7・休日に友達と遊ぶって架空の話じゃないらしい

「俺のおかげっつーことで奢りよろしくー」

「うん、本当にありがとう! 鷹田」


 近藤さんの店を出た後、鷹田に連れられてハンバーガー屋にやってきた。こういう店は初めてで、友達と来るのが憧れだったから内心、すごくワクワクしている。昼時をちょっと過ぎた時間、たくさんの人が賑やかに過ごしている。


「念のために聞くんだけどよ、マイナスはこういう所も初めてだったりすんの?」

「え、あー……うん」

「マジで高校デビュー失敗してむしろよかったと思うぜー。いやだって取り繕うの無理っしょ。こういう所もスマートにできないとかあり得ねえからよー」


 呆れている鷹田。初対面だけがんばれば何とかなるかも……そういう話じゃなかったんだなぁって痛感する。


「仕方ねえ、ほら、手本見せてやるから」


 鷹田は慣れた手つきで店のパネルを操作して注文していく。


「飲み物は何にする?」

「えーと……紅茶で」

「こういう時、そんな洒落たもん頼むなっての。カフェイン取りたいならコーヒー。次からは覚えとけな」

「そうなんだ……」

「やっぱり育ち良過ぎじゃね?」


 鷹田の一挙一動を見て真似できるようにしないとなって思う。


「ところでさ、マイナスはSNSとかやってねえの? スマホは持ってるよな?」

「あ、うん、持ってる。でもSNSはやってないかな」

「なんでだよ。そういう所から既にヘンだっての」

「いやね、ママにやらないで欲しいなって言われてて……」

「言いつけって事?」

「いや……言いつけとかじゃなくて、そうお願いされただけ……」

「はぁ……? お願いされたから律儀に守ってるわけ? 親の言う事を?」

「たぶん、怒ったりしないけども……好きだから、そうしてる……」

「……母さんがリカオンなんだっけ?」

「うん、リカオン」

「なんか、めっちゃ綺麗な人なんだろうなって思えてきたわ……」

「あはは……雰囲気はすごいあるね」


 ママはリカオンでオペラ歌手。どこにいても何をしてても画になって、その声はどこまで透っていて。母親なのにどこかミステリアスな所も感じる。ただ、どんな時も俺とカナを優しく見ててくれてる……そんな気がしてる。


「まぁマイナスの母さんについては置いといて……学校での時間取れないんだろ? マイナスは」

「うん……習い事があってね」

「夜とかは空いてないの?」

「空いてる時は空いてる……かな?」


 なんだかんだそういう時は練習をしたり、気ままに弾いたりしている。


「じゃあさ、リモートでセッションとかどうよ?」

「リモート……?」

「そこからぁ???」


 鷹田が本当に呆れた顔をしているのが見える。


「通話とかでセッションすればいいじゃんって事」

「そういう手があるの!?」

「俺も実際やった事はまだ無いけどよ、環境整えりゃそういうのもやれんのよ」

「どうやったらできる?」

「ちょっとスマホ貸せ」


 頷いて鷹田にスマホを渡す。


「思った通りだけど、アプリ全然入れてねえのな……ゲームとかもやらねえの?」

「あー……うん、よくわかんなくって……」

「じゃあこの後ゲーセン行くか。今日は俺が色々教えてやるよ。授業料はもらうけどなー」

「わぁ……!」

「マイナス、マジでどんなヤバい中学生活だったんだよ……陰キャ過ぎるって……」

「え、えぇ……!?」


 小さい頃から音楽に夢中で他の事は全然目に入っていなかった自覚はある。ゲームを触った事はあるけども、なんだかよくわからなくてやらなくなってしまった。


「連絡先は……親と家と……カナ? と波多野さん?」

「カナは妹、波多野さんはクラス委員の……」

「ふーん……聞いたの? それとも聞かれた?」

「あ、えと、聞いた」

「へぇ……がんばったじゃん」


 鷹田が少しニヤけて俺を見る。


「電話番号の交換とか今さら誰もやんねーのだけが惜しいけど」

「そうなの!?」

「普通はSNSで済ますんだよ。まぁがんばるのが口だけじゃねえんだなって分かったからよ。ちゃんと付き合ってやるよ」


 鷹田に褒められた……! すごく嬉しい!


「あ、ありがとう……!」

「ほら、俺の電話番号これな……って尻尾振りすぎ!!」

「えへへ」



 ――



「はー、マジでクレーンゲームばっかり」

「アレだよね。取れたら貰えるっていうゲームで……」

「彼女できたら欲しいって言われたヤツを取ってやるんだぞ」

「できるかなぁ……」


 なんだか可愛らしい人形が入ってるのをマジマジと見る。流行りなのかな?


「ダメ元で1回やってみ? どこがダメか教えてやるから」

「うん、やってみる!」


 クレジットを払って挑戦。


「重心とか、掴みやすい所がどこかとか、そういうのを見ながら慎重にクレーンを動かして……って待てよ! いきなりボタン押すなって!」

「えー?」


 ボタンを押すとクレーンが動いていき、それを夢中になって眺めていたら端っこまで行ってしまった。


「あざと女子かよ……」

「あざと……? あ、でもこれだと取れなさそう……」

「ムリムリムリ、諦め。次は鷹田先生のをよく見てろよ」


 そういって鷹田は適当にふたつめのボタンを押して、クレーンを戻す。


「とりあえず5クレジットで」

「オッケー!」

「いいか? こういうのは少しずつ切り崩していくんだよ。一度で取るのはマジでムズい」

「ふんふん……」

「どこか良い感じの場所を見つけて、そこをよーく狙って……」


 鷹田はボタンを押してクレーンを操る。クレーンは的確に人形の手まで向かい、そして人形を掘り出す。


「すごい……! もう次で取れそう!?」

「"すごい"じゃなくて"スゲー"な?」

「スゲー!」

「そういう素直な所マイナスの長所過ぎ。んで見てろよ見てろよ……」


 クレーンはまっすぐにまた人形まで伸びていき……人形をガッチリ捕まえた!


「おお! おお! スゴイ! スゲー!」

「へっへー! 今日の俺、調子良すぎ!」


 取り出し口から人形を取り出し、それを俺に渡す。


「もう1個取れそうだな……取れたらそれ俺もらうかんな」

「がんばれー!!」

「おうよ」


 鷹田はそのまま見事にもうひとつ取ってしまった!


「スゲー!! スゲー!! スゴイ!!」

「俺ってば良いところ見せすぎちゃったわー。残りはマイナス、やってみ?」

「うん!」

「あと、"うん"じゃなくて、"おう"な?」

「お、おう!」


 そういう訳でクレーンゲームに挑戦……するもクレーンを思ったところに動かすのは難し過ぎて、残りは全部ムダにしてしまった……


「まぁ……練習してがんばれ」

「お、おう……」



 ――



 それから次に連れられたのは色んな曲が色んな所から流れているフロアだった。


「うわぁ、スゴい! スゲー!」

「マイナスが彼女だったらその反応、高得点なんだけどなー」

「えー??」

「ほれ、まずは人がやってるの見てみ」


 そう言われてゲームを遊んでる人を見る。曲に合わせて何かしらのボタンを押している。色々な難易度があるらしく、ブワーッと出てくるのを見ると混乱しそうだ。でも……とても聞いていても見ていても楽しくなってくる。


「なんか……いいね! 音ゲーム?」

「おう、音ゲーだな。見ての通りよ。マイナスならこっちはハマれるんじゃね?」

「やってみる!」


 ウキウキとしてゲームに近づく。やり方は……


「とりあえずクレジット入れて、俺が操作してやるから」

「うん! おう!」

「マイナスならどれかな……適当にこれでいいか。できるかなぁー?」


 そういって鷹田が選んだのは……


 ――ジャック・オッフェンバックの『地獄のオルフェ』

『天国と地獄』といえ名前が馴染みぶかく、表示されているのもその名前だった。


「リズムよく押せばオッケー、何とかやってみ」

「お、おう! うん!」


 どんな曲かは頭にバッチリ入ってる。煌めきながら始まりを告げるあの音、それからスルリと入ってくるメロディーたち、それらはだんだんと融合しながら盛り上がり、雰囲気は最高潮に盛り上がる。


 ゲームから示されたタイミングがどんなもので、どんなふうにすれば良いのかが頭に浮かぶ。どこをどうやって触るか、それも予告を見れば簡単に組み立てられた。

 そして、触ってみて思ったのは、演奏してる感覚とは違うけども、遊ぶ人の楽しさや気持ちよさが追求されていて、こういうのもあるんだ! という新鮮な気持ちだった。


「お、面白いね……!!!」

「えー……やっぱ音楽面についてはマイナスには若干引くわ」

「な、なんで!?」

「これ、ゲームの中じゃ結構難しい曲だからさ……」

「そうなんだ……」

「まぁ知ってる曲だからっつうのもあるだろ」

「えへへ、知ってる!」

「じやあ次は俺が練習中のオススメにしよっと」


 鷹田のオススメの曲、どんなだろう……!


「これはマイナス、絶対に知らない奴だわ。ズンズン低音気持ちいいし、メロディーも好きだし、なんかエモくてさー」


 選択画面で流れてるのはサビだと思う。そこから聞こえてくるのは世界中から集まった楽器たちが奏でる、新しい世界だった。


「あ、スゴイ……良い」

「さすがに難易度は低めにしとくわ。あと"スゲー"な」

「おう! スゲー!」


 そして始まる。

 この人が作った世界、それは全ての垣根を越えて表現されていて、現実だったら到底ムリなセッションとも思える。それだけでなくて、こうやって遊ぶという体験を提供してくれていて体も心も興奮して止まない。


「やっぱこの難易度だと簡単過ぎたかー」

「もう1回! もう1回やりたい!」

「良いけどもまだまだオススメあるぜ? 後、廃音ゲーマー真っしぐらだから、落ち着け」

「お、おう……」


 その後、鷹田に色々な曲を教えてもらった。そして聞いた話だとこれらはパソコンで作れる曲、総じて『デスクトップミュージック(DTM)』と呼ばれるものが多くて、中には人口音声で歌を付けたものもある。ジャンルも多岐に渡っていて無いものが無いと言えるくらいに溢れていた。本来ならセッションする事が難しい古今東西の楽器が出会い、ひとつの曲を織りなすのは本当にすごいって思った。感動する。


「良い世の中になったんだなぁー……」

「マイナス、音楽に関してだけ人生2週目なんだろな」

「本当に本当に好き! ネットにはもっといっぱいあるんだ!?」

「溢れ過ぎてて全部追うの無理になっちまったけどな。時間泥棒だからそこだけは気をつけろよ」

「お、おう……!」

「一応だけど時間は大丈夫か? 家、遠いんだろ」

「あー、そろそろ帰った方が確かにいいかも……長くいる予定じゃなかったから」

「じゃ、今日勉強した事活かしてな」

「ありがとうー!」



 付属高校に行ってたら知れなかった新しい世界、を知れた気がする。

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