変わらないこと
「久しぶり」
「お久しぶりです。加賀先輩」
都内某所のカフェにて、大学時代、同じサークルに所属していた加賀隆太先輩とお茶をすることになった。
「にしてもほんと久々だね。夕子の結婚式以来?」
「もうそんなに経ちますか」
「経つね。もうこの年になるとさ、時が経つのがあっという間で。こんなんじゃすぐおじいちゃんになっちゃうね」
先輩はけらけらと楽しそうに笑った。
「今日はお時間取っていただきありがとうございます」
「いいよいいよ。気にしないで。可愛い後輩の為だし」
取材だったよね、と先輩は続ける。
「はい。今度文芸誌に寄せる短編のテーマが結婚なんです。僕らは神前式も挙げてないし、僕はそもそも世間一般の人がイメージする結婚観について疎いなと思って。そういうのが聞けたらと思いまして」
「はいはい。結婚ねぇ、結婚」
先輩は手元の紅茶を啜りながら言った。
「まあ、俺もさ。結婚とかあんまわかんない方の人間だけど。俺は祐樹さんと出会ってからずっと一緒になりたいと思ってて。付き合っていく中で、一緒に過ごす誕生日も、一緒に過ごすクリスマスもすごくすごく楽しくて。やっぱり気持ち的にも籍を入れて、名実ともに永遠になりたいなって思っちゃうわけ。もちろん結婚したからってずっと一緒に居られるわけじゃないかもしれないけどさ。離婚.......あんまり考えたくはないけど可能性としてゼロなわけじゃない。ただそれでも一緒にいてもいいですよ、っていう証明は欲しい」
「僕も同じ気持ちです」
僕がそういうと、先輩はふっと笑った。
「一度だけ、養子縁組しようかって話になったこともあるんだ。だけど知ってた?養子縁組って誕生日が早い方が親として処理されるの。俺らの場合は祐樹さんが親で俺が子供になっちゃう。書類上は。でも、俺らって別に親子じゃない。愛し合ってる恋人同士。それなのに同性ってだけで一緒になりたくば親子になれって変でしょ。おかしいでしょ」
先輩の声に熱がこもる。それに気づいてか、加賀先輩はトーンダウンした。
「ごめんね、こんなこと要に言っても仕方ないのにね」
「大丈夫です。気持ちはすごくわかります」
僕がそういうと、先輩はありがと、と笑った。
「一度だけ、親に祐樹さんとの話をしたことがあって。でも、俺の親は俺のことを好きじゃないからさ。そのときに『でもいつかはほかの女と結婚するんだろ?』とか言ってきてさ。怒りとかじゃないんだよね。もう全身の力が抜けちゃって。それから一度も連絡とってない」
はあ、とため息をつきながら先輩は続ける。
「誰かと一緒になるって言ったらさ。普通はみんなから祝福されるもんじゃない?だけど親ですらそんなことにはならない」
「僕はお二人のこと祝福しますよ」
「うれしいこと言ってくれるじゃん」
先輩はそう言って笑う。
「だから形だけでも結婚式みたいなことをしたくて。神前式を挙げたんだ。招待客なんていなかったけど、小さな式場を借りて。二人で愛を誓った。俺ら二人にとっても大事なことだから。嬉しかったなぁ。死ぬ前の走馬灯、絶対あの時の記憶が流れるよ」
先輩が表情をほころばせた。きっと本当にいい思い出なのだろう。
「一緒に暮らしてると喧嘩したりすることもあるけど、たった一人のパートナー同士だからさ。愛おしいんだよ。心のどこかでどうしても憎めない。きっとそれは俺らだけじゃなくて世界中の結婚してる人たちがそれを思ってると思う。俺らは男同士だし興味もないから子育てはしないけど、そこに子供でもいれば、毎日が騒がしくも楽しいものになるんじゃないかなって。これは勝手な想像だけどね」
「こんなもんでよかった?」
「はい。ありがとうございます。良いお話が聞けて良かったです」
「ならよかった。掲載されたら教えてね。絶対読むから」
「はい、是非」
そう言って、先輩と別れた。
先輩との会話の中で気づいたことがある。
結局、世の中の普通のカップルがしている結婚と、僕らのやっている生活はそこまで違うものではないということだ。
朝起きて、一緒にご飯を食べて、仕事に行って、帰ってからも一緒にご飯を食べて、寝る。
そんな当たり前の生活を皆が当たり前のようにしている。僕たちと彼らの間にある違いは婚姻しているかどうかだけだ。
そう考えると、少しの悲しみと、怒りが湧いてきた。
何故同性を好きになったというだと言うだけでこんな気持ちにならないといけないのだろうか。
この怒りを大事にして、仕事にぶつけよう。そう思った。
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