この村には幸せがあるから。作るから戻ってきて〜

「──ひー、本当に大丈夫?」

「ん? なにがー? 行ってきまーすっ!」


 わっくんが村を出て行ってから一週間が経ちました。お母さんは心配しているけれど、大丈夫です!

 お義母さんの病気はきっと治って、そうすればわっくんは帰ってきてくれるから!

 そうだ! お義母さんに応援のメッセージを入れておこうっ!



「──ひー! お父さん、村長に選ばれたわよ! 半分以上の人がお父さんに投票したって! 二番手は米屋の……」

「そっか、よかったねっ! おやすみなさーいっ!」


 わっくんが村を出て行ってから一ヶ月が経ちました。

 村長がいなくなったら次の村長はその配偶者、配偶者がいないならその子ども……子どもがいないならみんなの投票で決める。

 村の決まりですし、お父さんが村長になったのはすっごくめでたいことです。

 けど、お義父さんが、わっくん達がこの村からいなくなったことを実感させられているみたいで……嫌だなぁ。



「──ひー、卒業おめでとうっ!」

「おめでとう、日和」

「……ありがとう、お母さん、お父さん」


 わっくんが村を出て行ってから一年とちょっとが経ちました。

 ヒヨリは中学校を卒業しました。

 本当ならわっくんが隣にいたはずなのに。

 そう考えると、大好きな両親に祝われているのに悲しい気持ちで胸が張り裂けそうでした。


「……そうだ、ひー。さっき米屋さんところの息子さんが泣きながら走ってたけど、何か知ってる?」

「んーん! 知らないっ! 感極まってそうなっちゃったんじゃないの?」

「いやぁ、流石に中学の卒業式くらいでそこまでは……」

「こらっ、祝いの言葉を贈った村長様が『くらいで』とか言わないのっ!」

「あ……ははっ、そうだね。村長として相応しくなかったよ」

「ふふ、しっかりしてよー! お父さーん!」


 お父さんを叱るお母さんを見ながら微笑みます。

 ……ごめん、本当は知っているよ。

 その人の告白を断ったから。

 わっくんがいなくなって、話す機会が増えたけど、やっぱりヒヨリは何があってもわっくんが好きで。また会えた日には恋人になれると思ってるから、わっくん以外には興味ないんだ。


 でも、そんなことを話しちゃうと、わっくんとヒヨリのことを応援してくれてるお母さんはともかく、お父さんは何か言ってきそうだから話しません。

 新しい出会いがある。お父さんはよくそう言うけれど、ヒヨリはそんなものに価値は感じられないよ。

 初めてヒヨリのことをお嫁さんにしたいって、好きだって言ってくれたのはわっくんで。色んな初めてをしてきた唯一無二の存在だから。今更誰かが入れる隙間はヒヨリには無いし、あってほしくもない。


 ……わっくん、ヒヨリは待ってるよ。

 早く戻ってきてほしいな。



「──ひー、準備はできた?」

「もっちろんっ!」

「ははっ、じゃあ行こうかっ!」


 わっくんが村を出て行ってから二年が経ちました。

 ヒヨリはもう高校生! 近くの市の高校に通うJKなのです!

 ……わっくんも、男子高校生になってるんだよね。見たいな、高校の制服姿。


「いつも通り安全運転でよろしくねっ、お父さんっ!」

「まっかせなさい!」


 八百屋のおじさんの山でたけのこを掘る準備が終わって、車に乗りました。

 お父さんの安全運転は凄いです! 一度も事故を起こしたことがありませんっ!

 今は村長として村の中しか運転してないけれど、長距離運転も安心なのです!


「……って、あれ? 道が塞がってるわ!」

「昨日の嵐で木が倒れてしまったのかもね。仕方ないけど遠回りしようか」

「うんっ、そうだね!」


 十字路を真っ直ぐ進んで道なりに進むとおじさんの山に着くのですが、道の真ん中に大きな木が倒れていました。

 十字路を引き返して左に曲がります。


「あの木、撤去してもらわないとな……」

「それじゃあ私が電話しておくわね」


 お母さんがスマホを取り出してどこかに電話をかけています。

 お父さんが村長になってから、両親が電話をかけることが多くなりました。

 色々と指示を出すことがあって大変だなぁ……



「──それではよろしくお願いしま……きゃっ!」

「ッ!」

「わっ!」


 お母さんが電話を切ろうとしたそのとき。

 お父さんが急にハンドルを切りました。

 甲高いブレーキ音、揺れる車内。

 何かが車にぶつかる硬い音がして。

 誰かが車に打ち付けられる鈍い音がしたと思えば、何かが千切れる音とともにヒヨリも何かにぶつかりました。


「──お、お父さん?」

「……」


 ヒヨリがぶつかったのはお父さんでした。

 肩を揺さぶっても、返事はありません。

 そっと胸に耳を置いても、心臓の音は聞こえません。


「……ひっ」


 お父さんの肩を揺さぶった手を見ると、左手……ヒヨリからは見えない方の肩を揺さぶった手が真っ赤に染まっていました。


「ぁ、ぁあっ!」


 反対側を見る勇気もないままジッとしていると、ヒヨリから見えている方……ヒヨリがぶつかった方の肌が赤黒く変色していき、それがみるみるうちに広がっていきました。


「……ひー」

「……っ! おか、お母さんっ! おと、おと、おとととっ、お父さんがっ!」


 後部座席から聞こえる声。

 縋るように其方を見ると、お母さんも頭から血を流しながらグッタリと倒れていて。


「お母さんっ!? ぁ、や、やだっ! やだやだやだやだっ! ど、どうしようっ! どうしようどうしようどうしようっ!」

「……ひー、お母さんの話、聞いてくれる?」

「……えっ!? う、うんっ! あっ、いやっ! 喋らない方がっ!」

「……あのね、ひー。無事に帰れたら、家の地下室にあるカメラを確認してちょうだい」

「地下室の……カメラ?」

「そう……地下室に入る暗証番号は、私、ひー、お父さんの順に誕生日を繋げた12桁の数字よ」

「……うん」


 そんなものがあるなんて知らなかった。けれど、こんな状況で問い詰めている場合じゃありません。


「あとは……そうね、早寝早起きは今まで通り守ること。10時には寝て、6時には起きるの。そして、朝は仏壇を綺麗にして、お線香をあげてくれると嬉しいわ」

「ね、ねえ、待って。待ってよぉ……!」


 まるで、遺言のような言葉に声が震えます。

 やだ。いやだ。やだ。やだやだやだやだやだ!!!


「昨日あったことの報告と、今日頑張ることの発表……お母さん、お父さんと一緒に天国で楽しみにしているからね」

「おっ、おか、お母さんは死なないからっ! そんなこと言わないでよっ! ねえ、待ってっ! お母さん……! ねえ、ねえ……っ!」


 ズキズキと、身体の痛みが今更やってきます。もうずっと、心が痛いのに。痛くて。痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて。


「助け……呼ばなきゃっ!」


 ようやくそのことに思い当たったヒヨリは車のドアを開けて、歩きます。


「……が生き残ってるぞ!」

「…………っ!」


 どこからか数人走ってくるような音と怒号が聞こえて。

 怖くなってヒヨリも無我夢中で走りました。

 痛いけど。痛くて痛くて痛くて痛いけど!



「──じゃあ、酷い目に遭わせておいてね」


 わっくんが村から出て行って二年と一ヶ月。

 ヒヨリは村長になりました。


 あの日、ヒヨリを助けてくれたのは八百屋のおじさんでした。

 物音を聞いて、軽トラックで駆けつけてくれたのです。

 八百屋のおじさんや村の人たちに護られてヒヨリは無事に家に帰ることができました。

 そして、家の地下室でカメラを確認すると、大木を切り倒す人の姿、大岩を道路に落とす人々の姿が見えました。

 その人達の殆どに見覚えがなかったけれど、数人は知っている人達……米屋の一家でした。

 息子がヒヨリにフられたから、選挙のときに二番手でヒヨリ達が死ねば次は村長になれると思ったから。

 理由はいくらでも思いつくけれど、別に興味はありませんでした。

 それを知ったところでお母さん達が生き返るわけでもないし。


「……ふぅ」


 今、逃げていた最後の一人の処理が終わりました。


「……寂しいな」


 復讐はスカッとするというけれど、楽しいのは精々三人くらいまで。それ以降はただの作業になってしまいました。

 それに、スカッとするけれど、別に幸せにはなりません。


 ……わっくん。会いたいよ。ヒヨリにはもう、わっくんしかいないよ。



「──え」


 わっくんが村から出て行って二年と半月。

 いつものように線香をあげ終えた後、スマホを見ると、MIMEのメッセージが。


 ……なんと、お義母さんの病気が寛解したそうです!


「これでわっくんが帰ってこれるっ! わっくんが! わっくんが帰ってきてくれるっ! あはっ、うふふふっ! あははっ!!」


 わっくんがいれば、ヒヨリはとっても幸せっ! きっと楽しく生きていけるっ!

 ……でも。


「……よしっ!」


 さっき今日の目標をお母さんたちに報告したばかりですが、もう一度仏壇の前に正座して手を合わせます。


 ヒヨリね、わっくんが戻ってきて『幸せーー!!』って思える村を作るよ。

 ヒヨリも幸せになりたいけど、誰よりもわっくんが幸せじゃないと嫌だから。


「……見ててね、お母さん、お父さん」


 わっくんやわっくんの家族の悪口を言うヤツらは許さない、殺そうとするなんてもってのほか

 住みやすい村を作って……ヒヨリと一緒に幸せになろうねっ!


「あはっ! あはははっ! あははははははっ!」

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