四月 友永練の場合
普通の生活
家族の形ってなんだ?
新宿アルタ前の巨大ビジョンで保守第一党の政治家が同性婚の法制化に関して発言しているのが流れるのを見て、そう思った。
今から出勤だと言うのに不快な思いをさせないでほしい。
名前も知らない官僚にイラついていると、スマホが鳴った。
店からだ。
「はい。シンジです」
自分の本名ではないその名前を口にするたびに、自分の居場所を否が応でも認識してしまう。
「あ、シンジ?今どこ」
「新宿駅前です。もうちょっとで店着きますよ」
「じゃあちょうどよかったわ。横浜店で指名入ったからそのまま横浜向かって。領収書切るの忘れないでね」
「了解です」
チッ。通話を切った後、思わず舌打ちしてしまう。
今日は事前予約なしだったから店で適当に時間を潰そうと思っていたのに。ツイてない。
まあでも、稼げるのは悪いことじゃない。金はあればある分だけいい。
にしても横浜か。遠いな。
おれの在籍している売り専は、業界最大手の売り専だ。関東圏に10店舗、仙台、札幌、名古屋、大阪、神戸、広島、博多にそれぞれ店舗がある。たまにオーナーから声がかかると、そういう全国にある店舗に出張.......要は出稼ぎに行くこともある。
在籍して四年。今の生活を始めてもうそんなになる。そんな長いこと在籍しているとたまにポルノビデオに出ないか打診されることがあるが、一応本業ということにしている書店の仕事に影響が出るのは嫌だったので、声がかかるたびに断っている。
おれは昼は書店員、夜は売り専の二足の草鞋で今を何とか生きている。
「ただいま」
「おかえり」
家に帰ると、玄関の前に恋人である鈴谷翔也が居た。
「今日遅かったね。お疲れ様」
「うん、今日横浜で指名でさ。めっちゃ疲れたわ。早く飯食いてえ」
「ご飯できてるよ」
おれよりも背の低い翔也がおれをリビングまで先導するのを見ると、犬みたいだと思う。
今日の晩飯は生姜焼きだった。それをビールとともに腹の中に流し込む。美味い。その様子をにやにやしながら翔也が見ていた。
「なんだよ」
「いや、練っていっつも俺の飯おいしそうに食べるよね」
「そうか?」
「うん、作ってる側としてはこれ以上に嬉しいことはないかな」
そんなことを言う翔也を見ているとムラムラしてきた。仕事でヤッてきた後だというのに自分の性欲に呆れてしまう。
「なあ。今日、やろう」
翔也の耳元でそう囁くと、翔也の顔が少し火照ったような気がした。
「準備してくる」
そう言い残して風呂場に消えていく翔也の後ろ姿を見送る。
翔也は良い彼氏だと思う。翔也は両親の反対を押し切って東京に出てきた。最初にハッテン場で会った時も「寝る場所がないから」という理由でハッテン場を利用していたらしい。
出会いはそんな場所だったが、連絡先を交換して、逢瀬を重ねるごとにおれは翔也のことを手放したくないと思うようになった。翔也もそれは同じだったようで、しばらくしておれ達は恋人になった。
元々おれは売り専で働いていたから、それを言うと引かれると思ったのだが、翔也はそんなこと気にも留めなかった。それが一番うれしかった。
いつまでもハッテン場や満喫で夜を過ごすのはあまりにも不憫だと思ったから、おれの家に住ませることにした。男二人では手狭だが、おれはこの生活が気に入っていた。
翔也は昼間、駅前のコーヒーショップでアルバイトとして働いている。故にそこまで収入が多いわけではない。その上、そこまで身体が強いわけでもないらしく、度々体調を崩す。
一緒に暮らして翔也のそんな様子を見ていると、俺がこいつを守らないといけないなと思う。だから俺は売り専に在籍している、と言ったら多分翔也は気に病むだろう。だけど、おれはこの生活を維持できるなら何でもよかった。
これがおれにとっての普通の生活だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます