第20話「腹ペコ原っぱ」

 ある日、俺は「腹ペコ原っぱ」と呼ばれる空き地に調査に行くことになった。ふざけた名前のその土地に立つと突然空腹感に襲われて動けなくなるらしい。正直、そんな噂を聞くたびに、眉をひそめていたが、仕事だから仕方ない。

 現地に着くと、草が生い茂った空き地が目の前に広がっていた。周囲は静まり返り、不気味な雰囲気が漂っている。足を踏み入れた瞬間、急に腹が鳴った。最初はただの空腹かと思ったが、すぐに冷や汗が背中を流れるのを感じた。


「これが噂の……」


 俺は心の中で焦り始めた。まるで地面が引き寄せているような感覚に襲われ、動こうとすると体が重く感じた。腹の虫が鳴り止まず、気持ちが悪くなってきた。

 そういえば、昔、母から聞いた「ヒダリガミ」の伝承を思い出した。ヒダリガミに狙われた者は、空腹感に襲われ一歩も動けなくなり、最悪の場合、餓死してしまうという。


 その時、思い出したのが、一ノ関が出張先で買ってきたというジンギスカンキャラメルだ。


「あれを舐めれば、ヒダリガミに取り憑かれずに済むかもしれない」


 角材の様に重く感覚の鈍っていく手をポケットに突っ込む。

 一口舐めてみると、まずさが口の中に広がった。ジンギスカン……? いや、これは肉の味ではなくタレの味だ。独特なジンギスカンのタレの風味がまずは鼻をつき、次に甘いミルク味がねっとりべたべたと舌にまとわりつく。そして脂っぽい。

 まさに、「これは食べ物か?」と思うほどのまずさだった。しかし、今はそれどころではない。無理やりもう一口、そしてさらに一口と舐め続けた。

 すると、少しずつ空腹感が和らいでいくのを感じた。冷や汗も引き、心に余裕が戻ってきた。周囲を見回すと、なんの変哲もない原っぱに見えてきた。


「これで助かった」


 心の中でつぶやきながら、ジンギスカンキャラメルを舐め続ける。しばらくすると、空腹感は消え、身体も動くようになった。俺はそのまま一歩ずつ後退し、無事に土地からは離れられたが、いつまでも甘ったるくしょっぱい味が口から離れなかった。


 その後、社長にこの話をした時、彼は一瞬呆然としてから笑った。


「ジンギスカンキャラメルで助かるとは。一ノ関の土産もたまには役に立つじゃないか」


 もう二度と腹ペコ原っぱには近づきたくない。あのまずいキャラメルも、二度と口にしたくない。

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