コールアンドレスポンス

一つの仕事が終わってすぐにはなるものの、担当編集の川上に次の仕事の話について電話した直後、再び電話がなった。

「あ、やっと繋がった。久しぶり、元気?」

その電話は夕子からだった。夕子は学生時代に同じサークルに所属していた。今は都内の書店で働いている。

「ぼちぼちだよ」

「その言い草。相変わらずだね」

ふふ、と夕子は笑う。

「で、わざわざ電話ってことはなんか用があるんでしょ?なに?」

「そうそう。あんたのデビュー作を同じ職場の子におすすめしたらさ、偉く気に入ってくれたっぽくて。私の後輩だって言ったら会ってみたいんだと。今度あんたの作品が載った雑誌の発売日辺りにお店来てやってよ。ついでにポップ書いて」

「店に行くのは良いけどポップって何書くんだよ」

「サインとかでいいじゃない、山城要の売名チャンスよ、こんなことしてくれる本屋他にないって」

「それは......そうだけどさ」

「ファンも待ってるんだし。それにあんたどうせ仕事ばっかで全然外出てないんでしょ?」

痛いとこをつく。夕子の学生時代から変わらない押しの強さに半ば呆れてしまうが、やり取りがどこか懐かしかった。

「とにかく、いつでもいいから時間作って来てやって。私も近況知りたいし」

「分かったよ」

絶対だからね、と念を押されて通話が終わった。夕子は昔から変わらない自由な女だ。そんな夕子に救われた部分も多々ある。今も変わらず、彼女は僕にとって良い友人だった。


僕の書いた短編小説が掲載された文芸誌が発売された日、僕は夕子の勤める書店に出向いていた。

店の入り口で待っていると、奥から夕子が出てきた。

「や!元気?」

「ぼちぼちだってば」

「辛気臭いわね。もっとテンション上げなさいよ」

夕子はバンバンと僕の背中を叩いた。

「痛っ、てか仕事大丈夫なの?」

「うん、今日はそんなに忙しくないしね。店長とは話付けてあるし平気」

「そっか」

僕と夕子がそんな風に話をしていると、奥からもう一人、書店のエプロンを付けた男性が出てきた。

24,5歳だろうか。髪の毛を金髪に染めて、言ってしまえば少しチャラそうな風貌をしたその子は僕を見て言った。

「山城先生ですか?」

「ああ、はい。山城要です」

「すげえ、実在してたんですね。おれ友永練って言います。米村さんと同じ職場で.......ってそれは見ればわかるか。テンパっちゃってダメだな。えーと、デビュー作読みました。すげー良かったです」

練はあわあわした様子でそう言った。

「ありがとう」

「なんか、久々に読書したんですけど、読んでよかったって思える本でした」

練のその言葉は作家としてはかなりうれしい言葉だった。

僕たちのそんなやり取りを見て夕子が嬉しそうに笑った。

「いやーまさかまさかね。山城作品にハマってもらえて私もうれしいよ」

「夕子、言い方恥ずかしいって」

「だってさぁ、私、要の作品大好きだもん。なんかさ、こう思ってるのは自分だけじゃないんだ、って思える。そんな作品」

面と向かってそんなことを恥ずかしげもなく言う夕子に半分呆れつつ、半分嬉しさを感じながらいると、夕子があ、と呟いた。

「私ちょっとやり残した仕事あるんだった。すぐ片付けてくるからちょっと待ってて」

夕子はそう言うと慌ただしく店の奥に消えていった。相変わらずせわしない。

内心苦笑していると、練が口を開いた。

「おれ、山城先生に聞きたいことがあって」

「何?何でも聞いて良いよ」

練が僕の目をまっすぐ見て言った。

「家族の形って何だと思いますか?」

夕子にも聞かれたことがないことだった。まさかそんなことを聞かれるとは思っていなかった。そのとき、僕の目の前にいる男は、おそらく僕と同じような場所にいる人間なんだろうと思った。憶測でしかないことだが、漠然とそう思った。

「僕も、ずっと考え続けてる」

僕がそういうと、練は少し安心したような表情をした。

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