10・発見!?スピード解決法!?
「上井先生は、やっぱり恋愛経験豊富なんですか?」
日曜日。今日は上井先生とのレッスン。体力作りのトレーニング中にふと、聞いてみる。
「おや、"やっぱり"というのは?」
「あ、いや……先生はスゴくモテそうで……」
スラッとしていて整った長髪、いつも身だしなみは完璧でどんな時も落ち着いてるのを見ると、やっぱりカッコいいなぁって思う。
「そういう質問をしてくるという事はテルくんにも…」
「いや!? なんで皆そう言うんですか!?」
「ふふ、聞きますよ。ペースアップは忘れずに」
「は、はい」
上井先生はなんだかんだスパルタ気味……! 話したいならがんばれって事だ……!
「いや実は、恋愛で悩んでる、友だちが、いて」
「ふふ、友だちですか」
「は、はい、相談されて、でも、俺、知っての通り、経験無くて」
「そうですね」
「だけど、俺、以外、相談、できない、って、どうしよう、って」
「なるほど」
だんだん息が切れてきて、喋るのが難しくなる……。
「せ、先生、なら、ど、どう……」
「ペースを落とさないでくださいね」
「は、はい……」
喋りながらはやっぱり無理……何とかトレーニングを1セット終える……。
「ゼェゼェ……」
「お疲れさまです。シャワーでも浴びて少し休憩してから次にしましょうか」
「あ、まだ話の途中で……」
「今はレッスンの時間ですよ」
「は、はい……」
やっぱり上井先生はスパルタだ……!
――
「さて、本日から始める練習曲をお伝えしましょう」
「えっ!? ラ・カンパネラは!?」
「ふふ、あちらは高校に通うテルくんの課題ですよ。どれくらい演奏できるようになったか定期的にテストはしますが、基本的には自主練になりますよ」
「マ、マジですか」
「付属高校なら学校で練習できたんですけどもね」
そ、そういう事かー……! やることが、やることが多い……!
「では、まずは聞きましょうね」
上井先生がオーディオ機材を操作して曲を流す。
――ブラームスの『ハンガリー舞曲 第5番』
ブラームスはドイツ音楽における三大Bの一人と称される音楽家。他二人はバッハとベートーヴェンだ。人によっては彼をベートーヴェンの後継者と見る人もいる。
『ハンガリー舞曲』はそんな彼がジプシー音楽を知り、それを編曲したものだ。ステップをひとつ踏み、それからあっという間に激しく舞い踊り……ピタリと止まったかと思えばまた激しく舞う。非常に強い緩急が特徴であり、そのコントラストは人の心を掴んで離さないだろう。
「な、なるほど……」
「テルくんの練習にピッタリですね」
「はい……お気持ち嬉しいッス……」
この曲、元は連弾として作られた曲だ。だから、使う鍵盤の幅がとても広い。左手に至ってはほぼほぼ振りっぱなしになるのではないかというくらい酷使する必要がある。ラ・カンパネラの為にというと非常に納得がいく……けども……
「これ、いつまでッスか……?」
「おおよそ一ヶ月ほどの予定です。しかし、ご安心くださいね、レッスンしていきますので」
「わ、わかりました……」
ホッと胸をなでおろす……安心……
「では、まずいったん通しで確認しましょう」
「はい……!」
……
「ショウく……ミヤネはもう弾けるのかな……」
「あの子は上手ですからね。恐らく弾けると思いますよ」
「ですよね……」
ピアノに関して俺の一歩先をずっと歩いていたショウくん。コンクールではライバルであり、俺はずっと二番手だったと思う。でも、悔しいっていうよりは隣に並べる事が嬉しかったなぁ。”アレ”からなんだかんだショウくんのピアノは聞けていない。
「大丈夫ですよ」
「……?」
少し黄昏れてしまった俺に先生は声をかける。
「必ず夏のコンクールで会えますから」
「あ……は、はい……!」
ショウくんのピアノ、聞くためにもがんばりたいな。
……
「さて、ピアノは少し休憩にしましょう」
「はい。あの先生、さっきの……」
「ピアノは休憩と言ったんですよ」
先生はふふっと笑いながら人差し指を俺の口に立てる。
「ボイストレーニングに移りましょう」
上井先生との音楽のレッスンは本当に多岐にわたる。主軸はピアノとヴァイオリンだが、歌に他の楽器、座学として音楽史や作曲についても習っている。
そして準備運動がてらの一連の発声が終わってから先生は言った。
「では先ほどの相談の続きを声に出してみましょう」
「え、ええー!?」
「嫌でしたらいつも通りで構いませんよ。とはいえ、今日は時間が取れず、相談は後日になってしまいますが……」
申し訳なさそうに言うが顔はニコニコだ。ただでは相談には乗らないという魂胆がよくわかる。
「れ、恋愛相談をされましてー」
「声が小さいですね」
「恋愛相談をされましてー!」
「姿勢が重要ですよ」
「恋愛相談をされましてー!!」
「はい、続けて」
「どうしたらいいのか、わからないー!!」
「感情を込めて緩急を付けましょう」
「どうしたらいいのか!! わからないー……」
「何を話すのか、どんな音で歌うのか、それをちゃんとイメージしましょう」
「恋愛経験ゼロ!! 碌なアドバイスはできない!」
「届けたい相手に向けて、ハッキリと届くように」
「それでも俺しか頼れない? そんなのおかしいよ!」
「百人が百人、あなたの歌を聴きに来たわけではありません。それでも聞いてもらえるようにイメージしましょう」
「何かしてあげればいいのかな?どうしてあげたらいいのかな?」
「焦ってはなりません。もしかしたら相手は今の歌が苦手なだけかもしれません。まずは届く人に届けるイメージを」
「その人が好きな歌を歌えばいいのかなー?」
「歌えるならば歌えば良いでしょう。しかし、あなたはその人の好きな歌を知っていますか? 歌えますか?」
「わ、わからないー……」
「もう一度。感情に負けています」
「わからないー!!」
「ならば調べて、練習して、歌えるようになりましょう」
「わかりましたー!!」
あれ、いつの間にか相談になっていた……?
――
晩になり、上井先生とのレッスンが終わればカナとの晩御飯だ。
上井先生は歌のアドバイスをしていたのか、それとも相談に乗ってくれていたか少しあやふやだけど、教えてくれた事を反芻する。好きな歌……好きな事を調べる? それで……届けるために練習をする……?
「カナは最近、ハマってる物ある?」
「んー? 音楽でー?」
「あ、いや、それ以外で?」
「流行りを知りたいのー?」
「まぁ……そんな所?」
ちょっと待ってね、とカナはスマホを触る。食事中にスマホを触るのは普段、お互いにしないのだけども話題を共有する時くらいは触っちゃう。
「これかなー? アニメのキャラクターで可愛いんだよ」
カナが見せてくれた画像に映っていたのは鷹田が取ってくれたあの人形のキャラクターだった。
「あ、これ、人気なんだ……」
「うん、私も好き。この子のお人形とか、ちょっと欲しいなって思ってる」
こ、これは楽勝じゃん……! 宙太くんとカナの問題、少なくとも解決できるじゃん!? 見えない所でガッツポーズをしてしまう。
「へぇ……貰えるといいなぁ」
「普通にお小遣いと相談して買うか決めるよ……? 貰えるって誰から?」
ギクゥ!! 余計な事を言ったかも……。
「ママ……とかパパとか……?」
いや、ママもパパもたかが人形ひとつを贈ってこないよ!! なんか予想の上を行くなんかすごいのをいつもくれてるよ!!
「……もしかして」
待って! 待って!!
それ以上突っ込まないで!
お兄ちゃんボロが出ちゃう!!
やめて!!
「誰かへのプレゼントで悩んでるの?」
「えっ、あ、はい」
「なるほどねー……カナがいてよかったね。プレゼント選び、付き合ってあげるからね?」
どうやらカナの中では、俺の恋愛の悩みへと変換されていた。
お兄ちゃんは何とか助かりました。
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