第4話 ヒトと魔物 ⑸

 少し遡り、ボル達が捜査を始める前日の夕方、凜は一人で仰向けで寝転んでいた。

 今アリの巣の最下層の部屋にいるのは凜だけ。

 オルミーは働きアリたちに今決まったことを伝えるために部屋から出て行き、蜂たちはさっき巣に戻ったところだ。夜にもう一度もどってきて、人間を渡すのだが。

 今寝転んでいるのはいつもオルミーと一緒に寝ている台の上だ。

 久しぶりに一人になった気がする。

 最近は忙しかった。もちろん寝る時間やオルミーと雑談する時間があったが、だいたいオルミーを触っていたから私的には忙しかったのだ。

 まだこの異世界に来て1週間くらいなのにいろいろな事がありすぎた。

 今では凜は自分の服装であるゴスロリ衣装を変に思わなくなっていた。最近かなり子供っぽくなってるし。体に精神が引っ張られてるのかもしれない。

 まあ前世も一人でやりたいことを研究していたため、自分が思っているより凜はもともと子供だったということも関係しているだろう。それに最期らへんはオタクになっていたし。


 自分の着ているゴスロリ衣装の汚れを見るとナミちゃんのことを思い出す。

 悲しい記憶であり、私に勇気を与えてくれる記憶。

 ナミアゲハのナミちゃんに守ってもらってからこの世界を本気で変える決断をした。魔物について詳しく知り、守り、協力していこうと決めた。

 そしてクロヤマアリとニホンミツバチと仲間になれた。オルミーとクイン、他にも案内アリさんとかと友達のように仲良くなれた。

 人間も殺した。

 地球では法のせいでできなかった。生き物を平気で殺す人間を殺したいと常に思っていたが、さすがに冗談半分だった。

 でもこの世界では人間の法には従わない。私は魔物側に付くから。

 今まで大変だったと言うわけではないけど、意外と自分は頑張れてると思えた。


 そろそろ服は洗いたいなぁ。

 服を見てこれまでのことを思い出していたからか、いきなり服を洗いたくなった。

 最近は何度も案内アリさんの背中に捕まって穴を通ってるからとても汚れて、


「汚れてない!」


 誰もいない部屋に凜の大きな声が響いた。

 服が汚れていなかった。正確にはナミちゃんの死体を見つけるために地面を這った時の汚れしかほとんどなかった。服に染み付いた茶色など。まあ黒い服だからそこまで目立つわけではないけど、着ている自分からは見える。

 だからこそこの服を見て、さっきまでナミちゃんのことを思い出していた。

 それ以外は特に汚れていない。

 背中側を見てみるが汚れていない。少しすれてはいるが。

 これは完全におかしい。

 案内アリさんにしがみついて穴を通るとき、背中に汚れができるはずだ。

 そういえばこのアリの巣に初めて入ったときも、必死に左右の土にしがみついて降りようとしたのにできなかった。あのときも手は汚れていなかった気がする。

 それにこんなにも大きな空間を掘っているのにまったく崩れることがない。入ったときに疑問を抱いていたが、異世界だしこんなもんかと流してしまっていた。

 今、地面を必死に掘ろうとしてみるがまったく掘れない、土がコーティングされてるかのようだ。


 なぜ今まで気づかなかったのかというほど、気づいた今だと違和感だらけだ。

 言い訳にはなるが、こっちの世界に来てから大きな昆虫、魔物に興奮していたのと、魔物のために何ができるかばかり考えていて、住処の細かいところには目を向けられていなかった。

 もしかするとこれがクロヤマアリの穴を掘るという魔法の本来の力なのか。

 つまり穴を掘った場所が崩れないようになるということなのか。

 そうならば他の魔物の魔法のように優れたものと認識できる。さらに地球のアリよりも優秀な点ができる。

 そうだとするとこの穴はどれくらいの強度があるんだ?人間の魔法を防げるのか?逆に穴を塞いだりもできるのか?

 一気にいろいろな疑問が沸き、頭を埋め尽くした。


「凜」


 凜は思考に集中していて気づかなかった。


「凜、どうしたんですか」


 肩を叩かれて、やっと目の前のオルミーが話しかけてることに気づいた。


「お!どうしたの、オルミー。というかいつの間に」

「それは私の台詞ですよ。さっきから声をかけていたのに気づかないのですから」

「ごめん。あ、でもオルミー凄いことに気づいたかもしれない、ふふっふ」


 私はとっさにオルミーの体に両手を置き、顔を近づけながら早口で話した。自分の考えを早く伝えたく、合っているか確かめたかったから。

 今の凜は完全に研究者のスイッチが入っていた。


「どうしたの、また私の体に触りたくなりましたか。べ、別にいいですよ」


 若干お尻あたりを凜に近づけながら言った。


「触りたいけどそうじゃなくて。やっぱり触りながら」


 オルミーの体にほっぺをスリスリして、やっと落ち着いた。


「それでどうしたんですか、凜。あんなに慌ててましたけど」

「私気づいてしまったんです、オルミーさん」

「なに?そんなに改まって」

「クロヤマアリの働きアリの魔法って穴を掘るじゃん。それってもしかしてだけど、その掘った穴が崩れたり壊されたりしないのではと思ったんだけど」

「崩れない?確かに一度も巣は崩れてないですね」

「もしかして人間の魔法にも耐えられたりしない?」

「それは分かんないですね。一度も巣に攻められたことはないですし。今まで巣が見つかったら終わりだと思っていましたからね」


 確かにそうか。巣が見つからないように、人間に見つかったアリは巣ではない方向に逃げさせたりしていたのだったな。


「そうか、でも検証してみる必要はあるよね」

「まあそうですけど、でもそれでダメだったら終わりにならないですか?」

「わかりやすいところにダミーの巣を作れば問題なくない?」

「でも人間に私たちアリが地面の中に住んでることがバレないですか」

「確かに」


 まだ興奮してるのかそこまで頭が回らなかった。

 そうだ、人間は魔物の生体を知らないんだ。こっちのアドバンテージを自ら手放すところだった。


「でも検証はしときたいな。とりあえず方法は後から考えるか」

「そうですね。そろそろクイン達が来ますので、人間をここに運んでおきましょう」

「そうだね」


 その後、働きアリにお願いして、食料保管庫に置いておいた人間の子供を2匹持ってきてもらった。もちろん死体だ。

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