6・休みの日に偶然、友達と会うのは架空の話じゃないらしい
今日は週末。
音楽のレッスンはカナの日だから俺はこの隙にベースを買いに駅の方にやってきた。スマホを見ながら何とか辿り着いた楽器屋は小さな個人店。趣味で開いてるといった感じで、いつも世話になっている所とは全く雰囲気が違う。ドアを開けて中に入る。
店に流れてる曲を俺は知らないけども、ロックがかかっていた。所狭しと楽器が並べられ目当てのベースはもちろん、一通りの楽器に楽譜や備品も売られている。
どのベースを買うか見ようとしていた時……
「あれ、マイナスくんだ!」
「あっ!? え、えと……」
「隣のクラスの近藤だよ! 鷹田の友だち!」
「あ、ど、ども……!」
「ねえ聞いたよ! ベースがすごい上手なんだって? ドラムもギターもやるって言ってたし他の楽器もできるの?」
「え、えと、一通りはそれなりに……」
「家が音楽関連なの? うちみたいに」
「え、えっと、ま、まぁ……」
「もしかして吹奏楽も普通にできる?」
「う、うん、一応できる……よ」
「じゃあじゃあ見せて! うちの楽器適当に触っていいからさ!」
「あ、えーと……」
どれを選ぼう?
リードを使う楽器は手間がかかるし、ここは金管で。そんな訳で手に取ったのはトランペット(厳密にはコルネットなのだけども、わかりやすさの為にトランペットと記す)。
「思いきり音出していいよ!」
「じゃあ……」
まずは音の確認――
うん、良い。お店に並んでるから当然だけど、中古だけどちゃんと手入れされている。昔から吹かれていて、何かの縁があってここに来たんだろう。
よし、大丈夫。ひとつ呼吸をしてからあの有名な曲を吹く。
――ロッシーニの『ウィリアム・テル序曲よりスイス独立軍の行進』
名前を聞いてピンと来る人は少ないらしいが、聞けばすぐわかる有名なトランペットのフレーズがある。運動会などで定番の、聞けば始まりと興奮を必ずもたらしてくれるあの音だ。その触りだけを吹く。
「……」
「あ、あれ……ありきたり過ぎだったかな……?」
「いや、待ってよ。やっちゃいました?みたいな事言わないで? え、すごい。マイナスくんってどこ中?」
「あ、えっと……」
本当の学校を言ってしまっていいのか悩む……が、たぶん大丈夫だろうと……
「おいおい、今のまさかマイナス? ヤバくね? 運動会始まった? ってすっげえなったんだけど」
「あ、鷹田……!?」
ちーっすといつもの調子の鷹田。
こんな所で会えるなんてすごいビックリだ!
「マイナスくん本当にすごくない? ねえ、吹奏楽部に貸してよ!」
「いいけど高いぜー? てか掛け持ちする余裕がマイナスにあるかどうかだけどよー」
「え、え!?」
「いやね、それがね――」
聞けば、吹奏楽部に体育祭での演奏を頼まれているのだが、人数が足りなくて困っているらしい。それで手当たり次第にスカウトをしていて、昨日のベースの演奏の事を鷹田から聞いて俺に声をかけてみようと思っていたそうだ。そして、そこにちょうど俺がやってきたわけだ。
「鷹田は助っ人確定だから」
「いやいや幼馴染だからってそりゃないっしょー」
「へー、じゃあ滞ってるギターのローン、今すぐ払ってもらおっかなー」
「払えなきゃ地下にでも送られるんだっけ。こっわー」
「まぁそれは冗談だけどさ。でもマイナスくんもお願い! ベース欲しいんだよね? 融通するからさ!」
「あ、うん、ベース欲しくて……」
言うなら、実は家にベースはある。ただ、パパのコレクションのひとつだから自分のを買いたい。そして予算もちゃんとある。
「じゃあ近藤会長の話に乗っとけば? マイナス」
「今日は見に来ただけでしょ? どれにする?」
「実は金持ちのボンボンでしたー、とかだったらウケるけどな」
「あはは、それは無いでしょー。でも、お金持ってたら先輩からカツアゲされちゃいそうで心配……気を付けてね?」
カツアゲ……そういえば、うちの高校は偏差値が低いのもあって柄の悪い人もそれなりにいる。だから、やっぱりそういうのは秘密にした方がいいんだろうな……
「う、うん……ローンの話、聞かせてもらおうかな?」
「おっけー! じゃあ、とりあえず欲しいベース選んで選んで」
楽器を選ぶ時、まずはどこが作った物かを見るのがまずは早い。良い所が作る物は当然良い。そして値が張る、けどもその価値がある。さらに中古なら保存状態や部品の具合、そういったものを念入りに確認していく。
また、エレキベースやエレキギターはアンプに繋げる時の事も考えないといけないから、やっぱりなんだかんだちゃんと始めるなら新品で良い物を買いたい所だ。逆に、初めて触るなら知り合いの押し入れに無いかを探すのがオススメだと思うけども……
「あれ、これは値段ついてないの?」
かなり古いモデルのエレキベースを見つける。でも、記憶に依ればこれはかなり良い物だったと思う。
「あー、それはね、お父さんの思い出の品らしいんだ。でも古いし買い手はいないし、処分しようとするとお父さん怒るんだよね」
「へー、思い出の……じゃあ、これはやめておいた方がいいのかな」
「ちょっと待ってね。おとーさーん!!!」
そういって近藤さんは奥に入り父親を呼びにいく。
「声出さないでブザー押してくれって言ってんだろ……会計か?」
「ううん、友達にローン組ませたいんだけどもさ、商品について」
「商売上手なこって……おう、鷹田に……」
近藤さんのパパは俺をジッと見る。
「あ、どうも、マイナ……って言います」
「……ヤブイヌとリカオン?」
「あ、はい、その通りっス。その、このベースが気になってて……」
「ほーん……」
そして近藤さんのパパは俺とベースを交互に見る。
「いいぜ。ユミ、適当に頼んだ」
「はーい、任せてね」
「ヒュー、やっぱり気まぐれだよねーカッコイイー」
「近藤さんのパパはやっぱりバンドマンだったのかな……?」
「ん、なんか色々やんちゃはしてたってお母さん言ってたよ。詳しくは知らないんだけどもね」
「俺の憧れの人よー、マイナスもあんな感じ目指していいんだぜ」
「そうだね、雰囲気ある人だなぁ……」
「じゃあ話進めようっかー」
「マイナス、俺欲しいものがあるんだけどもそれもついでにさー」
「鷹田は無視していいよ」
「あはは……」
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