ラベリング

本屋で働いていると、まれに自然と目が引かれるタイトルの本を見つけることがある。

バックヤードから持ってきた、表紙に「セクシャリティってなんだろう?」と書かれた本を「ジェンダー論」の棚に陳列する。

周囲の棚には「LGBT」とか「アセクシャル」とかそういう言葉が並んでいた。

おれはセクシャリティとかそういうことにあまり詳しくはない。バイとかゲイとかそういうざっくりとした区分くらいしかわからない。

おれは売り専でバイということになっている。オーナーに最初女の子との交際経験を聞かれて、高校の頃の話をしたらバイということになった。男もいけるからノンケではない。なら消去法でバイ、ということらしい。

そんな適当で大丈夫なのだろうかと思ったがタチ専ボーイのセクシャリティなんてノンケでないならどちらでも客引きは変わらないらしい。

まあでも実際、自分自身をゲイだと思ったことはなかった。女の子と手をつないでも普通にドキドキするし、筋肉とか男らしさみたいなものに執着があるわけでもなかった。

意識していないだけで、みんなそんなもんなんじゃないのかとおれは思う。

どこかの誰かが「人間は誰しも潜在的バイセクシャルなのだ」と言っていたのを思い出す。自分のセクシャリティに確固たる自信がない限り、男も女も、同性だろうが異性だろうが好きになる素質はある、根拠は不明だがそんなことを言っていた。

おれはあながちそれが間違いではないと思う。結局みんな相手が綺麗であれば同性でもそんな感情を抱くだろうし、そうでなければ異性であってもそんな感情は抱かないだろう。無論、これは同性愛者の場合でも同じことが言える。

おれはどれだけ綺麗でも女にはそんなに強く感情は動かない。

少し前に、在籍している店の同期がK-popが好きで、隣で力説されたことがある。グループも事務所もデビューの仕方もそれぞれ違うそうだが、スマホで見せられた綺麗な顔をした人形のような女達の顔はおれの目にはどれも同じに見えた。

じゃあゲイか?と聞かれるとそれにも首を傾げてしまう。

男は抱けるし、街中で好みの男を見つけることもある。ケツを掘られるのはごめん被りたいが、フェラくらいは全然できる。

おれっていったい何なんだ?

そんなことを考えていると、後ろに誰かの気配がした。

「よおっす。元気か?」

「お疲れ様です。米村さん」

先輩店員である米村夕子さんがそこにいた。

米村さんはこの店で一番長い書店員だ。その上知識量も多く、陳列棚に置くポップなんかは彼女がほとんど一人で作っている。

「いま忙しい?」

「いえ、もうすぐ終わります」

「タイミングばっちし。それ落ち着いたらレジ入ってくんない?」

米村さんはそう言いながら本棚を一瞥した。

「ジェンダーねぇ」

含みのある言い方だなと思った。

「なんか気になる本でもありました?」

「いや、ちょっとね。ほら、私こんなんでしょ。昔髪短かった時にジェンダーの人?って言われたことあるんだよね」

「うわあ」

「でしょ?うわあでしょ?失礼な話だよね。私にもさ、トランスの人にも」

でもさ、と続ける。

「こういうのって知識だからさ。教養っていうのかな。調べようと思わないと知らないよね」

「米村さんは詳しいんですか?その、LGBT、とかって」

自分で言って自分で言い淀んでしまう。どうにもこの言葉には居心地の悪さを感じる。

米村さんはおれのそんな様子を気にも留めず言った。

「昔からの友達にゲイの子がいて。その子にいろいろ教えてもらったりとかかな。でも表面的なことだけだよ。詳しいことは私も知らない」

だけど、と米村さんは続ける。

「そういう小さいきっかけがあった人の為にここの棚はあるんだなって今思った」

米村さんはそう言いながら目を細めた。直後、あ、と呟いた。

「こんなことしてる場合じゃない。終わったらレジ来てね。じゃ!」

米村さんは慌ただしくそう言い残し、そそくさとレジへと去っていった。

そんな米村さんの後ろ姿を見ながら「ジェンダー論」の棚に目を移す。

ここに置いてある本は一口にジェンダー論と言っても多種多様だ。セクシャルマイノリティについての本も置いてあるが、女性の権利についての本も取り扱っている。この棚に集まる本は、当然だがそのような「ジェンダー」にまつわる本だ。

ここに置いてある本達が取り扱っている内容は多様なのに、ここに置かれるだけでこいつらは「ジェンダー」の本になってしまうのか。大きくバイだと括られるおれみたいだな、おまえら。

自分で自分の発想に苦笑しつつ、おれは混み始めたレジへ向かった。

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それでも君と、生きていく。 朝雨さめ @same_yukikaze

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