第3話 ハチと取引 ⑻
「待ってました、クインさん。私はこのアリの集団の女王のオルミーです」
「ごきげんよう、わたくしはニホンミツバチの女王クインですわ。今日はよろしくですわ」
「こちらこそ。何もないですが座って話しましょう」
オルミーはいつも座っている一段上がった台から降りて地面に座った。隣に凜も座った。
「そうですわね」
私も同様に地面に止まると、耳元でナトが話しかけてきた。
「良いんですか、クイン様」
「相手に合わせるのが礼儀という物ですわよ、ナト」
「はい」
隣にナトが座り、他の働き蜂は後ろにちょこんと止まった。
凜にはじっと見られていた。何かを判断しようとしているのか、それとも私たちが襲ってくるのを警戒してるのかと思った。
「まず確認なのですが、オルミーさん達クロヤマアリは凜さんと協力関係、仲間になったのかしら」
これが嘘だと困るが一応聞いておく。
「はい、そうですね。私たちは凜と仲間になりました」
「失礼かもしれませんが、なぜ人間なんかと仲間になったのかしら?森の手前に住んでいる私たちのような弱い魔物はたくさん冒険者に狩られてきたではないかしら。人間には関わらないように、できる限り隠れてきたではないかしら」
「そうですね。ではクインさん、人間が私たちアリを見つけたらどうすると思いますか?」
「それはもちろん殺して魔石を奪うに決まってますわ」
何、当たり前のことを聞いてくるんだと思った。でもオルミーは真面目そのものだったから真面目に返答した。
「そうですね。でも凜は私たちを見つけても殺さなかったし、なんなら魔物の味方だと言ったのですよ。私も最初は騙されてるのかとか、子供がふざけてるのだと思いました。でも凜は私たちの前で無防備で寝るし、魔石ではなく私たちの顔を見て話してくれるし、笑顔を向けてくれたんです。だから私は無防備の凜を殺せなかった。それに私たちの食糧不足まで解消し、さらには人間まで捕まえて私の子供達の寿命を延ばしてくれました。だから私は凜を信じようと思ったんです。このまま人間に搾取され続けるなら、私たちに笑顔を向けてくれる凜のために命をかけようと思いました」
「そうですか」
オルミーの話には一切の嘘がないと思ったし、凜が本当に魔物の味方をしてくれるのだと強く思わされた。
それに私も……
「他に聞きたいことはありますか」
「一つだけ凜さんに聞いても良いですか」
「いいよ、クイン」
私は羽を広げ、その場で羽ばたかせ、臨戦態勢に入る。
空気がピリッと締まった。
「俺様がここでお前を殺して寿命を延ばすと言ったらどうする!」
プーンという雑音と羽根のブーンという音が消えたと思うほど大きく厳しいクインの言葉だけが部屋に響いた。
凜はまったく動じることなくその場で立つ。
「私は魔物のためになるのなら死んでも構わない。少し前までは自分が死んで死にかけの魔物を助けようとしていた。でも私は1匹のナミアゲハにこの命を救われた。それから私はこの世界の魔物の地位を人間より上にするまでは後ろを振り向かないし、悲しまないと決めた。だからまだ死ぬわけにはいかない。たとえ大好きな魔物を殺してでも、魔物全体の地位を上げることを優先する」
さっきまでの緩いただの少女はそこにはいなかった。強い信念を持った強い女性がいた。昨日も通信の向こうではこんな感じだったんだろうと思った。
「そうですか。わたくしたちニホンミツバチも仲間に入れてもらえないかしら」
私は地面に再び止まり、もとの声に戻して話した。
凜の意思は本物だと思った。私も子供達のためにこのままではいけないと思っていた。今までは子孫を残すことだけを目標に子供を産み、死ぬのを見てを繰り返してきた。
ニホンミツバチもクロヤマアリと同じような状況だったのだ。
この機会を逃したらもう、私たちは変われないと思った。少なくとも私が生きている間には。
隣のナトは私の方を驚いた顔で見ていた。
「そう、クイン。それじゃあ、今日から仲間だね」
凜は再び座った。
凜は私たちにも笑顔を向けてくれた。今日会ったときからそうだった。だからあのときには本当は仲間になろうと思っていた。いや、昨日の通信の発言を聞いたときには決めていた。
予想以上に小さく、無邪気だったら一応確認しただけ。
「でもクロヤマアリは良いのかしら?わたくしたちはあなた達を殺したことがありますわよ」
「大丈夫ですよ。そちらも食糧不足だったのでしょうから。これはしょうがないことですよ」
「そうですわね。それじゃあこれからは仲間としてよろしくですわ」
「よろしくお願いします」
「はい、そいうことならクイン、観察させて!というか触らせて!」
仲間になった瞬間、座っていた凜は勢いよく立ち上がって近くに来た。
「え、は?」
「凜、私は他の働き蜂さん達に巣を案内しておきますね」
「よろしく、オルミー」
私が混乱している間に女王アリのオルミーは働き蜂を連れて行ってしまった。ナトもプイッと顔を背けオルミーの後ろをついて行ってしまった。
「それじゃあ触らせてもらうね、クイン。ふっふふふ」
なんだかさっきまでの無邪気な少女ではなく、強い意志をもった女性でもない凜が目の前にはいた。なんか目が怖い。
「ずっと我慢してたんだから。遠慮無く触らせてもらうよ、ふふふ」
「ちょっ、わたくしは……女王で……すわよ。どこ触って……るんですか」
そこからのことは思い出したくない。体全身をじっくり見られ、触られ、ほっぺでスリスリされた気がする。たぶん。最後の方は覚えていない。
昨日守ってくれるって言ったナトは何してるの?
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