第13話「貝殻が隠された家」

「実家を相続したが、空き家になっているその家の家具を含めて売却したい」との査定の依頼が入った。家はかなり古びたもので、物があふれ返っているという。特に、天袋に何か珍しいものが入っているかもしれないとのことだった。


 現場に着くと、いかにも古い日本家屋といった風情で、草が生い茂る庭には年季の入った木々が立ち並んでいる。玄関を開けると、埃が積もった廊下が広がっていた。家主に案内され、リビングの押し入れへ向かう。

「ここにある天袋に、変わったものがあるかもしれないんです」と家主が言う。

 押し入れの上段を開けると、案の定、天袋にはいくつかの物が詰め込まれている。手を伸ばして引っ張り出すと、埃まみれの貝殻が見えた。数は多くはないが、色とりどりの貝殻がバラバラに置かれている。

「これ、貝殻ですね」と俺が言うと、家主は小さく頷いた。

「父が海が好きで、集めていたみたいなんです。でも、ずっと前に亡くなって……」

 貝殻は、どうやら家主の父親が生前に集めていたもので、今はただのゴミ同然になってしまったらしい。

 貝殻の持つ意味を考える。一般的に、貝殻は海の象徴であり、無邪気な思い出や夏の楽しい記憶を呼び起こすものだ。しかし、ここにある貝殻は、父の亡き後、ただの物として放置されている。貝殻たちは、もう彼を思い出すこともない。そう思うと、何かやりきれない気持ちが胸を締め付ける。

「これ、どうされますか? 」

 家主は少し考えた後に「処分してもらえると助かります」と答える。

 俺は貝殻をゴミ袋に入れることにした。集められた貝殻は、どれも海の思い出を詰め込んでいるはずなのに、いまやただのゴミとなり果てている。なんだか切ない。

 一つ一つの貝殻を見つめながら、心の中で思いを馳せる。

 俺の父親は、仕事人間だった。俺と弟には家族と海で遊んだ記憶なない。

 父親がどの海で拾ったのか、どんな気持ちで集めていたのか、その思い出が今の家主にとってどう映るのか。

 父親との思い出の少ない俺なりに考えてみる。きっと貝殻は、父の温もりや愛情を運んでくれるものだったに違いない。

 全ての貝殻をゴミ袋に入れ終わると、家主は少し涙を浮かべていた。俺はその姿を見て、無言で頷いた。物の背後には常に思い出や感情が宿っていることを、忘れたくはないと思った。

「この家も、少しずつ整理していかないといけませんね」

 家主は少し微笑んで言葉を紡いだ。こうして貝殻はゴミとして処分される運命を辿るが、その思い出は永遠に輝き続けるのだろう。


 相続した家の調度品を含めてすべての売却査定を終えると社長に報告することにした。

「天袋から貝殻を回収しました。父親の思い出が詰まっているようです」

 社長はしばらく考えた後に言った。

「そうか。それは大切なものだったんだろうな。だけど、処分してしまって大丈夫か? 殻なんて硬いものに守られてるものだよ? 悪いことが起こらなければいいけどね」と、含みのある言い方をする。

 まるで貝殻が美しい思い出以外のものも隠しているかのように思えてきた。結局、俺は家に帰りながら、その言葉が頭から離れず、俺はやや遠回りして帰ることにした。

 海沿いを走りながら、暗い夜の海に目をやった。波が寄せては返す様子を見ていると、貝殻が波間に漂う様子が頭に浮かぶ。夜の海は不気味に静まり返り、まるで過去の記憶を隠しているかのようだ。

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