彼女を殺したその後で

 ──ギルドハウスの扉を開けるとクロスさんとギルドメンバーが3人いた。

 ……セイントさんにラチェルさんはいないようだ。


「……」

「おや、マトヤじゃないか。おかえり……ダンジョン攻略中じゃなかったのかな?」

「……突破した」

「そんなはずはないよ。いくらキミとはいえ早すぎるし……何より、そんな顔して言うことじゃない」

「突破したんだッ! だからオレは村に連れ戻されると思って、オレは、オレはッ! 怖くなってオレはッ! アイツをッ! 泣きそうな顔をしたアイツをッ!! 斬り殺したんだッ!!!」

「…………落ち着いて、とは言わないよ。場所を移そう。ここで話すのはみんなにとって良くないからね」


 クロスさんの言葉で我にかえり周囲を見回す。

 そっぽを向いて聞かなかったことにしてくれている者、心配そうな表情でこちらを見つめている者、意にも介さず鏡に映る自分をウットリと見つめる者…………気まずい。


「……悪かった。頼む」

「ああ、頼まれた」

「みんなも、ごめんな」

 

 謝罪の言葉を述べた後、クロスさんの部屋へ向かうアイコンをタッチする。



「──蛇を倒して、それからすぐ。キミは幼馴染を斬り殺したんだね」

「……ああ」

「そして彼女はログアウトして……ダンジョンクリア表記は出たままだけど報酬も何もなかったと」

「……ああ」

「マトヤ、あのダンジョンの名前がわかるかな?」

「……! わからない……」


 このゲームのダンジョンは誰かが踏破するまでは『未知のダンジョン』という表記になっている……つまり。


「じゃあきっと、あのダンジョンにはまだ先があるね……と言っても、今のキミにはそんなに興味のない話かもしれないけれど」

「……そうだな」


 いや、興味のない話ではあるが、笑える話でもある。

 まだクリアもしていないのに、怖がって、混乱して、日和を斬っちまうなんて。

 はは、実に滑稽だな。ははははッ!


 あのとき斬らなければ、オレはヒヨリともっと冒険できたのに。


 ……もっと冒険できたのに?

 そうだ、オレはアイツと一緒に戦うのが楽しかったんだ。


「……ヤンデレマスターからの言葉を進ぜよう」

「……出た。いいよそのキャラは」

「まあ聞きなよ。マトヤはヤンデレとメンヘラの違いがわかるかい?」

「……恋愛対象が大切か自分が大切かってやつ?」


 たしか昔ネットの記事で読んだような気がする。


「……僕からはもう何も教えることはない」

「いや、話が浅すぎるだろ」

「ま、諸説はあるけど僕が言いたかったのもそれだね……じゃあキミは、幼馴染がどっちだと思ってる?」

「そりゃヤンデレかな。アイツは自分のことなんて二の次にオレの傍にずっといたから」

「大切な人には幸せでいてほしい。そしてできればその幸せの中に自分がいてほしい……その想いが極端になったのがヤンデレだと僕は思ってる」


 日和もそんなこと言ってたな。幸せだ幸せだって……


「幸せの中に自分が……オレ、アイツのことを拒絶して、斬っちまった。嫌いなやつがいるなら消してやるって言ってた、アイツを」


 言いながら、自ら装備を解除して泣きそうな顔でオレに斬られた日和の姿が脳裏に過ぎる。

 ……クロスさんが言わんとすることがわかってきた。


「……そう。自分のせいで大好きな相手が幸せじゃないってわかったら、その子はどうするんだろうって、気になっててね」

「……ごめん。そしてありがとう。オレ、もうオチるよ!」

「ん、行ってきな。今が頑張りどきだよ」

「ああ……でもそのヤンデレマスターっていうキャラはやめといた方がいいと思う!」

「いいから行ってきな」


 最後に軽い冗談を交わし、ログアウトを選択する。



「──よし」


 身支度を整え、部屋を出る。


「──倭?」


 玄関の扉に手をかけたそのとき。

 母さんに声をかけられた。


「どうしたの? もうご飯出来るわよ?」

「……母さんさ、日和とMINEしてたんだろ? 元気そうだった?」

「……? ええ、最近は話してないけど、引っ越して来てからは時々アンタの様子を聞いてきてね」

「……」


 突然出てきた名前に不思議そうな顔をしながら母さんは答える。


「直接話せばいいのにってアンタのMINEを教えてあげようとしたんだけど、断られちゃったから……喧嘩別れでもしちゃったのかと心配してたのよ」

「……母さん、オレね。日和が怖かったんだ」

「え?」


 相変わらず不思議そうな顔でオレを見る母さんの目を見つめ、オレは言葉を紡ぐ。


「毎朝起こしに来て、ずーっとオレの顔を見てきて、ベッタリくっついてきて……それでも母さんや周りのみんなは疑問に思わなくなってきて。オレの人生ずっとこうなのかな、日和がいなくなったらどうなっちゃうのかなって怖かった」

「……」

「だから、父さんが村を出ようって言ったとき、心の底からホッとしたんだ」

「そう、だったの。ごめんなさいね。私……」


 目を見開いた後、歩み寄ってきた母さんに頭を撫でられる……が、その手を掴んで。


「母さんが悪いんじゃ……いや、ちょっと増長させていたけど、本質はそうじゃなくて。オレが日和と向き合わなくて、逃げたんだ」

「倭……」

「正直、今でも日和のことは怖いと思ってるけど、それでも、アイツと向き合いたいから……」

「わかった。車を出させるわ。お父さーん!」


 何かを察した母さんが父さんを呼びに階段を上がっていく。

 父さんは巻き込みたくなかったが……こうなったら仕方ない。


 オレは……村に帰るぞ。


 日和、お前に死んでほしくないから。

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