五月 山城要の場合②

レジスタンス

「ふう」

原稿用紙50枚分の仕事を終えて、一息つく。

「結婚」という自分にとって遠い存在のものに対して最初はどう描くべきかと悩んだが、加賀先輩との会話もあり、案外何とかなった。自分に備わった才能は他人に比べれば大したことのないものだが、最低限作家として生きていけるくらいの力があることを確認して勝手に安心してしまう。まだ僕は何とかなる。そう自分に言い聞かせながら出来上がった原稿を脱稿する。

作品が出来上がったことを川上に連絡し、データを送る。

これでとりあえず僕の仕事は一旦終わりだ。後は編集部の方でやってくれる。

疲れたな。

現在時刻は昼の二時だが、作業を開始した朝の十時からたったの四時間しか経っていない。

作家というのは集中力を使う仕事だから仕方のないことだとは思うが、それでも自分の体力の無さに苦笑してしまう。

朝から晩まで働いて、休みの日はジムにも行っている惣吾の存在を思い出す。

惣吾を見ていると、生物としての格が違うんだろうなと度々思う。

学生時代はその大きな体格を生かしてバレーボール部に所属していた惣吾と、部員数一桁台の文芸部に所属していた僕では、生きている世界が違うのではないかと昔は思っていた。でも実際に今僕たちは同じところで寝食を共にしているし、ここに確かに存在している。

いつも思う。

「同性婚」。絶対数の少ないセクシャルマイノリティ達への救済とも言えるその制度に反対する人たちは僕たちのような存在を架空のものとして取り扱っている気がする。

虹色の旗印を振っている人間たちだけがマイノリティではない。僕や惣吾のように、SNSをあまりやっておらず、周りの人間に自分たちの存在をオープンにしているわけでは人間も、確かにいる。

僕たちはただそこに存在しているだけだ。そんな人間は、きっとセクシャルマイノリティ以外にもいるだろう。体に障害があったり、思想や信仰が大多数の人間とは違う人間たちが、この社会では轢き潰され続けている。

今回僕が寄稿した短編「抵抗者たち」は、そんな人びとの営みを描きたかった。

僕に異性愛者の生活や気持ちは分からない。だけど、誰かと一緒にいて安らぎを得たいと感じている人間の気持ちはわかる。だから今回の物語は無性愛者の男性と女性の契約結婚の話にした。これなら、自分が今感じていることとさほど乖離していないし、リアリティのある話にできると思った。

結婚している、していないで無遠慮に人を眼差してくる社会に対するレジスタンスたちの物語。

これが誌上で評価されるかどうかはまた別の話であるものの、僕の社会への叫びを誰かが拾ってくれることを信じて書いた。

誰か一人にでも届けばそれでいい。そう思った。

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