崩壊
◇◇◇◇◇
化け物を退治した後、松村たち6人は島の内陸にある建物……島の管理に使われていた……に辿り着いた。頑丈なコンクリート製であり、しっかり鍵もかけられる。仮に”それ”が再襲来しても突破できないだろう。
管理棟は1年ほど使われていなかったものの、少々埃っぽいだけで、それなりに快適な空間だった。
中央の事務所、そして事務所に直結した給湯室とユニットバスがあるだけ。給湯室の窓には鉄格子がはめられていて外からの侵入は不可能だ。水道(雨水を浄化して溜めてある)やトイレは使用できる。
しっかり施錠してやっと一安心だ。時刻は夜11時。
6人は話し合い、交代で見張りをしつつここで休む事にした。見張り役は事務室でバットやスコップを持ち、ただひたすら外を警戒する。2人ずつ2時間交代で務めることとなった。
とは言え、化け物が入ってくるとしたら玄関か事務室の窓しか考えられない。そして玄関はちゃんとした扉を厳重に施錠してあるから、実質警戒すべきは事務室の窓だけだ。まぁ、気休め・心配だから一応、という程度の見張りである。
最初の2時間の見張りは、松村ともう1人…鈴下 瑞稀に決まった。じゃんけんで負けたのだ。他は事務室で雑魚寝する。
「私ゃシャワー使わせてもらうわ。返り血付けたまま寝る気にはならない。」
リョウコはバットを鈴下に渡してユニットバスのある部屋に入って行った。
「あー次俺な。」
ダイも彼女に続いて部屋に入っていく。
「は?覗くなよダイ。」
「誰が覗くねん!」
かくして事務室内には見張り2人、寝ているのが2人になった。
松村の鼓動が早くなった。
彼は鈴下に片想いしていた。だから正直、この状況は嬉しかった。他のメンバーは寝静まり、もしくは風呂場にいる。危機的な状況で好きな人と2人で警戒……映画によくあるシチュエーションだ。鼓動が大きくなり、隣の鈴下にも聞こえてしまいそうなほどだった。
「化け物、また来るかな?」
鈴下に突然話しかけられた。彼女は松村のすぐ横の壁に寄りかかる。仲間を起こさないためか、はたまた異形の襲来に怯えているのか、その距離はとても近かった。体温を感じられるほどに。
松村はなんて答えたら良いかわからなかった。
「大丈夫だよ……きっと。」
そう言って作り笑いするのがやっとだった。
「ふふふ、ほんとは怖いんでしょ。」
「すっ…鈴下さんこそ……!」
2人は視線を合わせ、そして笑い合った。
すると風呂場からリョウコとダイの声が聞こえてきた。アイツらイチャイチャしている。見張りの2人は気恥ずかしくなり、そっと視線を逸らした。
この状況でイチャイチャできるのかと驚くと同時に、隣にいる片想いの人と気まずくなってしまうじゃないかという気持ちになった。
◇◇◇◇◇
「……話がズレてるわけじゃない、これもあとで重要な意味を持ってくるんです。で、その時…。」
◇◇◇◇◇
流石に気まずくなり、鈴下に何か話しかけようかと思った、その時。気持ちの悪い音がした。
ヴチュ……グチュグチュグチュ………
ひき肉をかき混ぜたときのような音。何処からかと思い部屋を見渡すと、雑魚寝していたタクヤがピクピクしているのが目に入った。
「おいどうした?タクヤ……?」
タクヤの腹が異常に膨れたかと思うと、血が吹き出した。噴水の如く高らかと噴き上がった血に、見張りの2人は叫ぶことしかできなかった。
タクヤの反対側から、もしくは風呂場から、恐る恐る様子を覗き込む。タクヤは痙攣を続けていた。いや、何かが身体の中で蠢いているかのようだった。
やがて手がピクンッと動くと、指の骨がバキバキ折れる音とともに指が伸び出した。
苦しむように開かれた口からは舌が飛び出し……口から30センチほどの高さまで伸びた。目は白目を剥き、血が溢れ出した。
穴の空いた腹部から何かが複数這い出してくる。ドス黒い赤に染まったそれは、蠢くミミズのような何か……今思えば”触手”みたいなものだったのかもしれない。
ゆっくり立ち上がるタクヤ……いや、”それ”。彼はもはや人間ではなく、怪物に変わり果てていた。肉体のあらゆる部位が変形してグジュグジュ蠢き、その傷から謎の体液を滴らせている。肩の高さは左右で大きくズレていて、半開きの口からは長い舌が出入りする。
「うっ……うわぁっ‼︎‼︎」
錯乱したマサルが、鈴下からバットを奪い取り、”それ”に殴りかかった。残りのメンバーは玄関を開錠し、脱出経路を確保する。
バットは”それ”の肩を強打。柔道で鍛え頑丈だったはずのその肩はいとも簡単に変形してしまった。
しかし。
“それ”の腹部から触手が躍り出た。無数のそれらはマサルの身体をがっちり固定。彼は逃げようとするが、全く外れる気配がない。
グパァァ……
化け物の口が大きく開くと、その口が裂け始める。まるで蛇の如く、皮膚が裂け、口が頬の辺りまで広がった。そして口の中から出てくる長い舌。先端はハエトリソウの”口”のように…第二の口、インナーマウスとでも言うべきか…に変形していた。
マサルにとっては絶望だっただろう。逃げられないようにされて、目の前で友人が化け物へと変わりゆくのだから。そしてすぐ訪れるであろう自分の運命を予期して…。
「嫌だ!死にたくない‼︎」
しかし、彼の声は”それ”の口に飲み込まれた。伸びたインナーマウスがマサルの頭にかぶりつき、そのまま彼を持ち上げた。信じられない力だった。そうして”それ”の裂けた口が彼の頭を覆った。化け物はマサルを逆さにして頭から頬張ったんだ。
◇◇◇◇◇
「それはもう信じられない光景でしたよ…。体重70キロはあるマサルを舌だけで持ち上げ、ひっくり返して食べちゃうんです。いや、食べてたのかすらわかんないけど…。ともかく僕たちはびっくりして、管理棟も捨てて逃げる事にしたんです。」
◇◇◇◇◇
タクヤが化け物に成り果て、マサルが食い殺されたことで、メンバーは4人になっていた。たった4人で深夜0時、真っ暗な森を走っていくのは恐怖でしかなかった。後ろから”それ”が追ってきているようにすら感じられた。
着の身着のまま逃げてきたため、荷物もほとんど手元にない。しかしそのおかげで速く走れたとも言える。風呂場から飛び出してきたダイとリョウコは肌着しか着れなかったようだが…。
松村も仲間も何度も転んだ。それでも必死に走り続け、森を切り拓いて作られた広場が見えてきた。
「広場まで走れっ!」
松村は仲間を励まそうと振り向いたが、その途端「ひぃっ」と情けない声を出してしまった。最後尾を走る1人が”それ”になりかけていた。服装から辛うじてリョウコと判断できた。
皮膚が水飴のように溶け、前傾姿勢でフラフラと走っている。彼女の顔がこっちを向いたが、その目の焦点は合っていなかった。
一行の目の前で倒れるリョウコ。肉体を破壊するような音と共に、彼女の胸部が体内から貫かれた。骨や肉を押し除けて出てきたのは、人間が生み出したとは思えないような6本の”脚”。まるで地蜘蛛のような…。
血に染まった”脚”は彼女の身体を持ち上げ、松村たちの方に駆け出した。”それ”は人間の足で走るより、蜘蛛のような脚で走る方が速いと気づいたのだろうか。
◇◇◇◇◇
「思い出すだけでも吐き気がするほど気持ち悪かったです。それにめちゃくちゃ速かった。もしダイが手持ち花火を持ってきてなかったら、僕らもあそこで死んでたと思います。」
◇◇◇◇◇
ダイはたまたま持ってきていた花火に点火した。鮮やかな火花が夜の闇を照らす。その光か、もしくは臭いに驚いたのか、リョウコだった”それ”は一目散に森の中に逃げていった。地面には血の跡が点々と続いていた…。
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