く。そのまま通話を開始する。
「こんばんは、今、とりあえず教科書読んでるんだけど……」
「こんばんは……たぶん……難しいよね……?」
「う、うん……」
画面に目をやる。波多野さんはカタカタと何かを操作しているのが見えた。
「えっとね……どこからできてないかをね、見たいと思ってね……」
メッセージで何やら送られてくる。
「これ、学習レベルを見るのにちょうどよくて……問いてみてくれるかな……?」
「う、うん……」
開いてみる。4択で答えを選んでいくテストのようだ。
「わからない問題があったら……飛ばしてね。時間は……そこまでかからないはず……だから」
「わ、わかった」
……
数学から始まり、一通りの科目をこなしていく事にする。集中してポチポチする……だけども、殆ど解けなかった気がする……
……
「……とりあえず全部できたかな……」
「うん、おつかれさま……結果を見せてもらっても……いい?」
「あ、うん……えと、これかな……?」
何とか共有してみる。
「あれ……1時間近くかかってた……? ごめんずっと黙ってて……」
「う、ううん……集中してるのは……いいことだから……」
俺も結果を見てみる。
「語学……は得意だね」
「うん……その、海外に行くのも見据えてて、なんだかんだ……」
「数学と理科がやっぱりダメだけども……」
「あはは……」
「社会は得意と不得意……あるね」
「う、うん。音楽に関係してる所はなんだかんだ……」
ふふ、と波多野さんが微笑むのが見えた。
「や、やっぱりバカ過ぎる……?」
「ううん……音楽に関係してるとスゴい伸びるのがね、面白くて……」
「それしか本当に取り柄がなくって……」
「えと……待ってね……」
そのまま波多野さんがまた何かを操作している。
「数学は……中学からやり直し……理科も……基礎が必要になる物は1から勉強だね……社会は仕組みに関する部分を重点的に……やろうね」
「う、うん」
「えと……たぶん、中間試験は赤点でも……期末にリカバリーできれば……何とかなるよ」
「な、なんとかなる……?」
「が、がんばるね……」
「あ、いや、それは俺ががんばる事だから……! その、よろしく……ね……!」
「……うん」
「今日は……どうしよっか?」
「ちょっとだけ……やろっか?」
「は、はい……!」
その日は正負の掛け算について教えてもらった。
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