第14話「水鏡の家」
今日はまた新しい依頼が舞い込んできた。
「鏡がおかしくなった家」といういかにもな案件だ。
依頼者は、鏡におかしな現象が続いていると訴えてきた。手垢や水垢の汚れをおかしなものに見間違えているだろうと、ガラスクリーナーを持って軽い気持ちで物件に向かうことにする。
家に到着すると、依頼者の男性が出迎えてくれた。彼は不安そうな表情を浮かべ、
「最近、変な音も聞こえるんです」と言う。
リビングの壁には、そこそこ大きな鏡がかかっている。確かに、鏡の表面は曇ってぼんやりとしているが、特に何も感じない。俺は鏡の前に立ち、手をかざしてみたが、やはり何も起こらない。依頼者が気にしすぎているだけだろうと内心思った。
「鏡を拭いてもよろしいでしょうか?」
俺はガラスクリーナーと布巾で擦ってみたが、拭いても拭いても曇りが取れない。
これはおかしい。鏡をもう一度よく観察した。すると、その曇りが薄っすら同心円状に規則正しく帯を描いている。
依頼者は怖がって鏡を見ようとしないので、俺はしばらく鏡とにらめっこしてみたが、それ以上の変化はなく、家の中を見回ることにする。他に怪しいところはない。
しかし、鏡のある部屋に戻った瞬間、あの曇りがさらに濃くなった気がした。不安が胸をよぎる。俺は自分に言い聞かせた。
「ただの気のせいだ、何も起こらない」
依頼者に「一度、鏡の前で何を感じるか教えてほしい」と提案した。
彼は嫌々鏡の前に立ち目を閉じると、鏡面が波打ち揺れている。それは鏡ではなく、まるで垂直の深い池だ。水平であるはずの水が立ち上がっているのだ。
「やっぱりおかしいですね」
俺は言い、鏡をじっと見つめた。恐怖から目も開けられない依頼者も怯えた様子のまま、
「ここに住む前は、こんなことはなかったんです」
男性は震える声で、縋るように言った。
ふと
ぽちゃん
水が垂れる音が聞こえ、鏡面に波紋が広かった。
「聞こえましたか?」と俺が依頼者に尋ねると、
「田中さんにも聞こえるんですね?」と彼はますます震え上がってしまった。
ぽちゃん
ぽちゃん
水鏡を打つ水滴の音が響き、依頼者は「ひぃ」と小さく呻いて耳を押さえた。俺はというと、曇った鏡に次々と生まれる波紋につい魅入ってしまったが、依頼者のために解決策を見つけなければならなかった。
「この鏡は処分した方がいいかもしれません」
依頼者はそれに同意し、業者に連絡することになった。俺の方でも過去の地図をひっくり返して調査したが、あの家の土地が池や川であった事実はなく、銀メッキ鏡が水鏡に変わる現象を解明することなく終わってしまうのは、なんとも言えない気持ちだった。
結局、鏡は無事に取り外され、処分された。しかし、その後、依頼者から連絡はなく、どうなったのか気になるところだ。
「鏡の件、処分しました。特に問題はなかったようです」
「その鏡、魚が映ったらいいインテリアになるな」と社長は金魚に餌をやりながら答えた。
しばらくの間、俺は髭を剃る度に、うちの鏡にも波紋が映りやしないかと、
まじまじと見つめるようになってしまった。
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