それでも

仕事を終えて家で一息ついていると、玄関から音がした。

たぶん、惣吾が帰ってきた音だ。今日はいつもより早いな。

出迎えようと思い、玄関へ向かう。

「おかえり___」

「だから、帰らねえって」

見ると、スマホを片手に不機嫌そうにしている惣吾が玄関にいた。

「切るから。もうかけてくんなよ」

そう言いながら惣吾は雑に耳からスマホを離した。

「お母さん?」

「ああ。帰って来いって嫌な催促」

不機嫌な様子で靴を脱いでいる惣吾を見ながら僕は言った。

「惣吾が帰りたいって一ミリでも思ってるなら僕は全然」

「帰んねえよ。またお前のこととやかく言われたくない」

半ば怒ったように惣吾は言った。

「帰らないのは僕のせい?」

「違う」

「じゃあどうして。親御さんが帰ってきてほしいって思ってるなら帰った方がいいんじゃない?」

僕がそういうと、惣吾はあのな、と少し苛立った様子で言った。

「あの人たちは血が繋がってるだけのただの他人。それに俺が一番好きな人間のことを悪く言ってくる奴らの気持ちなんてどうでもいい」

それに、と惣吾は続ける。

「あの人たちよりお前の方が俺は何十倍も大事だし、俺はお前のこと家族だと思ってるから。俺の帰る場所はここ以外にない、絶対」

惣吾は僕の目をまっすぐと見てそう言った。


「息子の人生にこれ以上関わらないでくれ」

むかし一度、惣吾の両親と会ったときに面と向かってそう言われたことがある。

その時は惣吾が声を荒げていた。

「もう二度と合わせない」「俺の幸せをあんたらが決めるな」

そんなことを言っていたのを思い出す。

僕はその時になんて思ったんだろう。よく思い出せない。自分の最愛の人の親に自分の存在を否定されて、ショックとか悲しいとか思ってたのかな。実の両親に怒りを露にする惣吾の横顔だけを覚えている。

僕が女だったらどうだったのだろう。惣吾との交際を応援されないにしても、関わるなとまでは言われなかったのではないだろうか。

惣吾と結婚して、子供を授かって、二人で育てて、そんなことが出来たのではないだろうか。

自分の性別が男なばっかりに。とまでは言わないものの、これが男同士ではなく、普通の男女のカップルであれば今ある苦しみはなかったのではないかと思う。

僕が、僕ごときが惣吾の輝かしい人生の足を引っ張ってるわけにはいかないのに。そう思うと、具合が悪くなってきた。薬が切れてきたのか。自分の心の弱さに呆れる。

「要、大丈夫か?」

死にたくなっている僕の様子を見て惣吾が顔を覗き込んできた。

「ごめん、まだご飯も作ってないのに」

「そんなこと気にしなくていいよ。とりあえず休もう。薬は?」

「今朝飲んだ」

「じゃあ、軽く何か口に入れて今日は早めに寝よう」

「うん」

優しいなぁ、惣吾は。

惣吾に抱きかかえられながら寝室へ向かっていると、思わず泣いてしまいそうだった。

僕は惣吾を愛しているし、惣吾は僕を愛している。

僕は、僕たちは、男同士で誰にも祝福はされないけれど、それでも一緒に生きて生きたいと思う。

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