アーツと女神

 アメリーにまたねと言ってアーツ教室の開催場所から離れた私と栗色の髪で目元を隠したスカウトの少女、ラトは、ギルドの訓練場に来ていた。

 訓練場には男の冒険者ばかりおり、空き地に女冒険者ばかりだった理由が分かった。


 なんか、汗臭い。

 獣人としての優れた嗅覚をセーブして、人間レベルに下げているにも関わらず臭う男臭さというものに気分が悪くなりそうだ。

 傍らにいるラトちゃんの顔色も悪いように見える。

 なので、訓練場の一角を借りて、そこに友人がやっている魔道具屋で売っている消臭薬をぶちまける。

 すると、私たちの周りの空気が澄み、臭い匂いが無くなった。

 これでよし。

「臭い匂いも無くなったところで、まずは何を教えてほしいのかを聞きたいな。ラトちゃんは何を教えてほしい?」

 聞き方はこんな感じで良いだろうか?

 この子、緊張すると小動物みたいにブルブル震えるからぁ。

 スカウトとしてはこの臆病さも武器になるかもね。


「じ、実は・・・アーツを・・・」

 やはりアーツか。

 あそこにいたのだから何らかのアーツを覚えたかったのだろうが、専門外だからなかなか覚えられなかったって感じかな?

「どんなアーツを覚えたい?」

「そ、そのぉ」

 ラトちゃんはどもりながらも、なんとか答えた

「アーツって何か知りたいです・・・」


 ・・・そっちかぁ。

 もしかして、この子の親は冒険者とかの戦闘系の職業とは無縁だったのかな?

 そもそもアーツって、技とかスキルとかいろいろと呼び名があるけど、どういうものなのかを知っている人は低ランクの冒険者の中では少ない。

 高ランク冒険者はアーツ持ってないとなれないレベルだから、だいたい知っているので忘れてた。

 図書館に行けば分かるけど、この子みたいな初心者は武器や防具、道具などを買わなきゃいけないから行く機会がないしお金もないか。


「そっか、それじゃあアーツについて説明するね。でもその前に質問。この世界の主神って誰か知ってる?」

「あ、はい、知ってます。・・・女神ヒストリア様です・・・」

 やっぱり知っていたか。

 この世界の人ならば子供でも知っている常識、それが主神である女神ヒストリアだ。

「正解!じゃあ女神ヒストリアの司る権能は?」

「え、えーっと全能?」

 うん、これは知らない子もいるよね。

 なにせこの世界の唯一の神と言っていいからね。

 やっぱり神は全能って思ってしまうのも無理ないか。


「やっぱりそう思うよね。神は全能って昔から言われてるから間違えるのも当然。正解は物語だよ」

「え、も、物語、ですか?」

「うん、物語と言ってもいろんなことができるらしいけどね。アーツとかも女神ヒストリアのおかげで使うことができるらしいからね」

「そ、そうなん、ですか?」

「そうそう。それじゃあアーツの起源を物語形式で話すね」

「え、え?」

「理由はその方が分かりやすいから。それでは始まり始まり・・・」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 昔、あるところに1人の剣士の男がいました。

 その男は、人生をかけて自分の剣術を磨き、様々な技を生み出しました。

 その剣は、誰も倒せなかった恐ろしいモンスターを一刀両断し、なまくらの剣で龍種のウロコを切り裂くほどだったそうな。

 だけど、彼の剣はついに終わりを迎えます。

 寿命です。

 どんな恐ろしいモンスターを倒せても、どれほど硬い物を斬ることができても、自分の老いはどうすることもできませんでした。

 男は恐れました。

 自分が死ぬことではなく、自分が生涯鍛えてきた剣の技が失われることに。

 しかし、今更誰かに継がせようとしても、剣一筋だった男には子どもはおらず、弟子も取らなかった為、どうすることもできませんでした。

 剣士は、生まれて初めて神に願いました。

「どうか、私の技を継ぐ者が現れるように」と。

 今まで剣の修行がてら、多くの命を救った男の初めての願いを女神ヒストリアは聞き届けました。

 そして、男に言います。

「あなたの願いを叶えましょう。以後、誰もがあなたの技を使えるように。あなたのような戦士たちの技を失わないために私は記録しましょう。あなたの技を、あなたたちの生きた証を」と。

 女神は、男の技をすべて記録すると、世界中の人々に男の技を使う権利を与えました。

 そして、女神は世界中の強い戦士の技を記録し、誰もが使えるようにしました。

 こうして、男の、過去の英雄たちの技を借りて使うことができる現象、アーツが誕生したのでした。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「以上です。ご清聴ありがとうございましたってね」

「ほへー、そんな感じなんですね。アーツって・・・あっ」

「大丈夫だよ、今みたいに話していいからね。それの方が私としては嬉しいから」

「あ、ありがとうございます・・・」


 よし、この子の素も見れたし、もう少ししたら気楽に接してくれるかも知らない。

 こう見えて私は嬉しいのだ。

 なにせ冒険者、しかも、スカウトのルナと同じスカウトの後輩ができて、その子に自分の知識を教授しているのだ。

 いわば、この子の師匠になったも過言ではない!

 いつしか、ルナ師匠と言って慕ってくれるかもしれないから先輩として張りきっているのだ。


「うんうん。それじゃあ続きを話すね。つまり、アーツとは女神ヒストリアが収集した昔の人の技の再現なんだけど、女神はタダではアーツを使用させてくれないんだ」

「そうなんですか?ではどうやってアーツを使えるようになれば・・・」

「それはさっきのアーツ教室でもやっていたようにアーツの練習をすること。その技を使う権利は出したけど何の努力もしていない人物に使わせないってことらしいよ。練習を繰り返して、その人にアーツを使う資格があるって女神が思えばアーツを使えるらしいよ」

 つまり、アーツの練習とは「アーツの使用許可の申請」ということだ。


「ん、なるほど。・・・え、ということは、女神さまは私たち1人1人のことを見ていてくださっているってことですか?」

「そうなるね・・・。でも見てくれるのは努力だけって感じだね。女神が見ていてくださるといっても何でもかんでも神頼みせずに自力で頑張らないと何も成し遂げられないよ。まぁ、ラトちゃんは大丈夫そうだけどね」

「は、はい。頑張ります・・・」

 そう、女神ヒストリアは努力する者の味方と言われている。

 だから、悪事を働いても神の裁きは落ちないし、暮らしが貧しくても助けてくれない。

 悪人でも善人でも努力をすればそれ相応の祝福が与えられる。

 まぁ、悪人は死んだら地獄に落とされて生前の罪の清算をしなきゃいけないらしいけどね。


「よし!アーツとは何かは大体教えたから次はアーツの習得だよ。それじゃあ」

 ここで私は気が付いた。

 私、ラトちゃんがどの武器を使っているか知らない。

 同じスカウトでも使う武器は様々で、短剣主体の戦法をとる人や弓を使う人、罠だけで相手を追い詰める人だっている。

 そして、私は短剣とか罠を使うけど、弓は使ったことがない。

 ラトちゃんが弓以外の使い手なら教えられるけど・・・。

「ラ、ラトちゃんって普段はどんな武器を使っているの?」

「わ、私は普段・・・弓を使ってます・・・」


 私はその場に崩れ落ちた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

≪神は嫌いだ≫


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