模擬戦
「ごめん、僕は乗らない」
一時間ほど経ってやって来たクロスさんにそう告げられる。
「……理由を聞いても?」
「僕はセイントと潜りたいから」
「でもよぉ、突破を考えるんならマトヤとお前の方が」
「うん、それは僕もそう思う」
それなのにセイントさんと潜りたがる。
……うん、なんとなく話が見えてきたな。
「……もしかしてさぁ、それって俺が二人用ダンジョン好きじゃないのと関係あるか?」
「そうだね。嫌がるセイントを連れ出すの絶対面白いもん」
「やめろよぉ!俺、地力が試される少人数ダンジョン苦手なんだよぉ!」
……この人はこういう人だ。
アバターは中性的な凛々しいエルフなのだが、中身は結構な変人なのだ。
「苦手は克服しないと。そうでしょ?」
「それはそうなんだが……そういう目的で言ってるんじゃないじゃん、お前」
「僕のダンジョン進行でお前を八つ裂きにしてやる」
「味方に言うことじゃねぇだろ! てか進行で八つ裂きにするってなんだよ!」
始まったぞ……オレはこのギルドの古参なので割と見慣れた光景だが、新参者のラチェルさんには刺激が強いかもしれない。
「ラチェルさんラチェルさん、これ絶対長くなるやつなんで模擬戦でもやりませんか?」
「えっ、いいんすか!? 対人イベ一位に稽古つけてもらえるなんて光栄っす!」
「はは、一位とったのはたまたまですって。参加していない強者もいるはずですし……それにしても、どうしようかな、ダンジョン攻略」
たまたまだと謙遜してはいるが、全体の対人トーナメントで一位を取ったのはかなり自慢に思っている……のはどうでもいいとして、二人用ダンジョンの相手、どうしようか。
いっそ、ラチェルさんを鍛えて……
「あのー」
「ん!?」
「おわっ!?」
聞き馴染みのない声に反射的に驚いてしまった。延々と言い争いを続けていた二人でさえ声の方向を見つめている。
その声の主は、真っ白いボブカットの人間女性だった。
白銀の鎧に金装飾の剣を携えているが……あんな武器、あったか?
「い、いつからそこに……?」
「というか此処、ギルド員以外入れないはずだろ?」
「そこのクロスさんという方と同時に入ってきたんです」
「ああ、あったねそんなバグ」
ギルド未加入のプレイヤーがギルドに入るプレイヤーとほぼ同時に入室すれば、そのギルドの入室設定を無視して入ることができるというバグだ。まだ直っていなかったのか。
「ああ、不具合だったんですね。すみません、そうとはつゆも知らず」
「まあ、こういうことは誰にでもありますし……それで、間違えて入ってしまったまま話を聞いていたってことですか?」
突然のことに思わず敬語で尋ねてしまう。いや、初対面の相手への対応としては間違っていないのだが。
「はい、そうです。ダンジョンへ行く相手を探しているということですけど、ワタシとかどうかなーって」
「どうかなーって言われましても……」
オレたち、初対面だし。一度組めばそのダンジョンに行く際には固定になるのはかなりリスキーだろう。
「それと、間違って入ってしまったのも何かのご縁ってことで、このギルドに加入させていただきたいなーって」
「結構図々しいんだねキミ」
クロスさんが小さくため息を吐く。
このゲームのギルド員の人数は15人で『セイントクロス』の人数は14人。一応枠は空いているのだが……
「ちょっと待ったっす! アタシ、このギルドに入るために腕を磨いたり何回も面接をしたりしたっす! 貴重な最後の枠をぽっと出に取られるのはなんか嫌すよ!」
なんか嫌、というざっくりした言い方だが、言わんとすることは理解できる。
「ふぅん、それでは……模擬戦、やってみます? 入れる入れないはともかく、何かの判断材料にはなるかもしれませんよ?」
ね? とこちらに向けて微笑みかけてくる女性に、どこか背筋が凍る様な感覚を感じながらも頷き返す。
「まあ、見るだけなら……」
「それじゃあアタシが相手するっす! 御三方が出るまでもないっすよ!」
「ふむ、これはこれで面白そうじゃないか」
「ま、減るもんでもないしな……」
と、全員の同意を得た上でギルドハウス内の模擬戦場へと舞台が移った。
……のだが。
「──マジか」
「これは……興味深いね」
「……一撃、か」
「あ、あり……ありえないっす!」
勝負は呆気なく終わったのだ。
試合開始と同時に白髪の女性が剣技を発動し、それが命中したことでラチェルさんのHPが0になるという幕切れで。
「……ふふ、何か判断材料になりましたか?」
「いいね、面白いよ。次は僕が行こうかな……と見せかけて、マトヤくん、行ってきて」
「オレ!? いや、でもたしかにそれが一番手っ取り早いですよね」
仮にオレが彼女に負ければ他の面子と戦う理由は薄れる。それに、ダンジョン攻略を目指しているオレが直接彼女の実力を見極めた方がいいだろう。
「あら、もう大将ですか? うふふ、楽しみです」
「ギルド長は俺なんだけどな……」
「……」
セイントさんの悲しいボヤきはさておき、この女性、相当できる。
最初から全力で行かないとな。
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