中二の想い出

「わっくん! おはよう! 迎えにきたよっ」

「……おはよう。いつも言ってるけどもう少し遅く来ればいいのに」

「えへへっ! 起きる前に行けば今日一番最初にわっくんとお話ししたのがヒヨリになるんだもんっ! それに、寝顔も見れるし〜……えへっ!」

「オレの寝顔を見て何が面白いんだか……」

「面白いんじゃなくてねっ! 幸せなのっ!」

「はいはい……」


 満面の笑みを浮かべる日和に諦めを込めた雑な返事をする。

 目覚ましがいらないのは結構なことだが、これって結構異常なことだよな?


「……おはよう母さん」

「あらおはよう。グッスリ眠れた? パンはいつも通り2枚でいい?」

「まあまあかな。うん、それで頼むよ」

「ヒヨリちゃんは今日も食べてきたの? ウチで用意するのに」

「あははっ、ありがとうございます! でも、ヒヨリはわっくんが食べてるところを見るのが好きですし、朝ごはんはウチでみんなで仲良く食べてるのでっ!」

「ああ、そうだったわね」


 母さんはすっかり慣れているようで、日和がいてもこの対応だ。

 小さくため息を吐いて野菜ジュースを二人分注ぐ。


「はい、日和」

「えへへっ、ありがとっ! わっくんが育ててる野菜のジュース、美味しいから好きっ! ……あっ、もちろんわっくんのことも好きっ!!」

「はいはい……」


 好き好きとよくもまあ恥もなく言えるものだな、と最近になって思うようになってきたが、日和に言っても『だって好きなんだもん』と返されて終わりなのはわかってる。



「──気にしないでって何回も言われたけど……やっぱり食べづらいんだけど」

「えー、じゃあ目を瞑ってた方がいい? んー」

「それはそれで視界に入ると邪魔くさいんだけど」

「こら倭っ! なんて事言ってんのっ! ごめんなさいね、この子、照れているだけだから……」

「あははっ、いつものことなのでわかってますよっ! ねっ、照れ隠しだよねわっくん! ねっ!」

「……うん」

「お父さんに似て照れ屋なんだからー!」


 二人相手に勝てるわけがない。大人しく従っておかないと。


「──それじゃ、行ってきます」

「行ってきまーすっ!」

「はい、行ってらっしゃ……いたっ!」


 手を振ってオレたちを見送っていた母さんが突然頭を押さえる。


「えっ、どうしたの母さん」

「いえ、ここ最近頭痛が酷くて……大したことはないと思うけど」

「病院、行った方がいいんじゃないの? できれば大きいところで検査してもらってさ」

「うーん、そうね。考えておくわ」

「考えておく、じゃなくて、今日だよ。そうやって引き延ばしちゃうと大変なんだから」

「うん、ヒヨリもっ! すぐ検査してもらった方がいいと思いますっ! お義母さんに何かあったら悲しいですからっ!」


 ここ最近、日和の『おかあさん』の言い方に何やら含みを感じるが、こうやって検査に行く後押しをしてくれるのは素直にありがたい。


「……そうね。わかった。お母さん、行ってくるから、アナタ達も気をつけて学校に行ってらっしゃいね」

「うん、行ってきます」

「行ってきます!」


 母さんのことは心配だが、きっと大丈夫だろうと自分に言い聞かせて扉を開ける。



「──手は繋がなくてもいいんじゃないか?」


 いつものように日和から手を繋いできて、最近の流行りなのか指まで絡めてくる。

 こんなにくっつく必要、あるのか?


「えぇー、だって今は冬だよっ!? 寒いじゃん!」

「夏のときもなんだかんだ言って繋いでた気がするけど」

「えっへへ、そうだねっ! 結局はヒヨリが繋ぎたいだけだもんっ!」

「……幸せだから?」

「うんっ! ヒヨリね、ずっとずっと幸せだよっ! お父さんがいて、お母さんがいて、わっくんがいて、お義父さんとお義母さんがいてくれて、毎日がずっと楽しいのっ!」

「今『おとうさん』と『おかあさん』が二回出てこなかった?」

「もーっ! わかってるくせにーっ!」


 繋いだ手をブンブン揺らした後、上半身をこちらに傾けてくる日和。


「……母さん、大丈夫かな」


 まともに付き合うのもアホくさいので話題を逸らす……と言っても、心配しているのは本当だ。


「大丈夫大丈夫、きっと大丈夫だよっ!」

「……そうだよな。あっ、そうだ、さっきは日和からも検査を勧めてくれてありがとう」

「当然だよっ! わっくんのお母さんはヒヨリのお母さんも同然っ! ヒヨリも、お母さんとお父さんに何かあったらすっごく悲しいもんっ!」

「……うん」


 言ってることは嬉しいのだが、何故だろう。どことなく重い。



「──それでねそれでねっ、お母さんが」

「……あ、悪ぃ、ちょっとトイレ」


 重さに押しつぶされそうになりながら登校して、今は三時間目と四時間目の間の休み時間だ。

 飽きもせず日和が話しかけに来るのだが、そうなるとトイレに行く時間が無くなるので、こうやって話を途中で終わらせて行くことになる……しかし。


「……」

「……」


 当然のように付いてきている。流石にトイレの中までは入ってこないが、なんかもう近い将来には“来る”んじゃないかっていう距離感が怖すぎる。


「……あっ、終わった? えっとね、お母さんが──」

「教室で待っていてもよくないか?」

「えーっ、ヒヨリは一秒でも長くわっくんと話したいんだよっ!?」

「いや、流石にトイレの前まで付いてくるのは……オレが待たせてるようにも見えるかもしれないし」

「大丈夫だよっ! みんなわかってくれてるはずだしっ!」

「はずって……」


 日和がべったり付いてくるからか、クラスメイト達と一対一で話すことは殆どない。

 どう思われているか不安で仕方ないのだが、日和はどうせわかってくれないんだろうな。


「……わっ、チャイム鳴っちゃった! 戻ろ戻ろっ!!」

「はいはい……」



「──はいっ、わっくん、あーんっ!」

「いや、いいって。自分で食べられるって…………あーん」


 昼休み、オレは日和が作った弁当を彼女から『あーん』されていた。

 いつものように断ってはみるものの、聞く耳を持たないので口を開ける。

 クラスメイト達も最初は揶揄ってきたのだが、それを気にも留めずに堂々とやっているため最早日常風景と化してしまった。


 ……いいのか? オレの人生、こんな感じでいいのか?

 これから先、日和がいなくなったらオレ、生きていけなくなっちゃうんじゃ──



 そんなことを考える、いつも通りの中二の冬の日。

 オレは父さんから母さんの病気のことを聞かされた。

 治療には急を要するので既に入院していること。

 今は仮入院で、更に都会の大病院に転院しなければならないこと。

 そして、大病院で治療したとしても治せる見込みはなく、致死率が高い病気であること。

 予兆はあったにせよ、突然のことに訳がわからなくて頭の中がグチャグチャになっていた。



 ──それから一週間後のことだった。

 父さんが『この村を出る』と言い出したのは。

 オレは深く聞くこともせず、父さんに同意した。

 村を出れば日和と離れることができる。

 日和と離れることができればこれ以上彼女に依存しなくて済む……そう思ったんだ。

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