中層突破と親子の話
「──うん、やっぱり全部倒しているよな?」
「うんうん、そうだよね?」
やる気満々の日和が索敵し、無数の蜘蛛を倒していったのが一時間くらい前の話だ。
この層は蜘蛛しかいないんだなーとか、形も六角形なんて珍しいよなーなんて話をしているうちに中層を一周してしまい、取りこぼしがないがないか確認して……
今は全ての通路の壁や床も一通り調べ終えたところだな。うん、何もない。
「敵を全部倒すって条件じゃないか、それとも……」
「まだ全部倒していないか、だよねっ。うーん、そんなことないと思うんだけど……」
「うーん……」
「……んぅー、ちょっと疲れてきちゃったね。休憩しよっか」
「ああ、そうだな……」
戦闘というイベントが挟まれるのなら集中力は続くものだが、こういうしらみ潰しのパートになるとどうしても集中力が切れて疲れてしまう。
「えへへっ、ごろーん!」
「VRだから実際は汚れないけどさ……ま、いいか」
日和がその場で仰向けになる。ゲーム上では汚れてしまうが、現実と同じ体勢になることによって脳の混乱を抑える効果があるため疲労回復には向いている。
「……わっくんわっくん!」
「おわっ、なんだよ」
ほんの少しだけ距離を取ってオレも仰向けになったが、日和がすぐさま距離を詰めてくる。
「えへっ、なんでもなーいっ! こうやってると何回もお泊まりして一緒の布団で寝てたのを思い出すなーってだけーっ!!」
「別々の布団が用意されてたのにお前が勝手に入ってきてたんだろ……抱きついてきたりしてさ」
イタズラで、それでいて無邪気な笑みを浮かべる日和に深いため息を吐く。幼稚園の頃から引っ越す頃まで続いてたよな、ソレ……
「だってだって、せっかくなら好きな人と一緒に寝た方が幸せな気持ちになるでしょ?」
「…………」
「やっぱりわっくんは、ヒヨリと寝るの、嫌だった? 我慢してた?」
「……暑いときは我慢してたけど、嫌ではなかったよ」
不安そうな日和に本心を伝える……可愛いと思っているからーとか色々と付け加えてしまうと彼女の行動が更に過激になってしまいそうで怖いので『嫌ではなかった』ことだけを伝えるに留めるが。
「……えへへっ、そっか! ぎゅ〜〜っ!!」
「おまっ、オレたちもう高校生だぞっ!」
「わっくんのお嫁さんだからいいの〜っ!!」
「……たしかに。じゃなくてだな!」
そういう関係なら抱きついても不思議じゃないかもしれないが、実際に『お嫁さん』になっているわけじゃないし……いや、『日和がお嫁さんだったら最高』とは過去のオレがたしかに言っていたせいで反論がしづらいな!
「……えへへぇ。ヒヨリ、今とっても幸せだよっ!」
「はいはい……」
密着してオレに腕を回している日和。その声色は幸せそのものといった感じで。
嫌な気分はしなかったが、どこか呆れるような気持ちになる。
……オレのどこが良いんだろう。
「ねっ、わっくん! わっくんも今幸せ?」
「オレ? オレは……」
答えに言い淀む。今の状況は捉えようによっては幸せとも言えるし怖いとも言えるからだ。
「ヒヨリね、大好きなわっくんには幸せでいてほしいの! だから、これがあるから幸せじゃないって思うことがあるなら言ってねっ! ヒヨリが消してあげるからっ!」
「け……っ! そんなことしなくていいよ。自分でなんとかするから」
「えー、ヒヨリを頼ってくれてもいいんだよー?」
消すってお前。権力を持ったことでヤバい思想になってないか?
しかし、幸せ、幸せか……
昨日、ヒヨリと再会したときは驚いて、怖かったけれど、今こうやってダンジョンをコイツと攻略するのは……正直、楽しい。
昔みたいに『日和すげーな。負けてらんねぇな』って思いながら遊べているような気がする。
でも、日和の執着具合は尋常じゃないし、何より、オレは今更村に帰る気なんかないから、なんやかんやで連れ戻されそうな今の状況はマズいと思うし……
なんて、天井をボーッと見つめながら考えていると、視界が揺れた気がした。
……いや、これは。
「……日和! 天井、見てたか?」
「へっ? わっくんの耳をずっと見てたけど」
「んなもん見なくていいからお前も確認してくれないか? 多分、動いている」
「えっ!?」
改めて二人で天井を見る。
模様やビームで焼け焦げた後を見ると、僅かだが動いているのがわかる。
……まるで空に浮かぶ雲が動くくらいのスピードだな。
「……ああ、やっぱり動いている」
「ホントだ……わっくん、ヒヨリ、思いついたんだけど」
「そうだな、天井全てに攻撃してみようぜ!」
「うんっ! いっけぇーっ! ビットッ!!」
「『満ち溢れ、ありふれているされど尊きもの。我が手中にて収束し、解き放たんッ! ──
日和のビットたちによるビームとオレの光魔法が天井のあらゆる箇所に命中する。
「さあ、これで……」
とりあえずこういうときは攻撃を加えればいい。そうすれば……!
「「……うわあああぁぁぁぁ!?」」
日和と二人で叫び声をあげる……また重なってしまったが、今はそんなことどうだっていい。
天井だと思っていたものが落ちてきたからだ。
「日和ッ! 端の方からッ!」
「わかったっ!!」
ソレはクルクルと回転しながら落ちてきていて……回転するということは天井と全く同じサイズではなく、一回りや二回り小さいということだ。
二人でマップの端まで移動し、落下の衝撃をやり過ごす。
……さっきまで歩いていた通路がぺっしゃんこだ。
「って、これ、脚……!?」
「はっ! わっくんわっくんっ! この子もクモだよっ! さっきのおっきいクモよりももっともーっとおっきいクモっ!!」
「なるほど……!」
目の前に見える毛が生えたぶっとい棒……それが脚だと気づいたときには日和が答えを出していた。
つまり、先ほどまで天井だと思っていた部分は六角形の超巨大蜘蛛の背中だったってことだ。
「日和、コイツの背中に乗ろうッ! 地上だと簡単に踏み潰されちまうっ!」
「うんっ! ……えいやっ!」
「はっ!!」
脚の間を掻い潜り、蜘蛛の背中へとよじ登る。
蜘蛛の上に乗るのは若干嫌悪感があるが、天井と見間違うほどのもので、背中には毛などは生えていないため、我慢しよう。
「……登ったのは正解みたいだな!」
背中の上に登り切ると、画面下部にHPバーとボスの名前が現れる。
『超巨大擬態卵庫蜘蛛 ノア・ノット』……か。大層な名前だな!
「……んっ! けど、これからどうしようっ! 上から背中を攻撃するだけで大丈夫なのかな!?」
「いや、そんなに単純なものじゃないだろ!」
「…………」
「…………」
──結論から言おう。単純だった。
時折背中から棘のようなものが出てくるが、注意深く見ていればそのタイミングはわかりやすいので、避けながら攻撃を加えるだけ。
いや、流石にこれはおかしいよな? あの棘に当たっていれば毒状態になったかもしれないが、もっと毒液とか……
……ん?
「なあ、日和、もしかしてなんだけど……あの何体も出てきた蜘蛛って索敵して各個撃破するんじゃなくて、この蜘蛛の上で戦う想定なんじゃ……」
「……あ」
もちろん地上で戦うことも想定していただろうが、殲滅してから超巨大蜘蛛を出すことは想定していなかったんじゃ……?
「お前のそのビット、的確に敵を狙ってしまうから……超巨大蜘蛛の背中にダメージが蓄積されなくてああなったんじゃないか?」
「……たしかに! あの毒液を避けながらだとちょうどいい難易度になりそうだもんね」
「まあ、これが運営の想定不足か仕様なのかはわかんねぇけど……うん、とりあえず下層を踏むか」
超巨大蜘蛛のHPを0にした瞬間、何処からか巨大な剣の形をした炎が降ってきて大蜘蛛を貫いた。
その炎が消えると蜘蛛の身体にポッカリと穴が空いており、下層に続く階段が現れたのだ。
「まだ8時半……だけど、だいぶ疲れちゃったね。ヒヨリはもうお休みしたいかも」
「奇遇だな。オレもだ」
「えっへへー、わっくんとおんなじだーっ!」
タイミングがわかりやすいとはいえ、棘に対して注視しなければならなかったこと、そして超巨大蜘蛛が出てくる前にしらみ潰しをしたことから脳にだいぶ疲れが溜まっているのを感じている。
今日は早いところ寝よう。
「上層は中ボスの大群、中層は超巨大蜘蛛……下層は何が出てくるかな」
「楽しみだね……って、もう着いちゃった!」
上層から中層に向かう階段はかなり長かったが、下層へ向かう階段は建物二階分ほどの長さしかなかった。
まあ、構造を考えると中層に向かうまで時間がかかるのは納得だが。
「それじゃ、今日はオチるか。また明日な」
「えへっ、えへへへへっ! また明日ねっ!」
下層の地を踏み、ログアウトの画面を開く。
日和がやけに嬉しそうなのはオレから『また明日』と言ったからだろう……わかりやすいな。
ブンブンと手を振って消えゆく日和に軽く手を振りつつログアウトを選択する。
『デイさんがログアウトしました』
右下にログ表示が表れたのが一瞬見えた後、画面が真っ暗になる。
「……んー、このまま寝てもいいけど」
ゴーグルと機器を外し、部屋を出る。
そして、向かいの部屋をノックする。
「父さん、いる?」
「いないぞ」
「入るね」
しょうもない冗談は無視し、父さんの部屋に入る。
「どうした倭。今日はもうゲームしなくていいのか?」
「ん、ちょっと疲れちゃって……ねえ父さん」
「ん?」
「あの村……
「……誰から聞いた? 母さんか?」
父さんが振り返る。
「……」
日和から、と聞けば彼は驚くだろう。オレが日和に引いていて村から出たがっていることを話していたから。
なのでここは沈黙を返した。
「……母さんが病気になったときさ、悲しくて辛かったけど、心のどこかで思ってたんだ。これに乗じて村長の重圧から逃げられるんじゃないかって」
「重圧……」
父さんが柄にもなく寂しげに笑う。
こんな父親の表情を見たのは母さんが病気だってわかった時と……引っ越すときだろうか。
「権力ってさ、持ってるだけで怖いんだよな。自分も周りも変わっちまいそうで」
「そっか……」
「情けない話だよな。だから隠しておきたかったんだ。それで、お前まで巻き込んで……」
「それは違う……言っただろ。オレは日和から逃げたかったって」
「……後悔、してないか?」
「……後悔」
結局のところ、オレが聞きたかったのはソレだった。自分が日和から離れて後悔しているのかどうか……その問いに答えがほしくて久しぶりに父さんの部屋を訪れたんだ。
──オレにしかわかるはずもないのに。
「……わからないならさ。まだそのままでいいんだよ。ゆっくり理解していけばいい」
「……」
「もし倭が村に戻りたいと言っても、俺は止めないからな。俺自身は絶対、村には帰らねーけど」
「……うん、わかった。」
いや、結局のところわかってはいないのだが……これ以上脳を動かすのもしんどくなってきたな。もう寝てしまおう。
「おっと、倭! ちゃんと飯食ってから寝ろよ! まだ食ってねーだろ」
「……あ、そうだった」
「熱中できることがあるのはいいことだけど、ほどほどにな」
「ん、ありがとう父さん」
感謝の言葉を述べて父さんの部屋から出る。
……さて、今日の夜ご飯は何かな。
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