上層攻略
ヤンデレに権力を持たせてはいけません。何するかわかったもんじゃないから。
と、どこぞの誰かが言ってそうな格言が思い浮かんだが、現実逃避から帰ってきた。
「あっ、でもねっ!? 攻略方法とかは全く知らないから! 大丈夫だよっ!」
「そっかぁ……」
何を言っても無駄なんじゃないかという思いからつい気の抜けた言葉が出てしまう。
「……あっ、そうだそうだ! まだ本題に入ってなかったね!」
「……本題?」
もうお腹いっぱいなんだが?
「ヒヨリがこのダンジョンのクリアを手伝うから、クリアできたらご褒美に村に帰ってきてほしいの!」
「嫌だが?」
即答だった。こんなハメ殺しみたいな技をくらって易々と『わかったー』なんて言えるか。
じゃあ名残惜しいが、このダンジョンは諦めるということで……
「それでそれで、万が一諦めるってなったら……村に帰ってきてほしいの!」
「聞こえてる? というかオメー頭大丈夫か? とんでもないこと言ってるぞ。ご褒美だったら千歩譲ってわかるけど、無理だったらっていうのはマジでわけわかんねぇよ」
選択肢って知ってるか? なんでどっちも同じなんだよ。
「え? ダンジョン攻略できなくてしょんぼりしてるだろうから、村全体で慰めようって……」
「あ、結構ですー」
思わずレシートを断る時の口調になってしまった。いらなすぎる。
「……確認だけど、わっくんは村から出たくなかったんだよねぇー?」
キスすんの? ってくらいグッと顔を近づけてくる日和……まずい、そういうテイだったな。
「……それはもちろん、日和がいる村からは出たくなかったよ」
大嘘を吐いた。ほんの少し善性が傷つかないでもなかったが、平穏のためだ。仕方ない。
「……えっへへ。嬉しいな。ちゅっ」
「……!?」
なんて言いながらオレの頬に口付けをする日和……口付け!? キス!?
もちろんVRMMOなので感触がわかるわけではないが……少しこそばゆい。
「おまっ、おまえ……!」
「あっははーっ! わっくん照れてる〜っ!」
「ビックリしたの間違いだって。な?」
心底楽しそうに笑う日和にほんの少し心が揺れたが、それを認めるわけにはいかないので驚いただけだと自分と彼女に言い聞かせる。
「えー? 照れてるって言ってくれてもいいじゃんっ! ヒヨリは久しぶりにわっくんと遊べてすっごくウキウキなのに〜!」
「……」
模擬戦でオレと戦っているとき、日和は楽しそうに笑っていた。それはきっと、オレがまだ村にいた日々のことを思い出していたからだろう。
それが何故かほんの少しだけ怖かったのは、オレも心のどこかで日和を思い出していたから。
でも、模擬戦の終盤、『ハートブレイク』を打ち込んで、それでもまだ試合が終わらなくて、あと一撃を狙って大地を蹴っていたとき。
オレも久しぶりに心の底から楽しんでいた。
「わっくんはわっくんは!? ワクワクしてる?」
「……今はそうでもないかな」
「え〜〜〜〜っ!?」
正直に伝えると権力を有したヤンデレに調子に乗られそうなので、『今は』と付け加えて誤魔化すことにした。
「というか日和、このダンジョン、やけに敵が多くないか?」
「わっ! 話を逸らされたっ! でもでも、たしかにっ!」
先ほど心の中で『運営ーーーーーー!!』と叫んだ後、オレたちは戦いながらダンジョンを回っているのだが。
……そう、戦ってたんだよな。なんでキスされた?
まあ、それは置いておくとして、戦いながら感じたことは何よりも敵の多さだ。上級者向けダンジョンの中ボスくらいの強さの敵がわんさかと湧いて出てきているのだ。
「その剣の武器スキル、便利そうだけど本人は無防備じゃないか?」
「大丈夫大丈夫っ! この鎧もあるし、ヒヨリは
本人は喋ってるだけじゃね? なんて指摘をするつもりだったのだが、構えを取ったと思えばビームと連携しながら縦横無尽に動き敵を殲滅する日和に唖然となる。
「お前、やっぱりさ……さっきの模擬戦、余裕で勝てただろ」
ミノタウロスタイプの魔物の頭をかち割りながら日和の方を睨む。舐めプされるのが好きな人間なんてこの世にはいない……はずだ。
「やっ、ちがっ! 手加減なんてしてないよっ! ただわっくんを抱きしめたくなっただけっ!」
「それが舐めプなんだろ?」
「違うよぉ! だって、ヒヨリにとってあそこでああしない選択肢はなかったもんっ! わっくんのことが大好きだからっ!」
「お前なぁ……」
好きにさせたオレの実力だとでも言いたいのだろうか。悪気はないのだろうが、少しカチンとくる。
「それに、わっくんだったら初見でも開幕の『ハートブレイク』、弾けたでしょ? 『ラムダ・レイ』にも対応できてたの、凄いよっ! 手の内がバレている同士の勝負だったらどっちが勝つかわからないと思うけど、違う?」
「……まあ、そうなったら何がなんでも負けてやるつもりはねぇけど」
それでも、どこか上から目線のように感じてムッとしてしまう……が、面白そうだと思ってしまうオレも心のどこかに存在していて。
二つの感情にモヤモヤしながら、それを振り払うためにひたすらモンスターを倒していく。
「──なぁ、殆どのモンスターを倒しちまったと思うけど、下層に向かう階段はどこだ?」
「うぅーん、だいぶ歩き回ったもんね。ヒヨリはお散歩デートがいっぱいできて楽しかったけど!」
「お散歩デートってお前……というか、マッピングしてみた限りだとこれで一周しちまったよな?」
マップを確認してみるが、まだ踏んでいない箇所はないように見える。隠し通路か? それらしきものは見えなかったが……
「うん、そうだよねぇ。もう一回歩き回ってみ……って、わっくん! 危ないっ!」
「ああ、わかってる!」
日和のビットと振り返りざまに放ったオレの剣波が蝙蝠タイプの魔物を穿つ。
「わぁ! さっすがわっくん!」
「まあ、このくらいは……って、うぉっ!?」
流石と言われてほんの少しだけ得意げになっていると、地面が揺れて入り口とは反対側の壁が崩れて階段が現れた!
「さっきの蝙蝠タイプの魔物がキーか? いや、違うな……」
「あいつは何回も倒してるもんね……ってことは!」
「「この層のモンスターの全滅っ!!」」
「あっ」
「えっへへ! 被っちゃったぁ〜!」
日和と声が被ってしまった。嬉しそうにニコニコと笑っているのがなんだか照れ臭くて、思わず顔を背ける。
まあ、モンスターの全滅が階段出現のキーだということは間違っていないだろう。前例がないわけでもないし……ここまで強力なモンスターが大量に押し寄せてくることはなかったが。
「それじゃ、次の層に進んで〜、どんどん進も〜! ……って、言いたいところなんだけど」
「どうした……ん、もしかしてそろそろオチる時間か?」
時刻を確認すると、午後9時30分になっていた。
まあ、ギルドで出会って模擬戦をして、ダンジョン攻略も……なんてしていたらこんな時間にもなっているか。人によってはまだまだこれからな時間だが。
「うん、そうなんだぁ。ご飯も食べなきゃだしお風呂も入らなきゃだし〜……10時には寝なさいって言われてるの」
「ははっ、権限のある村長になってもその辺の家みたいな決まりはあるんだな」
「ん、まぁね〜」
「……? ま、そういうことならとっとと中層を踏んで終わろうぜ」
どこかそっけない返事に疑問符を抱きながらも歩を進める。めちゃくちゃなことをやってくる幼馴染に対してであっても、わざと遅延するような行為をするのはよくないだろう。
「……うん、寂しいけど、また明日ね!」
「また明日……はいはい、また明日な!」
突破したら村に帰ってきてもらう。これを冗談で言っているのかそうでないのかで言うと恐らくマジなのであろうが……
それでも、あの頃のように自然と『また明日』という言葉が口に出た。
「……ん。えっへへ! また明日ね〜っ!」
やけに長い階段を下り終え、二層の地を踏むと、日和は手をブンブンと振りながら消えていった。
『デイさんがログアウトしました』
視界の右下にあるログウィンドウにそう表示され、小さく息を吐く。
「……まさか、こんなところで日和と再会するとはなぁ」
「オレはまだ起きてよっかな……よし」
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