11・単純にバカと音楽バカ

 月曜日。色んな先生との初対面も済ませて授業が始まるようになり、普通に……


「騒いでてもいいから、先生の授業の邪魔しないでねー」


 割と多くのクラスメイトがスマホを弄っていて、やんちゃな人は普通に騒いでる。授業をちゃんと受けてるのは少数だ。


 えっ!? なんで!?


 先生も慣れてる様子であまり気にせずに授業を進めている。中学の頃では考えられない光景だ……。


「じゃあマイナくん、これわかるかなー?」


 クラスメイトがマイナじゃなくってマイナスっすよー!と言う。


「はいはい、マイナスくんわかるかなー?」

「え、えっとー……」


 (x+y)²を……てん……かい……?


「中学でやった問題だけども、難しいかなー?」

「マイナスー! これくらいなら俺もできるぞー!」


 落ち着け落ち着け……

 右の小さい2は……掛け算をなんかする……

 どうするんだっけ?

 2倍にするんだっけ?


 だから、それで……


「4……ッスかね?」

「残念! xとyがどこか行っちゃったねー」


 ドッと皆が笑い始める。


「この辺りは中学のおさらいだからね。でも、難しいって人も多いからゆっくりやっていくよー!」


 ……


「水が沸騰するのは……70℃くらい……? 凍るのは……たぶんマイナス……?」


 ……


「えっ、西暦前ってマンモスの時代じゃない……?」


 ……


「高校の授業難しいよおぉぉぉ……」

「いやマイナスがバカ過ぎるだけだって……」


 昼休み、授業で上手く答えられない様子を見ていた皆がお通夜みたいな感じで俺を囲む……


「このままだとマイナスくん、この高校ですら勉強で進級できなくなるよこれ」

「俺も自分のことバカだって思ってたけどさ、アレは本当に心配通り越してヤバいって」

「私、マイナスくんの為にちょっと勉強がんばろうかな……」

「マイナス……俺たちが先に卒業しても友だちだからな……」

「み、みんな……」


 騒いでた連中ですら真顔になるレベル。え、待って。あんなに騒いでたのに授業の内容はわかってたの?


「とりあえず中間試験……対策しようね?」

「マイナスより下の点取る奴はマジでヤバいから覚悟しとけよみんなー!」



 実は俺、めちゃくちゃバカだった。



 ――



「なぁ、マイナス。9×9は?」

「わかるから! 待って……88!」

「ダメだ……マイナスくん、小学生からやり直しだ……」

「えっ!? 違うの!?」


 軽音部の部室で鷹田と渡辺先輩と話す。俺のあまりのバカっぷりは話題になっていた……


「いやさ、まぁ、普通にうちは普通科だからよ。バカだけども進学とかは考えるわけよな?」

「偏差値で言うなら40代だけどね」

「それでも赤点とか取ったら普通に補習もあるし、部活をやれなくなるからよー」

「部活できなくなるのはヤダ……!」

「ちげーよ、吹奏楽部の助っ人とかも出来なくなるから俺も困んだよ」

「ああ!? 近藤さんとの約束!」

「助っ人ってー?」

「楽器とか備品買うのに吹奏楽部の友だちの店で世話になってるんすよ。助っ人する代わりに色々って話で」

「なるほどね……じゃあ勉強がんばらないとだ」

「マジで勉強どうにかしろよ? いやホントマジで」

「わ、わかった……」


 中学の頃の勉強を思い出す……思い出す……? あれ、中学で何勉強したっけ……? テストは大体一桁だったけども、何も言われてなくて……


「おーい! 鷹田! マイナスくん!」


 と、そんな時に近藤さんが軽音部にやってくる。


「おう会長。マイナスのレンタル準備出来てるけど、問題発生中」

「問題って……? 勉強が壊滅的って聞いたけども関係ある?」

「それがな、誇張抜きでマジでヤバい。進級も怪しいんじゃねってレベルで部活とか無理になる可能性すらある」

「ええっ!? どういうこと!?」


 信じられないって様子で近藤さんは鷹田に詰め寄る。


「いや、俺に凄まれても……」

「じゃあ勉強叩き込んで赤点回避しなくちゃ!?」

「俺、一から勉強教えるとか無理だからな?」

「うーん、私もやりたい事あるからなぁ……でも、どうにかしなくっちゃ」


 鷹田は半分冗談で言ってるのはわかるけども、頭を抱えてるのは事実だった。


「まぁ……そこらへんは後で話すとして……マイナスくん、吹奏楽部行くよ!」

「は、はい……あ、渡辺先輩」

「今日は暇だから安心していってらっしゃい!」


 見送られ、音楽室へ一緒に向かった。



 ――



「みんなー! 助っ人連れてきたよー!」

「あ、ど、ども……マイナッス……」

「生マイナッス聞けちゃった!」

「ペット上手いってホント!?」


 吹奏楽部はなんだかんだ女子が多い。バカ高校なのもあって男の方が多いのだけども、吹奏楽部は女子の花園のようだ。


「あ、えと……一応楽器は触れて……」

「じゃあメインは?」


 ピアノとヴァイオリン、そう言いかけて波多野さんの隠しておいた方が良いという言葉を思い出す。


「な、なんだかんだトランペット……なんスかね?」


 そう言いながら、落ち着いて音楽室のみんなの事を見る。部員の数は9人だろうか……?


 吹奏楽は読んで如く吹いて演奏する管楽器を主体に演奏させる音楽をさす。由来としては戦場での鼓舞が起源で、親しみやすく触れやすいのが人気を集めていると思う。大きく分けて木管、金管、打楽器の3パートがあり、それなりに自由な編成で楽しむ事ができるけども……


「じゃあやっぱりマイナスくんはトランペットやってもらうかな……」

「運動会のアレ、吹けるんだもんね。何も問題ないよねー」

「えと……曲は何やるんだろう……」

「『ワシントン・ポスト』だよ」



 ――スーザの『ワシントン・ポスト』

 マーチ王の二つ名を持つスーザが作ったマーチのひとつ。

 スーザは海兵隊楽団に所属し、様々な経験を経て100曲を超えるマーチを作曲した。パレードで見かける身体を巻くような形をしている金管楽器があるが、『"スーザ"フォン』という名前で彼が考案した楽器だ。それほどに吹奏楽のバンド活動に影響を与えた人物なんだ。

 その彼が作った『ワシントン・ポスト』は、大衆へと始まりを告げる印象的な出だしから入り、堂々と、悠々としたテンポで歩みを進めさせてくれるそんな曲だ。



「なるほど……」


 頭の中で『ワシントン・ポスト』を奏でながらもう一度、吹奏楽部のみんなを見る。


「部員は今いるのが全員……?」

「うん、そうだよ」


 総数は9人。木管5人(フルート1、クラリネット3、サックス1)、金管2人(チューバ1と近藤さん)、パーカッション2人だ。俺はもちろん、鷹田も勘定に入ると総数11人。ちなみに鷹田はサックスらしい。


「んー……もうひとりパーカッション欲しいね」

「あ、わかる!? まぁわかるよね……」


 普段の編成を考えるとギリギリ許容できる編成だ。この人数でクラリネット3人は多いと思うけど、許容できない編成ではない。ただ、マーチを演奏するなら打楽器は根幹に関わる重要なパートであり、できれば3人欲しい。


「クラリネットの人は……」

「あ、私たち、クラリネットしか吹けないんだー」

「ごめんねー!」


 リボンの色を見ると3年生1人と2年生2人、先輩だ……


「そっか、じゃあ鷹田がサックスするなら……」


 サックスの子に目を向ける。同じ一年生で頼みやすいかな?


「あはは、みんなの為だし、仕方ないよね……」


 サックスの子は空笑いをしてそう言う。いや、でもサックス練習したいだろうし、動かしたくないな……。


「いや、それなら鷹田がパーカッションとか……」

「今から頼むのはちょっと無理させちゃうからなぁ……」


 たしかに……鷹田は助っ人だからあくまでもできる楽器で、だろうしなぁ。


「じゃあやっぱりクラリネットから」

「ごめんねー、クラリネット以外はやりたくないなー」

「仕方ないって言ってくれてるし、いいんじゃない?」

「うん……大丈夫だよ」

「あ、いや、でも元編成から考えるとサックスの練習したいだろうし、だから……俺がパーカッションに……?」

「そうすると金管薄すぎて辛いんだよね……」

「う、うん……」


 ……限界編成なのは否めない。今回の曲がマーチだからパーカッションが欲しいというだけで、元々の編成は一応許容範囲。クラリネットが動けないなら、鷹田が助っ人でサックス、サックスの子がパーカッションに回るのが丸いという事になる……。俺は金管に回るしかないのは明らかで介入できないし、それに本人も移っていいって言ってくれてるんだけど……



「も、もうひとり探そうっか……俺も探すよ」



 ついそう言ってしまう。


「うーん、そうだね。今日はマイナスくんを紹介するのが目的だしね」

「助っ人だけど……よろしくね」


 どうしよう、アテが無いかをがんばって思い浮かべる……もちろんいないけど……。


「とりあえず、ちょっと練習してこっか?」

「あ、うん」


 近藤さんに促されて、今日は吹奏楽部の練習に混ざる事にした。



 ……



「そういえば近藤さんは何がメインなの?」


 編成の時に金管なら良いと言ってくれていた近藤さん。自由に移ってくれるのは助かるなって思ってた。


「トロンボーンだよ。でも、助っ人がトロンボーンだったらトランペットやってたかなぁ」

「そうだったんだ……トランペットでもよかったの?」

「んー……まぁ仕方ないよねって」


 近藤さんはそういって笑顔を作る。人数やパート分けを考えると、全部が希望通りに行くわけじゃない。だから割り切るのも大事だって俺も思う。


「だからマイナスくんがトランペット吹いた時、すごく嬉しかったね」

「えと……トロンボーン吹けるから?」

「まぁね」


 はにかむように笑う近藤さん。やっぱり希望の通りに行くと嬉しいもんなぁ……だから、そう考えるとやっぱりサックスの子のためにも……。


「が、がんばろうっか……」

「やる気あるー! これはボーナス出さないとね!」

「あはは……お世話になります」



 パーカッションやってくれる人……探さなきゃ……!



 その後、みんなで軽く合わせたりしてみる。みんな経験者だから通す事はできた。気になる所が無くはないけども、今の俺が口出しする事ではないって思った。

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