昨日の夜 オルミー
女王アリのオルミーはいつもの部屋の一段高くなったところで寝転んでいた。
もう働きアリたちは人間を食べ終わり、残った骨などをゴミを保管する部屋に運んでいるため、この部屋にはいない。いるのは凜と私だけ。
その凜は私に抱きついて離れない。働きアリが出て行った瞬間からこの状態が続いている。一緒に寝たことも、体をスベスベされたこともある。今はそれの合体技をされている。
だから別に特別なことをされてるわけではない。はずなのだが、なぜかすごくソワソワする。子供達の前で体を触られたときもこんな気持ちになった。
凜が私たちのために作戦を考えてくれて、それを話してくれたときから凜のことは人間だけど私たちを魔石としてみてる人間とは違うと分かっていた。そして私たち魔物にとても優しいとも分かっていた。
さっき凜が人間を持ってきてから、心がソワソワしている。別に凜が途中で作戦を放り投げたり、失敗するとは思ってなかった。成功させてくれると思っていたし、たとえ失敗しても私たちのために何度も頑張ってくれると思っていた。だから予想外の事なんて起こっていない。
それなのに、なんでこんなにも心臓が速く鼓動を打ってるんだ。
今頃になって凜を警戒してるのか?
それはないか。ここまで人間の凜が私たちを助けてくれたのに警戒する理由がない。騙してるとも考えにくい。実際この居場所を人間の冒険者に教えたら私たちは全員死ぬだろう。それをしない時点で騙してるとは思えない。
それにあの優しい笑顔には決して悪意など感じなかったし、私たちへの接し方に好きがあふれている。
だからもし私たちを騙してるのだとしたらそれでも良いと思ってしまうし、絶対に騙してないと思う。
「オルミー、黙ってどうしたの?」
「何でも無いですよ、凜」
名前を呼ばれると、ドンっと大きく心臓が震動する。そして私も凜と呼び返したくなる。
「もしかして私に抱きつかれて嬉しいの?」
抱きついたまま上目遣いで聞いてくる。この顔をされるといつも断ったりできない。
きっと魔石しか興味の無い人間にこんな顔を向けられたことがないからだろう。
「嬉しくないです、手つきが気持ち悪いのでやめて欲しいですよ」
「そんなこと言って、本当は嬉しいくせに、スベスベー!」
初めは確かに気持ち悪かったはずなのに、今では安心するというか気持ちいと感じてる私がいる。
きっと人間に触られるのが初めてで混乱してるからだろう。
「今日は抱きついたまま寝ても良い?」
またその上目遣いはズルい、じゃなくて、人間にこんな顔を向けられると断れない。
「まあ今日くらいはいいですよ。凜は頑張りましたし」
「やったー!スベスベ」
気持ちいい。ずっと触っていて欲しい、違う、これはきっと混乱してるから。
私も凜のことを抱きしめても良いのだろうか?
中脚を凜の腰に回す。優しく、傷つけないように気をつけながら。
「うっ!」
「ごめん、すぐにどけるから」
なぜだか心が痛む。別に人間に拒絶されるなんて当たり前なのに。
「違うの、オルミー。驚いただけ、いつも私ばっか触って触られたことないから。私のことも抱きしめて!」
心の痛みが消えていく。それにその上目遣い可愛い!
「しょうがないですね、凜」
再びゆっくりと中脚を凜の腰に回す。これだけ神経を使って脚を動かしたのは生まれて初めてだ。凜は同じくらいの大きさだけどとても弱々しくて少し強く抱きしめたら壊れてしまいそうだ。そして私から離れて行ってしまうのではと思ってしまう。凜はそんなことしないと分かってるのに。
「震えてるよ、オルミー。もっとギュッとして」
「痛いかもしれないですよ」
「いいの!オルミーと抱き合ってみたいの」
「だ、抱き合う……まあ今日は凜頑張ったからご褒美ですよ」
初めて抱き合ったかもしれない。母に抱きしめられたことはあったけど、あのときは生まれたばかりで抱きしめられなかった。もちろん死んでいく子供達とは抱き合えなかった。記憶に残ってしまうから。
「少しチクチクする、」
「言ったじゃないですか」
でも離す気にはならなかった。受け入れて欲しかった。離したくなかった。
「でも良い。オルミーを感じられるから」
「そうですか。私もですよ、凜」
とても温かかった。心まで温まった。
これまで死んでいった子供達のことは決して忘れることはないが、ほんの少しだけ許された気がした。
「それじゃあ、おやすみ、オルミー」
「おやすみ、凜」
やっと分かった。これは母親として凜を守りたいという気持ちだったんだ。母と子は肉体的接触も大切だから触られて気持ちいいと感じるし、子供の笑顔を見ると母まで元気になる。
やっぱり母と子の関係だ。それに凜は小さいからね。
でも他の子供達とは違う感情がある気がする。いや、それは凜が人間の子だからだろう。たぶん。うん、たぶんそうだ……
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