蜘蛛と毒液とブチ切れ

「蜘蛛型、か……毒を持っているヤツかもしれないし、最初は慎重にいくぞ!」

「うんっ! へっへー! おっきいクモ……! すっごいリアルで、見たことない模様だねーっ!」


 目線を送ると元気良く頷いて拳を構える日和。

 今のオレは蜘蛛や虫がそんなに好きではないので、昆虫系モンスターと対峙するのは乗り気ではないのだが、様子を見るに彼女は昔のままのようだ。

 ……そういえば教室にデッカい蜘蛛が出てきたときも、日和が率先して外に逃してたっけ。


「わかっているとは思うけど、このゲームの蜘蛛は糸とか毒液を吐いてくるから気をつけ──っと!」

「あっははっ! 言った側から吐かれてるーっ!」


 タイミングが良いのか悪いのか、威嚇体勢だった蜘蛛が突然液体を吐いてきた。

 その様子が面白かったのか、日和がケラケラと笑っている……なんか恥ずかしい。


「くっそー……って、ん?」

「……あ」


 ふと、視界左上のHPゲージが減少し続けていることに気づいた。

 HPゲージの横を見ると、毒アイコンが表示されている。

 突然ながらも上手く躱せたと思ったが、運が悪いな……いや。


「もしかすると、ほんの微量かかっただけでも確定で毒だったりするのか……?」


 このゲームの状態異常判定は、状態異常攻撃の当たり具合で判定される。

 例えば『毒針』という攻撃があったとして、それがクリティカルヒットすれば確定で毒状態に、通常ヒットで70パーセントの確率で毒状態に、掠れば35パーセントの確率で……と言った感じだ。

 ……『毒液』の場合は全部浴びてしまえばクリティカルヒット扱いで、そうでない場合は浴びた量によって確率判定が入るはずだ。

 そして、ボス等の強力なモンスターが使う攻撃の場合は、その確率がシビアになるのだ。


 このダンジョンの難易度を考えれば、気づかないほどの毒液の付着でも毒になる確率が高くても……更に言えば確定でもおかしくないかもしれない。


「いや、考える前に治療だな!」


 回復薬と解毒薬の瓶を開けて飲む仕草を取る。これで瓶の残りは9個と4個だ。

 回復薬はともかく、そもそもの上限が少ない解毒薬が足りるか不安だな……


「わっくんを毒にした、わっくんを毒にしたわっくんを毒にしたわっくんを毒にした……」

「って、日和? 日和さーん?」


 蜘蛛の方を見ながら日和がブツブツと呟いている。さっきまであんなに楽しそうだったのだが。


「……!」

「……うわぁ」


 日和が手を振ると、十二枚のビットが蜘蛛を囲み、ビームを放って……

 ビームを放ってビームを放ってビームを放ってビームを放って。

 とにかく途切れることなくビームを放ち続けている。

 ちゅどどどどどどどという音が鳴り止まず、攻撃もさせてもらえない蜘蛛に最早同情してしまいそうになるほどの勢いだ。

 この子が何をしたというんだ。いや、オレを毒状態にさせたのだが。


「わっくんを毒にしたわっくんを毒にした……」

「日和、日和っ! もう倒しているから! その蜘蛛のHP《ライフ》はとっくに0だから!」


 流石に居た堪れなくなり、日和の両肩に手を置いて止めにかかる。


「……はっ! えへへっ、ごめんごめん、つい熱中しすぎちゃって。ゲームなのはわかってるけど、わっくんが傷つくのは嫌だから!」

「……その調子で大丈夫か? どうしてもダメージをくらっちまう場面はこれからも出てくると思うけど」


 毒状態になったくらいであんなにブチ切れモードになるんだ。瀕死になったり死んだりしようものならそれはそれは恐ろしいことになるだろう。


「んぅ〜、そうだよねー……えっとね、ヒヨリがわっくんを護るよ! 頑張るから、わっくんは下がってていいよっ!」


 むん、と両手を胸の前まで上げ、気合い十分! という表情を見せる日和。

 いやいやいや……


「それじゃ面白くないだろ。オレだって闘いたいよ」

「うー、そっか。そうだよね……うぅー」


 納得する素振りは見せつつも、やはりオレが闘ってダメージを負うことが受け入れられないようで呻く日和。


「いや、模擬戦ではオレのこと斬ったりビーム撃ったりしてきただろ?」

「アレは真剣勝負だからいいのっ!」

「じゃ、こうしよう。今もどっちの方が多くモンスターを倒せるか勝負をしているんだって考えてくれ。真剣勝負だから多少の怪我はありえるけど、それを納得した上でやってるんだって」

「んー……それならわかった、かも」


 完全に、とはいかないがしぶしぶ受け入れてくれたようだ。

 ……やっぱり日和は過保護だな。そういうところにも少し嫌気が差していたのだが、善意でやってくれていることだから責めづらいんだよな。


「……よし、それじゃ、先に進もうか。多分これから先もさっきの蜘蛛みたいにモンスターが隠れているかもしれないから、ビットで探索頼むぜ」

「……うん」

「…………あー、うん、わかった。さっきの蜘蛛モンスターが出てきたときは日和に任せるよ。オレも魔法攻撃で支援するけど、回避に専念する。解毒薬も有限だしな」


 魔力のステータスを上げていないオレでは魔法の火力なんてたかが知れているが、まあ、役割分担ということで理解しよう。あの蜘蛛と闘う時は日和が活躍する番だ。


「えっ! ほんとほんとっ!?」

「ああ、本当だよ。けど、それで日和が毒状態になりまくってたら本末転倒だからな? よろしく頼むぜっ!」

「うんっ! うんっ! まっかせてっ!」


 日和が満面の笑みを見せる。

 想い出の中の無邪気な日和と大人っぽい彼女のアバターはそんなに似ていないのだが、子供っぽい面を見せられるとあの頃の日和の顔のように錯覚して見えるから不思議だ。

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