下層攻略
「はぁー、終わった終わった」
「今日は授業中に寝なかったな。偉い偉い」
「昨日運動した甲斐もあってかグッスリ眠れたよ。ありがとうな」
まあ、それでも中二の頃の夢は見てしまったわけだが、昨日よりもマシだということで割り切ることにしよう。
「おっ、じゃあ今日も1on1やっとくか!?」
「今日は部活あるだろ……」
「ははっ、冗談冗談っ! 男女混合で楽しく試合しまくるよ」
行ったことないから完全にイメージなのだが、うちのバスケ部、大学の同好会と大差ないような気がしてきたな……いや、人数が足りない訳だしどちらが良い悪いもないのだが。
「おう、頑張れ!」
「……男女混合で試合しまくるよ!」
「何で二回言った?」
「……いや、なんとなくだけど。ほら、今日は金曜だしゲーム三昧できるぞ。楽しんできな」
「お、おう……?」
どこか不服そうな表情と声色の敦己に疑問符が浮かばないでもなかったが、今日は下層攻略の日だ。早く帰りたかったのは事実だし、仰る通り楽しむとしよう。
「──あっ、神田くんっ! ちょうどいいところに!」
「おっ、倭っ! SOOで聞きたいことがあったんだけどさ、ちょっと時間大丈夫か?」
「んー……おうっ、ちょっとだけなら」
廊下に出て下駄箱へ向かっていると他クラスの友達に話しかけられる。
時間は惜しいが、ちょっとくらいなら大丈夫だろう。それに、同じゲームをやってる仲間だしな。
「──わっくん、今日は20分くらい遅かったね?」
「……ごめん。このゲームのことでクラスメイトからアドバイスを求められてた」
昨日のように背後から話しかけられる。まあ、遅れたのは事実だし謝っておかないとな。
「アドバイス……えへへ、やっぱりわっくんは優しいなぁ。できればヒヨリにだけ向けてほしいけど」
「そういう訳にもいかないだろ……」
「そうだよね。お義父さんにお義母さんもいるもんね……さっ、行こっか!」
日和から手を差し出され……オレはその手を握った。今更こんなことで動揺はしないぞ。
「──昨日も思ったけど、狭いな。天井は高いけど」
「うん、いかにもボス戦って感じだね……!」
「こういう部屋なら歩いていくと……」
「……来るッ!!」
壁にツタが張り巡らされている古代遺跡のような部屋。
──シュルシュルシュル。
中央まで進むと、何処からともなく何かが這い寄る音が聞こえる。
「──ッ! 日和ッ!」
「わわっ!」
何かが空を切ろうとする予兆を感じ、日和を抱いて後ろに飛ぶ。
「……っと、わっくん、ありがとうっ! こういうときは結構大胆だよねっ!」
「揶揄わなくていいからっ、前を見ろっ!」
何もいないはずの目前の空間が僅かに揺らいでいる。
オレと日和が剣を構えるとその揺らぎが徐々に正体を表した!
「……超おっきいヘビだーっ!!」
「また毒を持っていそうな……!」
そう、オレたちの前に姿を現したのは20メートルはあろうかという程の大蛇だった。
頭の高さは口を閉じていても人間と同じくらいで、やろうと思えば人間を丸呑みにすることだって出来そう……というか出来るだろうな。
画面下部にHPバーと名前が表示される。
『神の毒 サマエル』……ほら、もう名前からして有毒種だ!
解毒薬、中層で一つしか使わなくて良かったな……
「あのすっごくおっきいクモよりはちっさいけど……下層にいるってことは強いんだよねっ!」
「ああ、このダンジョンのラスボスってことだからな!」
「うんっ! 気合い入れて……ッ!?」
「……なっ!?」
オレたちを見つめる蛇の両目が紅く光る。
何があったのかと日和の方を見ると、頭上に二種類の数字が表示されていた。
「60、ドクロのマークの横に10000。二桁の方は減っていって……」
「わっくん! もしかしてこれっ! 60秒以内にこのダメージ与えてってことじゃない!?」
「なるほどな! DPSチェック型か!!」
そして、このダメージを与えられなければ何らかのペナルティがある……最悪の場合死に至る可能性もあるな!
「……いっくよぉーーッ!」
「はぁッ!!! 『ハートブレイク』ッ!」
ビットと共に攻撃を仕掛ける日和に続き、オレも剣を振りかざす。
蛇の頭に攻撃がヒットした瞬間、日和の10000という数字が減っていく。
オレの数字も減っているのだろうが……どうやら自分のものは確認できない仕様らしいな。教え合って戦えってことか!
「日和! お前の数字は残り3500! 残り時間は45秒!」
「わっくんの数字は残り4200! 残り時間は40秒だねッ!」
案外余裕そうだが油断はできない。コイツが透明化する可能性もあるし、この数字の呪いをかけられる度にノルマが上昇する可能性もあるからだ。
「いくよッ! 一斉射撃ッ!」
尻尾による攻撃を躱しながら、ビットに一斉射撃を命ずる日和。どうやら同時に射撃することでダメージが上がるらしく、10000あった数字があっという間に0になった。
「日和ッ! 残り時間35秒残して突破してるぞッ! オレの方はどうだ!?」
「残り1200だよわっくん!」
「よし……! もう一撃喰らえッ! 『ハートブレイク』ッ!!」
降ってくる攻撃を避け、体勢、重心、角度を考えながら蛇の目目掛けて『ハートブレイク』を放つ!
「0になったよ! 残り時間25秒!」
「よしっ、完璧に当たったッ!」
完璧な一撃が蛇の右目を潰したようだ。思わずガッツポーズしてしまった。
「って、あっ! 逃げてるッ!」
「さっきのフェイズが終わったら透明化して逃げるフェイズに入るってことか!」
リキャストを稼げるのでありがたい仕様ではあるが、目で追わなければ不意打ちを喰らう可能性がある。
集中力を切らさないようにしないと!
「……来るよわっくんッ!」
「ああッ! ……くらえッ!」
ターゲットはオレで、真っ直ぐに向かってきている!
寸前のところで避け、這い進む胴体に剣身を突っ込みながら走る!
「わっくん尻尾で叩き潰そうとしてるッ!」
「ああ!」
今いる地点に突然影ができ、その範囲がどんどん広がっていく。
オレは全力で走って上から叩きつけられた尻尾を回避した。
「……またあの紅い目が来るよっ!」
「よしっ! ……って、え?」
蛇の瞳が赤く光る……が、光ったのは左目だけだった。
「わっくん! わっくんには数字は出てないよッ!」
「わかった! 日和は15000! 残り時間は57秒!」
「うんっ! 頑張るねッ!!」
先ほど完璧に『ハートブレイク』を当てたから目が潰れて光らなかった……ということだよな? ってことは、今回左目を潰せば次にもっと上がるはずのノルマを無視できるはずだ!
「日和ッ! 左目の破壊はオレに任せろッ! 今数字は残り12000で残り50秒!」
「うん、わかったよッ!」
だんだんと激しくなっていく尻尾攻撃と噛みつき攻撃を避けながらオレたちは攻撃を与え続ける。
「『ハートブレイクッ!』……クソッ!」
そこそこいい当たりだったが目を潰すには至らない。チャンスはあと2、3回だ。
「はあああぁぁッ!!」
ビットを足場にし、舞い踊るように殴打や蹴打を加える日和。
思わず見惚れてしまう光景であったが、自分の責務を忘れる訳にはいかない!
「日和! 残り5000で残り時間37秒!」
「わかった! 一斉射撃ッ!」
「オレも頑張んなきゃなッ! 『ハートブレイク』ッ! ……チッ!」
重心は完璧だったが瞳を逸れてしまった。
残り2回……いや、1回だろうな。
「日和ッ! 残り2000で時間は30秒! 全然余裕だから焦らないようになッ!」
「わかったっ! ありがとうわっくんーっ! わわっ!」
「ちょっ! こっちに意識を向けすぎだってのッ!」
オレに手を振っていた日和に尻尾の先端が当たる。
派手に吹っ飛んだが、HPはまだ半分ほど残っている……よかった。
「あっはは、ごめんごめん……よぉし、仕切り直しだぁ!」
このダンジョンに潜って初めて回復薬を口にし、ビットを展開しながら蛇へと突っ込む日和。
……よし、今度こそオレもッ!
「いくぞッ! 『ハートブレイク』ッ! ……よっしゃあッ!!」
「流石わっくんっ!」
三度目の正直で蛇の左目を破壊することに成功する。
「日和も流石だ! 残り23秒で突破できてたぞッ!」
「えっへへ! ありがとぉー!」
……あとはこの透明化フェーズの攻撃を避けて、残り半分を切った体力を削るだけだッ!
「消えた地点がわかってんだッ! 絶対見逃さねぇぞ……ここだ! そして連撃ッ!」
尻尾による攻撃、頭による攻撃を避ける。
そして、オレと日和の二人を薙ぎ払わんとする強力な振り払いを跳躍し避ける!
「えへへっ! ヒヨリたち息ピッタリだねわっくんっ!」
「ああっ!」
満面の笑みを浮かべる日和に笑みを返した後、蛇と向かい合う。
「さあ、目が潰れてちゃお前も……なっ!?」
その瞳が紅く光る。
先に潰したはずの右目だ。
「わっくんっ! 20000と59秒!」
「……ッ! クソッ! わかった!」
オレは10000ダメージを与えるのに35秒かかっていた。ということは単純計算だと20000ダメージを与えるのに70秒かかるということになるが……先ほどと同様に『ハートブレイク』を完璧に当てれば何とか60秒に収まるだろうか。
「──『ハートブレイク』ッ!」
「17000! 50秒!」
「──『グラヴィティ・ダウン』ッ!」
「14000! 40秒!」
「──『ヘヴィバースト』ッ!」
「12000! 35秒!」
「──『ハートブレイク』ッ!』
「9500! 30秒!」
30秒で10500! この調子ならいけるぞッ!
「ッ! わっくんッ!!」
「ッ!?」
突如、視界が真っ暗になる。
これはまさか……呑み込まれた!?
「……ッ! うおおおおッ!」
左上のHPゲージが急激に減少し続けている。よく見れば『毒状態』になっているが、それだけじゃない! 丸呑みによるダメージを受けているんだ!
「負けてたまるかよッ! 『ハートブレイク』ッ!!」
「!? わっくん! 残り3000で20秒! いけるよッ!! 攻撃を続けてッ!」
体内でハートブレイクを放った後、うっすらと日和の声が聞こえる……残り3000? 一気に6500も減ったのか?
もしかすると、体内から攻撃をしたらダメージに倍率が入るのかもしれない!
オレは回復薬を口にした後剣を握る。
「『トリニティ・バーストッ!』」
普段は滅多に使わない技を放った。
隙が大きい三段攻撃で上手く当てるのは至難の技だが通常倍率が高い……つまり、何らかの追加補正が入り邪魔が入らない今の状況だと、この技は出し得の技だ!
「……やった! やったよわっくんっ! 0になってる!」
「……おわっ!!」
日和の声が聞こえるのと同時に外に吐き出される。
まずは解毒薬と回復薬を飲んで立て直さないとな。
「わっくんわっくんっ! あと一撃で終わるよッ! さ、決めちゃってッ!!」
「えっ、オレが?」
「うん、さっきのわっくん、カッコよかったもんっ! このままやっちゃえー!」
「よし……! …………」
待てよ。
このまま決めて、ダンジョンを突破したら。
オレは村に帰るのか? いや、そんなの日和が勝手に言ってるだけだし……けど、日和は権力を持ってるし。
「……そう。じゃあ、ヒヨリが決めるね」
恐ろしく冷淡な声がダンジョンに響いた。
それは普段の日和からは想像もできないほどに低く重い声で。
そして、ビームが一斉発射されて、この戦闘は終了した。
『Dungeon Clear!』の文字が画面にデカデカと表示されて勝利のファンファーレが鳴る。
だが、最早そんなことはどうでもいい。
「信じたくないけど、わかったよ。わっくんは、村に帰りたくないんだね。本当は村に帰りたくなかったんだね」
「い、や……その」
先ほどの冷淡な声のまま、無表情で日和が近づいてくる。
緊迫しつつも高揚していた戦闘中が嘘のように。
「なんでかなぁ? なんでわっくんは村に帰りたくないのかなぁ? 嫌いな人がいるの? それなら言ってよ。消してあげるから」
「それは、その……」
「ねえ、わっくん……何が嫌だったの?」
「あ、あ……」
顎を掴まれ、鼻と鼻が密着する。
「わっく──」
「お前だよッ!!!」
自分でもビックリするほどに荒い声が出た。
「……ヒヨリ?」
「そうだよッ! お前がずーっと付き纏ってきて、他のクラスメイトとも話せなくて、将来がガッチリ固定されたような感覚が嫌だったんだよッ! 怖かったんだよッ!!」
「わ、わっくん……」
「だいたいなんだよ! なんで日和みたいなすげぇやつがオレのこと……ぁ。ああっ」
「……そっか」
「ああああああああああぁぁぁッ!!!」
『Dungeon Clear!』の文字が歪み、視界にノイズが走る。
恐怖と焦りと怒りと混乱が入り混じって。
オレは握った剣で日和の胴を斬りつけた。
「……ごめんね、わっくん」
「……え。なんっ、なんで」
日和は、装備を解除していた。
鎧で受ければ無傷とは言えずとも耐えられたはずなのに。
肉が千切れる音。骨が砕ける音。
今にも泣きそうな顔でオレに謝った後、日和は真っ二つになった。
「…………」
上半身と下半身が分かれた日和の死体と血溜まりを見つめる。
このゲームにもPKというものが存在するが、パーティメンバーのフレンドリーファイアで死んだ場合は一度だけ無条件に復活できるのだ。
「きっと日和は戻ってくる。きっと日和は戻ってくる。きっと日和は戻ってくる」
壊れた機械のように同じ言葉が口から溢れ出る。だって、日和ならきっと、オレを求めて……
『デイさんがログアウトしました』
日和の死体と共にオレの期待は儚く消え散った。
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