第21話「日当たりの悪い部屋を探す客」

 ある日、奇妙な依頼が舞い込んできた。

「日当たりが悪い部屋を探してほしい」というものだ。

 普通、日当たりの良い部屋を希望する顧客が多い中で、これはかなり異色な依頼だった。

 予約の時間になり、待ち合わせ場所に現れたのは、黒いコートをまとった中年男性だった。彼の目は細く、まるで何かをじっと観察しているような雰囲気を漂わせていた。少し薄汚れた手には、古い本のようなものを持っていた。最初の印象は、ただならぬ空気を感じさせるものであった。


「日当たりの悪い部屋、ですか?」


 俺は慇懃に尋ねた。すると、彼は小さく頷きながら、


「そうです。特に、日が当たらない場所が理想です」と答える。


 その言葉には、何か背筋が寒くなるような響きがあった。


「どうして、そのようなご希望を?」


 俺は仕事柄、少し気になったが、すぐに察した。深入りするのは禁物だ。彼の表情から、何か重たい事情を抱えていることが感じ取れたからだ。


「理由はありません。ただ、あまり日が差さない場所にいることが、自分には合っているんです」


 彼は冷静に返した。その言葉の裏には、彼の心の奥底に隠された何かが潜んでいる気がした。

 内見を始めると、彼はどの物件も、日当たりを確認することなく、何か別の基準で選んでいるようにも見えた。


「この部屋、どうですか?」

「悪くないですが、もう少し薄暗い方がいいですね」


 それから何軒か物件を見たが、彼は「もっと、もっと暗い部屋が必要です」と繰り返す。俺はますます不気味さを感じつつも、仕事を遂行するために冷静さを保った。


「この部屋はどうでしょうか。日当たりは悪いですが、静かな環境です」


 すると彼はしばらく黙り込み、何かを考える様子だった。やがて、彼はゆっくりと口を開いた。


「完璧です。この部屋で、私は安心できます。」


 その言葉には、ただ安心するためだけの理由ではない何かが感じられた。俺は深く考えずに契約を進めることにした。彼が求める日当たりの悪さが、彼にとって特別な意味を持っていることは明らかだったが、深入りすることは避けた。

 契約が終わると、彼は俺に向かって微笑んだが、その笑顔には恐怖を感じさせる何かがあった。まるで、自分の世界に戻る準備が整ったかのような表情だった。

 その後、彼の姿が目の前から消えると、俺はどっと疲れを感じた。なんとも言えない不気味さが、心の奥底に残った。彼が求めていたのは、ただの部屋ではなく、暗闇に包まれた静けさだったのかもしれない。



 内見の後、社長に報告することにした。


「今日は、日当たりが悪い部屋を希望するお客様がいらっしゃいました。特に暗い部屋を求めていたようです」

「ふうん。私も真っ暗な部屋じゃないと寝れないからね。起きてる間も暗い部屋がいい人もいるのだろうね」


 その夜、ほのかな間接照明の中、布団に潜り込んだ。俺は寝る時に真っ暗だと少し落ち着かない。人に理解してもらえたことがないのだが、真っ暗だとどこを見ているのかわからなくなるからだ。

 今俺は瞼を閉じて、夢の世界に入り込もうとしているのか、それとも目を見開いてじっと暗闇を見つめているのか。夢と現実の境界が曖昧になるようで落ち着けない。

 灯りがある限り、俺は現実にいるのだと実感できる。瞼を閉じてふと思い出したのは彼の笑顔だった。どこか不気味に思えたその表情が、今も頭から離れない。

 彼は夢と現実が曖昧なほうが安心できるのかもしれない。

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