ぼくらの形
ページをめくる。流れのままに文字を追って、物語を頭の中に流し込む。
またページをめくる。
昔から本を読むのは好きだった。勉強はできる方じゃなかったけど、学校ではずっと図書室で本を読んでいた。外で遊ぶのも好きだったが、友達にサッカーとかバスケとか誘われない限りは昼休みずっと図書室にこもっていた。小学校低学年の頃一番好きだったのはかいけつゾロリシリーズで、高学年に上がるとハリーポッターを全巻読破した。おれの雰囲気に本は似合わないと同級生から笑われたこともあった。
だけど、家に帰ってもずっと一人だったおれにとって、本は一番の友達だった。自分の今のクソみたいな現実を忘れさせてくれるもの、それが本だった。
書店でバイトをすることを決めたのも、一番は本に携わりたかったからだ。
だけど、いつからかお金を稼ぐことに必死になりすぎて、本を読めなくなってしまっていた。
あれだけ好きだったものなのに、ちょっと人生が厳しくなるだけでそんな大好きなものからも心が離れてしまうんだと思った。
『色違いのぼくら』はそんな昔感じていた読書体験を思い起こさせるような作品だった。
図書委員である主人公は、他人に興味がなく、本が一番の友達だった。
ある日、主人公のクラスに転校生がやってくる。その転校生と主人公は近くの席になる。必然的に会話は増え、二人は仲良くなる。
ある日主人公は自分の心の変化に気づく。その転校生を自分が意識していることに。
でも主人公は男で、その転校生も男だった。
男が好きになった自分を否定する自分と、それでも男が好きな自分の葛藤が描かれていた。
これは自分のことだと思った。
自分は「ふつう」だと思っていて、そう思いたくて、だけど自分の中にある欲には抗えなくて、だけど世間的にも、自分の価値観にとってもそれは苦しくて、自分が気持ち悪くて、自分が嫌で。
中学の頃、おれの中にある「それ」に気づいたときのことを思い出した。
きっとこの作者もおれと同じようなことを思っていたのだろう。
これは叫びだ。
この作者にとって、この作品は世界に対する抵抗であり、絶叫だ。
「大丈夫?」
本を読みながら泣いているおれを見て、ベッドでスマホをいじっていた翔也が不安そうに聞いてきた。
「大丈夫。思った以上に良かっただけ」
「そっか」
そういうと翔也はおれの目元を指で拭った。
「泣きっ面もかわいいね」
「馬鹿にするなよ」
「してないよ」
そう言って翔也はけらけらと笑った。
今のおれの姿はガキのおれには想像もできないだろうなと思う。
そんな昔のおれにおれは言ってやりたい。
今、おれはすごく幸せだと。
「なあ、翔也」
「なに?」
「おれはお前のこと愛してるって言っていいのかな」
「どうしたの急に」
「おれは心から男が好きなわけじゃない。だけどお前といて安心する自分もいる」
「うん」
「セックスは好きだし、でも別に男じゃなくても抱けはすると思う」
「うん」
「いつも飯作ってくれて、こういう何気ない会話してくれることに安らぎを覚えるのはお前が好きだからだと思う」
「うん」
「それでいいと思うか?お前がおれのことを愛想尽かして飯作ってくれなくなっても、おれのことを好きじゃなくなってもおれはお前のことを愛せるかな」
そういうと、翔也はふっと笑った。
「その時はその時で良いんじゃない?俺は今のところ練と一緒にいるのが何よりも幸せで、飯作るのも俺が練にやってやりたいからやってることでしかない」
それにね、と続ける。
「練が家に上げてくれたこと、すっごく嬉しかった。見ず知らずの男を家に上げるなんてそうそうできることじゃない。嬉しかったんだ。行く宛もなかったし」
「それは、放っておけなかったから」
「それでも、だよ。きみは優しいんだ。だから好き。あのときも、今も。俺は練がこの家に上げてくれたことを愛だと思ってる。練が自分がなんなのかよくわかってなかったとしても、あのときの練から感じたのは愛だったよ」
そんな大仰なことを言われ、少し恥ずかしく思う。
「愛、でいいのかな」
「いいんだよ。少なくとも俺たちにとっては」
翔也は笑って言った。
それにつられて、俺も笑った。
そうだ、きっとこれは愛でいいのだ。誰になんと言われようと、おれら二人の形は愛なんだ。
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