大切な場所
「──なるほど、見事にしてやられたね」
「アタシは最初っから怪しいと思ってたっすよ!」
「本当かよ……それにしても、あの子がマトヤが話してた幼馴染だなんてなぁ」
ギルドに戻ってきたオレを迎えたのは夕方と変わらないメンツだった。
ちなみに、オレに幼馴染がいることは随分と前に話の流れでウッカリ喋ってしまっている。セイントさんとクロスさんの二人に至っては事の経緯の殆どを知られていると言っていいほどだ。
……うん、これはオレのリテラシー不足だな。日和にも悪いことをしてしまったと思う。
「ああ……ひ、じゃなくてデイさんが迷惑かけてすみませんでした」
「ううん、いいよ。面白かったし」
「いや、面白かったって……」
「まっ、珍しい試合を見れたという点では面白かったっすよね!」
「ラチェルさんまで!」
「こらこらお前ら……まぁ、あんまり気にすんなよな。俺たちは直接害のあることをされたわけじゃねぇしさ」
「いや、でもバグ利用は……」
いかにも楽しんでますー的な雰囲気の二人を宥めつつセイントさんが此方のフォローをしてくれる。こういうところが信頼できるギルド長なんだよな。
「まあ、設定で入れないようにしているわけだから本来はいけない事だとは思うけど、こういうときは運営に不平不満を言っていればいいんだよ」
「……そう、かな」
流石に『幼馴染が運営を脅してバグを復活させました』なんて言えようはずもないので、クロスさんのフォローの言葉を素直に飲み込めない。どちらかといえば運営も被害者だもんな。
「そうだよそうだよ。運営も今回の件を楽しんでいるんだーくらいの意識でいてもバチは当たらないよ」
「いや、おもっくそ罰当たりだと思うけど……」
この人は運営をなんだと思っているんだ。仮にそうだとしたらヤバすぎるだろ。
「……あ、バグといえば。また入ってきてないすよね? さっきマトヤさんが帰ってきたときに……」
「はは、まっさかー!」
「とか言いつつメチャクチャな速度で捜し始めたっす!」
いや、一度ログアウトして油断させておいてもう一度入ってくるなんて流石に……しないとも限らないな! と思ってしまった。
「大丈夫だよ。僕とセイントでチェックしてたからね」
「思わず捜すくらいにはやると思ってたのな……」
「はは……まあ、アイツ、オレが引っ越す前はベッタリくっついてきてたから。コバンザメかってくらいに」
それはもうベッタリと。金魚のフン……と言うにはアイツは可愛すぎるからこう例えておこう。コバンザメのことよく知らないけど。
「はーー、青春してんねぇ。いいなぁ……」
「はは、年寄りくさいよセイント」
「だーれが年寄りだ!」
「僕たちもこのゲームで青春の続きをしてるじゃないか」
「ま、たしかに部室みたいな雰囲気だけど……って、俺たちの話はどうでもよくてだな」
「ああ、たしかに今の話題の中心はマトヤ君だ。さっきしれっと言ってたけど……ダンジョン上層、突破したんだって? まさか初見で攻略されるとは思わなかったよ」
「ああ、それっ! アタシも聞きたかったんすよ!」
「そうそう、俺とクロスもお前らが行った後に行ってきたんだけどさ、二人してこりゃ無理だって言って帰ってきたんだぜ」
「こりゃ無理だって言ったのはセイントだけだけどね」
セイントさんとクロスさんの二人がいつものように戯れ合い始めるかと思えば、三人の視線がこちらに向く。
「まあ、うん。まだ上層だけど……って謙遜するのは二人に悪いか。でも、たしかにアレは高難易度だったと思うよ。上層にいる全ての敵を倒せ、なんて」
「全ての敵を……って、あんな雑魚一体一体が中ボス張れるくらいのヤツらをか!?」
「マジっすか! 雑魚でもそんなに強いんすか!」
未突破のダンジョンについての情報は滅多に出回らない。攻略情報であるならば尚更だ。
なのでラチェルさんが文字通り目を輝かせて聞いてくるのだが……ギミックだけ考えると単純なものだよな。
「あっちゃー、じゃあ下手に動き回って雑魚たちのタゲを引きまくったのは失敗だったかもね」
「そうだな……って、待て。めっちゃくちゃに動き回ってヘイト買いまくってたのはお前だっただろ!」
「言ったでしょ、僕のダンジョン進行でお前を八つ裂きにしてやるって」
「本当にやる奴があるかこのバカッッ!!!」
「マトヤ君助けてー! セイントがバカとか言ってくるー!」
「自業自得だろ。二人で勝手に……って、ラチェルさん?」
二人がいつものように戯れ合うならラチェルさんと話していよう……と思ったが、いつの間にか彼女はギルドの扉の前に立っていた。
「あっ、今日はもうオチようかなーって。お疲れーっす!」
「そっか。お疲れ、おやすみー」
笑顔で手を振りながら出て行くラチェルさんに手を振り返す。
「……こりゃあ出回るな。上層の攻略情報」
「ギルドに入ったときもめちゃくちゃ自慢してたもんね……そこが面白そうだから入れたんだけど」
「お前なぁ……」
彼女が出て行くと、扉の方を見ながらクロスさんがニヤニヤと笑っていて、セイントさんが長いため息を吐いていた。
「まあ、単純なギミックだから……もう知っている人は知っていると思うし」
「ん、それに、あのダンジョンはアイテム引き継ぎ式だからな。知っていたところで実力がなけりゃ完全突破は難しいか」
「あの調子だと中層以降もやっかいな難易度してるだろうしね」
ダンジョンには『アイテム引き継ぎ式』と『アイテム再持ち込み式』という二つの区分がある。
前者は上層から下層までアイテム状態が保持されるというもので、後者は層を突破するたびにアイテムを補充する機会が与えられるものだ。
つまり、上層で回復アイテムを使いすぎると中層や下層で詰むということになる。
「ま、ラチェル君には好きにやってもらうとして……マトヤ君、いや、マトヤ!」
「なんだよ急に呼び捨てにしだして。嫌な予感しかしないんだけど」
クロスさんに呼び捨てにされるのは今回が初めてだ。そして、彼が名前を呼び捨てにする相手は今までセイントさんだけだったので……ヤバい予感がする。
「僕はキミと幼馴染の関係性を面白が……じゃなくて興味深いと思ってるよ」
「うわめんどくさい」
「マトヤ、相手にするのがキツくなったら抜けていいからな?」
「ああ、そうするけど……」
セイントさんがハゲ頭に手を置き、やれやれと首を振る。
「まあまあ、デイ君……キミの幼馴染は所謂ヤンデレという奴だろう? このヤンデレマスターに任せたまへよ」
「抜けていい?」
「いいぞ」
「まあ待て、もう五分、いや、三分ちょうだいよ」
「某巨大ヒーローかよお前は」
急にテンションが上がってきたクロスさんにヤバいものを感じ、セイントさんの方を見る。
彼は今日イチの満面の笑みで頷いていたし、お言葉に甘えて抜けようかなとも思ったが……ここで抜けるのもそれはそれで面倒くさそうなので、付き合うことにする。
「てか、ヤンデレマスターってなんだよ」
「僕はヤンデレが好きでね。ヤンデレのことを常に考えているくらいだ。鳴き声だって『ヤーンヤンデレデレ』なんだぞ」
「初耳すぎる」
「鳴き声ってなんだよ。長い間ダチやってて聞いたことねぇよ。精々『ぎにゃあーーー』くらいだろ」
この人、テキトーにくっちゃべってないか? なんて考えつつも、ほんの少しばかり面白いと思ってしまったので過度なツッコミは控えておく。
「よせやい、そんなに褒めるなって。謙遜の悪魔ソレホドデーモンと化してしまうぞ?」
「褒めてないよ……」
「そんなよくわからん悪魔になったら俺が
「と、いうことでヤンデレマスターからマトヤにアドバイスだ!」
「台本読んでる?」
「こっちの話を聞こうともしねぇ……」
すぅ、と一呼吸を置いて、マトヤさんが口を開く。
「一度その子をキミから抱きしめてみよう! きっと面白いことにな──」
「じゃあそろそろオチようかな。お疲れさまー」
「おう、お疲れ様! またなー!」
クロスさんの首にロックをかけるセイントさんを見ながらログアウトを選択する。
会話の内容はともかくとして、このギルドもかけがえのない大切な場所だ。日和はこのギルドに入りたいとも言っていたが……。
オレとしては怖いから嫌だとしか考えられないな。クロスさんが面白がって入れる光景が想像できるが、まあ、セイントさんが止めてくれるだろう。
そんなことを考えたらVRの景色が消え、視界が真っ暗になったので、そのまま眠りについた。
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