首吊り日和

「──ヒヨリ、オレはずっと、お前が嫌いだったよ」

「なっ、なんでそんなこと言うのっ!? て、照れ隠しだよねっ! ひ、ヒヨリは知ってるよ。わっくんは恥ずかしがりやさんだから……っ!」

「照れ隠しなんかじゃない。オレは、お前が嫌いだ。じゃあな」

「ま、待ってわっくんっ! 待ってよぉっ! な、直すからっ! 嫌なことがあるなら直すからぁっ! ヒヨリ、わっくんがいないと……っ!」

「……」

「あっ、待って、行かないでわっくんっ! ヒヨリ、わっくんがいないとっ! あ、やだ、やだよぉっ! やだあああああぁぁぁっ!!」



「──わああぁあああああぁぁぁぁああっ!!」


 気づけば、ヒヨリは叫んでいました。

 お父さんとお母さんが殺された日の夢を見て。

 ……わっくんに拒絶される夢を見て。


「だいっ、大丈夫、大丈夫だもん。わっく、わっくんは……っ! はっ、はっ、はっ! ヒヨリとっ、ヒヨリと一緒にっ! い、居たいんだもん! ひっ、ひっ! じゃなきゃヒヨリはっ! ヒヨリはもうっ!」


 ブンブンと首を振って否定します。

 今はわっくんとまた会えて幸せだから。幸せすぎて、その反動でこんな夢を見ちゃうんだ。

 本物のわっくんはヒヨリとまた会えて喜んでいて、一緒にダンジョンを探検しているのも楽しんでいるんだ!


「大丈夫、大丈夫……すぅ、はぁー」


 息を整えて時計を見ると、時刻はまだ4時。いつものように、6時にはまだ遠い時間です。


「……まだ寝ていないと」


 お母さんは6時に起きるように言ってたから。約束は守らなきゃ。

 約束、約束約束……


「…………ふわぁ」


 二度寝をすると身体が重くて。

 だけど、もうこれがいつも通りで、慣れてきていて。

 平常ってどんなだっけ?


「……線香、あげなきゃ」


 お父さん、お母さんへ。村はいつも通り平和です。おじちゃんやおばちゃん達が笑顔で挨拶してきて、特に困った事件も起きなくて……執務の量は相変わらず多いなって思うけど。

 それと、昨日もわっくんとゲームをやって……ダンジョンの中層を攻略しました。おっきいクモの敵で、すっごかったんだよっ! お父さんはクモが少し苦手だから、近づけなかったかもしれないね。あははっ!

 ……今日の目標はいつも通り執務をこなすことと、ダンジョンを突破することです。

 なんとなんと! ダンジョンを突破すれば、わっくんが村に戻ってきてくれますっ!

 照れ隠しなのかわっくんは微妙な反応だったけれど、きっと本心では喜んでくれているはずですっ!

 わっくんの家はちゃんと保持してるし、引越しの費用ももちろんヒヨリが払うから……気軽に戻ってこれるよねっ!


「……よし、それじゃあ、今日も頑張るね!」


 まずはご飯を食べて……それから、村の見回りと書類の処理! よぉし、村長の仕事、頑張るぞっ!



「──ふぅ、これで今日の分は終わったかな」


 大量の書類の山を眺めていると、達成感があります。

 ……それにしても、ハンコを押して郵送だなんて時代遅れだなぁ。メールで送信すればいいのに。封筒代も郵送代もバカにならないよね?

 ……ま、いっか! 今からはゲームの時間だし、どうでもいいことを気にするのは勿体無いっ!



「──わっくん、今日は20分くらい遅かったね?」

「……ごめん。このゲームのことでクラスメイトからアドバイスを求められてた」


 昨日とおんなじように背後から話しかけてみます……正面から話しかけてもよかったかな?

 ……って、アドバイス?

 どうやらわっくんを頼るクラスメイトが何人もいるようです。高校生活が上手くいっていることは良いことだと思うけれど、そこにヒヨリがいないことにモヤモヤします。


「アドバイス……えへへ、やっぱりわっくんは優しいなぁ。できればヒヨリにだけ向けてほしいけど」

「そういう訳にもいかないだろ……」

「そうだよね。お義父さんにお義母さんもいるもんね……さっ、行こっか!」


 わっくんの優しさがヒヨリにだけ向いてくれたら、どんなに幸せでしょうか……いや、でもみんなに優しいのがわっくんらしさでもあるし。


 まあ、いいや。

 差し出した手をわっくんは握ってくれた……それだけで今はすっごく幸せだから。



「──『ハートブレイク』ッ!」

「17000! 50秒!」

「──『グラヴィティ・ダウン』ッ!」

「14000! 40秒!」

「──『ヘヴィバースト』ッ!」

「12000! 35秒!」

「──『ハートブレイク』ッ!』

「9500! 30秒!」


 攻撃の手は緩めずに、けれど忘れずにダメージと秒数をわっくんに報告します。

 ……この戦闘、わっくんと連携しているのを感じられて、すっごく楽しいなぁ。

 やっぱり、ヒヨリたち、息ピッタリだ!


「ッ! わっくんッ!!」

「ッ!?」


 なんて考えてると、わっくんがヘビに飲み込まれてしまいました。

 ど、どど、どうしようっ! 外から攻撃して大丈夫なのかなっ!?


「……ッ! うおおおおッ!」


 わっくんのHPゲージが急激に減少し続けて……よく見れば『毒状態』にもなっています!


「負けてたまるかよッ! 『ハートブレイク』ッ!!」

「!? わっくん! 残り3000で20秒! いけるよッ!! 攻撃を続けてッ!」


 わっくんがヘビの体内で『ハートブレイク』を放つと、さっきまでとは比べものにならないくらいのダメージが出ました!

 もしかすると、体内から攻撃をしたらダメージに倍率が入るのかな……!?


「『トリニティ・バーストッ!』」


 体内で回復薬を飲んだのか、HPが回復した後、わっくんの声が響きます。

 ちゃんとダメージを与えきってるっ! 凄いよわっくんっ!


「……やった! やったよわっくんっ! 0になってる!」

「……おわっ!!」


 ダメージを与えきったからか、わっくんが吐き出されました……濡れてるわっくんもカッコいいなぁ。


「わっくんわっくんっ! あと一撃で終わるよッ! さ、決めちゃってッ!!」

「えっ、オレが?」


 解毒薬と回復薬を飲んでいるわっくんに最後の一撃を譲ります。

 これが終わればわっくんは村に帰ってくる。

 あんなに息ピッタリで戦えて、ヘビの体内に飲み込まれる絶望的な状況でも諦めないで勝利を掴み取ったんだ! わっくんもきっと、村に帰ることを望んでいるはずっ!


「うん、さっきのわっくん、カッコよかったもんっ! このままやっちゃえー!」

「よし……! …………」


 けれど、わっくんは動かなくて。

 その顔を見ると、やっぱり何かを悩んでいるようでした。


「……そう。じゃあ、ヒヨリが決めるね」


 だから、ヒヨリが決めてあげるね。


 『Dungeon Clear!』の文字が画面におっきく表示されて勝利のファンファーレが鳴ります。

 でも、そんなことよりも……


「信じたくないけど、わかったよ。わっくんは、村に帰りたくないんだね。本当は村に帰りたくなかったんだね」

「い、や……その」


 ヒヨリは、縋るような気持ちでわっくんに歩み寄ります。

 あーあ、さっきの戦闘、すっごく楽しかったのにな。


「なんでかなぁ? なんでわっくんは村に帰りたくないのかなぁ? 嫌いな人がいるの? それなら言ってよ。消してあげるから」

「それは、その……」

「ねえ、わっくん……何が嫌だったの?」

「あ、あ……」


 怒りと絶望感で頭がいっぱいになって。

 ヒヨリはわっくんの顎を掴んで、鼻と鼻を密着させます。

 わっくん……わっくんわっくん。隠し事は無しだよ?


「わっく──」

「お前だよッ!!!」


 ビクリと身体が震えました。

 それは聞いたことないくらいに荒い声だったから。


「……ヒヨリ?」

「そうだよッ! お前がずーっと付き纏ってきて、他のクラスメイトとも話せなくて、将来がガッチリ固定されたような感覚が嫌だったんだよッ! 怖かったんだよッ!!」

「わ、わっくん……」

「だいたいなんだよ! なんで日和みたいなすげぇやつがオレのこと……ぁ。ああっ」

「……そっか」

「ああああああああああぁぁぁッ!!!」


 『Dungeon Clear!』の文字が歪み、視界にノイズが走ります。

 もう怒りの気持ちはなくなって、ただただ絶望した気持ちで……

 ヒヨリは、装備を解除しました。

 次の瞬間、わっくんの剣がヒヨリを斬りつけます。


「……ごめんね、わっくん」

「……え。なんっ、なんで」


 肉が千切れる音。骨が砕ける音。

 ……人が死ぬ音。


 あの日のことを思い出して、怖くて、辛くて、しんどくて。

 けれど、どうしてもわっくんには謝っておきたくて。突っかかる言葉を無理やり押し出します。

 ……こんなのがわっくんと交わす最期の言葉になるなんて。


「…………」


 真っ赤になった画面をしばらくボーッと見つめた後、ログアウトボタンを押します。


「あ、ああぁぁぁぁっ! あっ、ぅあ……! あああああああああああああぁぁぁぁああぁっ!!」


 画面が暗くなって。ゴーグルを外すと、堪えていたものが全部外に溢れ出てきました。

 辛くて、しんどくて、怖くて、痛くて……!


「ひっ、あっ、ひよっ、ヒヨリが、んっ、ヒヨリが……わっくんが此処に戻って来ない理由、だったっ!」

「ヒヨリがずっと……ひっ、そ、そばに、そばにいたから、わっくんは窮屈でっ、嫌だったって……!」

「わっくんはずっと、ひっ、言ってくれてたのに、改善する機会を、与えてっ! くれてたのに……! 照れ隠しだなんて思い込んでっ!」

「ヒヨリがっ、ヒヨリがわっくんを不幸にしてたっ! わっくんには幸せになってほしいのに、ヒヨリがっ! ヒヨリがぁっ!!」

「──げほっ、ごほっ、んっ!!」


 溢れ出る言葉が咳で止まります。

 けれど目からは涙が止まらないし、鼻や口からも体液が絶えず流れ出ます。


「けほっ、こほっ……」

「……わかったよ。わっくん」

「ヒヨリがいなかったらわっくんは幸せなんだね」


 言葉が止まって、少し冷静になって。ヒヨリはほんの少し微笑みました。

 ……こんな状況でも、わっくんを幸せにする手段がヒヨリには残されていたから。


「ヒヨリが傍にいてもわっくんを苦しめるだけなら……こんなヒヨリ、消してあげるね」

「……あはは」


 そう、ヒヨリが死ねば、わっくんの幸せを脅かす存在は無くなります。

 もう二度と関わらない、なんて選択肢はありません。ヒヨリが生きている限り、そんなことはできないから。


「……縄、用意しなくちゃ」



「──おはよう」


 縄を用意して、眠りについて。

 今日は珍しく6時まで眠ることができました。

 ……約束だから。昨日の報告をしてからお母さんたちのところへ行こう。


「……最期の線香になっちゃったな」


 お母さん、お父さんへ。

 昨日も村はいつも通り平和でした。

 けど、ゲームでとても悲しいことがありました。

 わっくんが村に帰りたがらなかったのはヒヨリがいたからだってことを知りました。

 わっくんが好き過ぎてヒヨリがやっていたことが、わっくんを苦しめていたということを知りました。

 わっくんの幸せが何よりも大事だから。わっくんを不幸にするヒヨリは存在しちゃいけないと思います。

 ……それに、それに。ヒヨリももう、疲れました。

 お父さんもお母さんも死んじゃって、わっくんからも拒絶されて。

 これ以上生きたくありません。

 ……今日の目標は、死ぬことです。

 痛いんだろうなぁ、苦しいんだろうなぁ、怖いんだろうなぁって思うけど、お父さんにお母さんもそうだっただろうから。

 ヒヨリも頑張って乗り越えて。そっちに行くね。


「……よし」


 縄はもうセットしています。

 あとは首をこの輪っかに通して、脚立を蹴って……蹴って。

 それだけで終わるんだ。ヒヨリの人生。

 ……そんなもん、だよね。


 窓の外を見ると、空は雲ひとつない青空で。

 天に昇るにはちょうど良い日だなと思いました。


「……」


 脚立を登っていきます。

 ……お嫁さん、なりたかったなぁ。楽しい家庭、作りたかったな。

 絶対にそうなるって、思っていたのに。


「……はぁーー、ふぅーーーーっ」


 輪っかが目の前にやってきました。

 これに、これに、頭を通して……!


「……はぁっ、はっ、ふぅ、はっ!」


 ……荒くなる息を抑えることもできないまま、輪っかに頭を通して。


「はー、はっ。ふっ、うぅ、うううううぅぅぅーーーーっ!!」


 思いっきり、脚立を蹴りました。


「ぐっ、げぇ……っ! ん゛っ、がっ! ぁ……っ!」


 縄が首にめり込んで。自分のものとは思えないくらい野太い声が出て、痛い。痛い痛い痛い苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい!


「……あ゛っ、ぐっ、ぉ、え……っ!」


 苦しい。くるしい、くるしいぐるじいぐる゛じい゛!!

 選んだのはヒヨリなのに、思わず手が輪っかに。けれど、どうしようもできなくて。


「げ、ぇぇ……! ……っ!」


 もう声も出なくなって、視界も眩んできて。

 でも、痛みと苦しみはずっと、ずーっと纏わりついてきて。


「……。…………」


 痛い、痛い、痛い痛い、痛い痛い痛い痛いっ!

 苦しい苦しい苦しい苦しい苦しいっ!!


 でも、これで、ヒヨリはもうこの世からいなくなるよ。

 ……さよなら、わっくん。お幸せに。

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