ヒトガタ
佐藤特佐
島の怪
佐々木 賢治は、先輩刑事の後に続いて部屋に入った。
薄暗い部屋には机が一つポツンと置いてあるだけだ。そしてその机の向こう側に若い男が座らされている。彼は顔色が悪く、目は落ち窪み、髪はボサボサで、とても清潔とは言えない身なりだ。そのうえかなり痩せこけていて、1発軽く叩かれただけで骨折しそうなほどだった。
佐々木は、気味が悪いな、と思った。もっとも彼は新人であり、取調室の雰囲気に慣れていないだけかもしれないが。彼は自分にそう言い聞かせ、平常を装って被疑者の対面に着席した。
あらかじめ聞かされていた話によると、被疑者は数日前に殺人の容疑で逮捕された。友人が所有する島のキャンプ場で友人5人を殺し、死体を森に遺棄した。近くを通りかかった漁船が溺れていた被疑者を引き上げ、不審に思った船長が警察と海上保安庁に通報。彼らの捜索で森から被害者の腐敗した遺体が複数人分見つかったという。
「これより被疑者・松村 康二への取り調べを始める。」
隣の席の先輩刑事は淡々とした口調で取り調べを開始した。佐々木は今回は先輩のアシストや雑用が仕事だ。基本的に隣で話を聞いているだけで良い。それでもかなり緊張しているが。
「……はい。」
被疑者…松村は俯いたまま、か細い声で返事をした。
「さっそくだが、今日も事件について話を聞きたい。何があったのか、なぜ殺しをしたのか、しっかり話してくれ。」
先輩刑事は淡々と、しかし被疑者に促すようにそう切り出した。そしてこう付け加えた。
「妄想ではなく、ちゃんと事実だけ述べてな。」
「ですから、昨日もお話しした通りで…。はぁ、仕方ない、もう一度話しますよ。」
松村は俯いたままボソボソと話し出した。その内容に、佐々木は恐怖することになる。
◇◇◇◇◇
松村たち大学の仲良しグループは、夏休みを利用して1週間のキャンプにやって来た。場所は小笠原諸島の一角。彼の友人の親戚が所有するキャンプ地で、彼らグループのため特別に貸切にしてくれたという。
男4人、女2人の合計6人。全員大学生。若いのを良いことに大はしゃぎしていた。日中は海でダイビングや魚釣り、カヤックを楽しみ、また、砂浜でビーチバレーや筏作りもした。夜には酒を飲んでバカ話に花を咲かせたり、肝試しと称して島の森を探索したりした。
思い出作りは順調で、6人の友情はより固くなっていった。
◇◇◇◇◇
「たしか3日目の夜でした。”あれ”がやって来たんですよ…。」
松村はより俯いた。そして少しずつ、事件の始まりを語り出した。
「その夜は……」
◇◇◇◇◇
その夜は皆酔ってしまい、みんなで小屋の中でぶっ倒れていた。松村がふと目を覚ますと、何か物音がする。ジャリッ、ジャリッ……と。そして音は少しずつ近づいて来た。
彼は直感的に理解した。この小屋から砂浜まで20mほど砂利道になっている。誰かがその道をこちらに向けて歩いて来ているのだ。そう、海の方から……。
「みんな起きろ。」
彼は寝ている皆を叩き起こした。全員小屋の中にいる。そしてこの島は個人所有物かつ貸切、つまり彼ら以外に誰もいるはずがないのだ。それもこんな夜中に来客など考えにくい。
「……んだよ松村…。」「あぁぁ気持ち悪りぃ」
渋々起きた仲間たちは松村の話を聞かされた。
「は?聞き間違いだろそんな音。」
友人の1人はそう言って、なら確認してみよう、と起き上がった。
ジャリッ………ジャリッ………
音はもう近くまで近づいている。友人は音を聞いて、躊躇なくカーテンを捲った。露わになったガラスには……室内の光景が反射して映っているだけだった。
「やっぱ気のせい……」
その瞬間、彼らの目の前、ガラスを挟んですぐの距離に”顔”が現れた。いや、顔と呼んで良いのか。その顔の皮膚は異常に腫れ上がり、目は白目を剥いており、半開きになった口に生える歯は欠けていた。水浸しになったその”顔”の持ち主は、こちらに気付き、視線を移した。
黒目がないのに、こっちを向いていると何故か理解できた。
ゔおぉぉぉゔぅぅ……
半端に開けられた口から声が発せられる。
そして”それ”は手を伸ばしてきた。ガラスにベッタリと手形が付く。
「うっ……うわぁっ‼︎」
我に帰った友人たちは急いでカーテンを閉めた。視界から”それ”を消すことで何とか落ち着こうとしたのだ。しかし、ここで別の仲間があることに気がつく。
「玄関……ドア閉めたっけ?」
ガシャン
後方で何かが落ちる音がした。一行は真っ青になり、ゆっくり後ろを振り向く。
玄関のドアから”それ”が覗いていた。角から顔を半分だけ出して、白目でこちらの様子を伺っている様に、彼らは呆然と立ち尽くした。
シトッ……
”それ”が部屋に入ってくる。液体を滴らせながら。
その姿はウエットスーツを着た人間そのものだ。しかし、やはり生気を感じさせない顔、傷だらけであちこち破れ血がついているウエットスーツ、変な方向に曲がっている腕関節など、人間でないことに間違いはない。
「ぎゃぁぁぁぁぁ‼︎‼︎」
1人が限界を迎え、叫び声をあげた。その瞬間他の人の恐怖も爆発する。
「窓っ!窓開けて逃げろ!」
1人の呼びかけで皆一斉に窓に殺到する。大きめに作られた窓が幸いして、人1人は十分通れるサイズだ。
◇◇◇◇◇
「僕たちは窓から外に逃げ出しました。真っ暗でちゃんと見てなかったけど…逃げ遅れたタクヤが”それ”に捕まれ、変な液体をかけられたらしいです。本人から聞きました。」
◇◇◇◇◇
タクヤは”それ”に捕まったが、彼は柔道経験者だった。蹴りを入れて”それ”をぶっ飛ばしたらしい。待っているとタクヤはノコノコ出てきて、顔についた液体を拭き取りながら言った。
「アイツ足折れたな。」
彼の言葉通り、彼らを追って姿を現した”それ”は右足を引きずっていた。無惨にも骨が飛び出している。普通の人間なら行動不能だ。しかし”それ”は少々歩きにくそうにしているだけだった。ゾンビなのだろうか。
ゔぅぅぅ……
“それ”は腕を地面につけて四つん這いになると、そのまま前進してきた。4足歩行になったのだ。地面を這ってくる人型の”それ”。とても不気味な光景に、一行は固まってしまった。
並の人間なら腰を抜かしながら逃げ出すだろう。しかし、メンバーにいた彼女は違った。
野球女子・リョウコ。持ち込んだバットを構え、不気味な化け物の前に立ちはだかる。彼女は県大会で活躍したこともある実力のフルスイングを”それ”にお見舞いした。
グシャッ
“それ”は呆気なく頭を潰された。血飛沫を撒き散らし、頭半分が陥没した。それでも下半身はまだ動いていたので、みんなで棒や石を持ち寄り、タコ殴りにした。思ったより柔らかかった。
しばらくして”それ”は完全に沈黙した。ピクリとも動かない。一行は息を切らしつつ、危機を脱したことを喜んだ。
「にしても、コイツ防御力は並の人間以下ね。」
死体をバットで突きながら、リョウコが言った。
「そりゃあんたに殴られりゃそうなるよ。ゾンビみたいなやつなのかな…?」
松村はそう答えて笑った。いや、恐怖を隠した引き笑いだった。
◇◇◇◇◇
「僕たちはこれで終わったと思ってました。朝になったら島を出て、化け物と遭遇した話を警察に届けようとしてました。……あぁ、この島は電波繋がらないので。でもこれで終わりじゃなかった。まさか、あんなことになるなんて……。」
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