サプライズ

「……日和?」


 オレのことをわっくんと呼ぶのは日和しかいない。いないはずだが……その事実を信じたくない。


「えっへへ、気づいてなかった? じゃあサプライズだっ!」

「サプライズだっ! じゃなくて、なんで此処にいるんだよ!」

「わっくんにどうしても会いたくて!」

「会いたくて……って、いやいやいや」


 訳がわからない。数年前に捨てた村の幼馴染が、どうしてこんなところにいるんだ?


「いやいやじゃないよっ! どれだけヒヨリが捜したと思ってるの!」

「頼んだ覚えはないって! お前だってよくわかってるだろ! オレは! オレの家族は村を捨てたんだぞっ!」

「……っ」


 デイさん、いや、日和の表情が歪む。


「大丈夫、ヒヨリは知ってるよ。お母さんが大変な病気になって都会の病院に入院しなきゃいけなくなったこと。ヒヨリは知ってるよ。わっくんは優しいから、本当は村から出て行きたくなかったけど家族について行くことにしたこと」

「…………」


 いや、一つ目は合ってるけど二つ目は全然違うからね? オレ、お前が怖かったから母さんの病気に乗っかって村を出ただけだからね?


 そう、オレと日和は小学生までは相思相愛という感じだったのだが……中学生になってからはだんだん重くなっていく好意に引いていたのだ。

 中学生になっても平気で一緒に風呂に入ろうとしてくるし、トイレまで着いてこようとする。それを宥めても『お嫁さんになるから』なんて言って聞かない……前者はともかく後者は結婚しててもしねーよってめちゃくちゃツッコミたかったんだぞ。


「だってヒヨリはわっくんのお嫁さんだもんね? ヒヨリがお嫁さんでも嫌じゃないって言ってくれたもんね? 可愛くて性格も合うお嫁さんなんて最高だって言ってくれたもんね? そんなお嫁さんを捨てて村から出ていくなんてお母さんの病気っていう理由がないとおかしいもんね? ね? ね? ね!? ……ねぇ?」


 ……小学5年生のオレへ。くたばれ。

 思えばあの日以降から日和の密着具合が上がった気がする。

 というか、圧が怖すぎて漏れそう。現実世界でやらかしてないよな? やめろやめろ! どんどん顔を近づけてくるなって!


「や……そ、そうだなー。村からは出たくなかったなぁ」


 ここで話を合わせておかないと後が怖いような気がして頷いてしまう。


「うんうんそうだよね! だからねっ、ヒヨリが迎えに来たんだぁ!」

「ちなみにどうやって?」

「わっくんのお母さんがね、最近わっくんがゲームにハマっていることをMINEで教えてくれたの!」

「……ああ」


 母さあああああああん! なんでコイツとメッセージアプリやってんだよ!!

 ……いや、でも母さんには気を遣って日和に引いてることを言ってなかったからな。息子の幼馴染ってことでアカウントを教え合ってるところはあるかもしれない。

 ──というか、待てよ? それを聞いてるなら……


「……ねえ、わっくん。お義母さんの病気、奇跡的に完治したんだよね? ヒヨリ、お義母さんの病気が治ったって聞いて、これでわっくんが戻ってこれるってピョンピョン喜んだんだよ? まだかなーまだかなー? わっくんはまだかなーって、ウズウズしながら待ってたんだよ? それなのに待っても待っても戻ってこなくて」

「それは……いや、えーっと」

「ゲームが楽しかったのはわかるよ? ヒヨリも、やってみてすっごく楽しいなぁって思ったから。でも、村に帰ってきてからでもゲームはできるよ? そうすればゲームの中でも現実でもずっと一緒にいられるのに」


 ゲームの中でも現実でも? そんなの怖すぎる!


「いや……というか、どうやってオレのアカウントを特定したんだ? 知ってて来たんだろ?」

「うん、もちろん! えっとね、運営さんを脅……じゃなくて、お願い……お話ししたの!」

「なんか今物騒な単語出たよな!?」


 脅すって言いかけなかったか!? 一女子高生がなにやってんの!?


「大丈夫だよ!『せっかく大きくなった事業を潰されたくないですよね〜』って、ほら、こんな感じの柔らかい口調で言ったから!」

「内容が全然柔らかくねぇんだよ! 運営も運営でよく女子高生に屈したな!」

「へっへーん! 今はヒヨリが村長だからねー!」


 ヒヨリが村長に……?


「いや、その話、今関係あるのか?」

「うん! だって村長の権力を使ってお話ししたんだもんっ!」

「村長の権力ってなんだよ……今は立派な大企業になった運営が一自治体の長に屈する訳が」

「あっ、わっくんは教えてもらってなかったんだぁ? えへっ」


 いかにもイタズラな笑みを見せる日和。どうやら冗談で言ってるようにも思えない。

 マジで言ってんのか? 『村長』ってそんなにヤバいものなのか? だとすれば父さんは何で教えてくれなかったんだよ。


「……えー、なんだよもう。運営に頼んで特定してもらうって、どうしようもないじゃん。オレ訴えたら勝てるんじゃね?」

「えへへっ、勝てるとは思うけど、可哀想だから勘弁してあげてねっ」

「勘弁してあげてって……」


 どこから目線の言葉なんだ。


「というか、そんなことが出来るくらいならオレの住所も知ってるだろ。実際に来ようとは思わなかったのか?」


 いや、来てほしくないけど。


「あっはは、村長はこの村から出られないから……」

「そういえばそんな規則があったような……」


 その規則のおかげで襲撃は免れていたんだな。ありがたい、というのが正しい言葉なのかはわからないが。

 少し同情してしまう、という気持ちが湧かないでもない。


「でもねでもねっ! ゲームなら、ここならわっくんを迎えに行けるって思って! ヒヨリ、すっごく頑張ったんだよっ!」

「ちなみに、その武器と防具は運営が……?」


 見たこともない武器と防具。さっきの話と合わせるともしかするな……と恐る恐る尋ねてみる。


「ううん! 言ったでしょ! すっごく頑張ったって! この武器も鎧もすっごく頑張って作ったの! そうすればトッププレイヤーのわっくんにも相手にされるって思って!」

「どうやって……?」

「ネタバレになっちゃうけど大丈夫?」

「……いや、いい!」


 表情と話し方でなんとなくわかる。日和は本当に努力をして今の武器防具を手に入れたのだろう。それも、オレと会って話したいという執念で……


「あっ、でも、ちょっとだけズルしちゃった……」

「ズル?」

「ギルドに入っていない人が入場制限がかかっているギルドに入れるバグ……アレを復活させるように頼んじゃった」

「なんてことしてんだ」


 んで運営もバグを復活させるなよ。何やってんだよ『Sugoku Omoshiroi Online』運営は。


「あとね、今入ってるこのダンジョン……」

「……待て、やめろ。聞きたくない」

「ヒヨリが作るように頼んじゃったっ! えへっ」


 『Sugoku Omoshiroi Online』運営ーーーーーーー!!!

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