第3話 ハチと取引 ⑴
人間を食べてから一日が経った。
最下層の女王アリの部屋には私とオルミーの2人だけがいた。
他の働きアリたちは町の手前まで掘った穴を使って花の蜜を集めている。
「それでこれからどうしますか、凜」
いつものようにギギギと雑音を立てながらオルミーは話し始める。
「まずはクロヤマアリのことをもう少し詳しく教えてもらっていい?」
「そうですね。えっとなにが知りたいですか?」
「うーん、あ、死んだ働きアリって食べてるの?」
単純に興味を持ったから聞いた。死んだ仲間を食べたり、共食いも生き物の生き方の一部であり、知りたいと思ってしまう。だから悪意とかはまったくない。
「え、っと、いきなりですね」
「うん、気になっちゃって。昨日案内アリさんにも聞いたんだけど実際どうしてるのかなって」
オルミーの声のトーンが下がった事なんて全く気づいていない。好奇心で周りが見にくくなっている。
「凜はそういうところありますよね」
「どういうこと?」
「なんでもないです。私たちは食料として食べていますよ」
「やっぱりそうなんだ。じゃあ同族の魔石を食べても寿命が延びないって事も本当なの」
「そうですよ。でも魔石は単純におなかを満たすこともできるので大切な食料なんです。だから大切に食べます」
「そうなんだ。他の魔物と死骸を交換することとかはしないの?」
今の話を聞く限り、同族の魔石を食べるのは効率が悪い。他の生き物も死ぬのだからその魔石を交換できれば、寿命も伸ばせておなかも満たせて一石二鳥の気がする。
「確かにそうですね。もしかしたらそれを実行してる魔物達もいるかもしれないです。しかし私たちクロヤマアリは魔物の中でも最弱だと話したと思います。そのためそんな協力しなくても寿命が近くなったら、私たちアリを殺して魔石を補給することができるのです」
「確かに、だって唯一使える魔法が穴を掘るだもんね、それなら協力する必要もないか」
やっぱり不遇すぎる。神様、死ね!
「う、まあその通りですね。でもそれ以外にも協力したりしようとすると他の魔物が襲ってくることもあります。この森での力関係が崩れるのを嫌がる魔物もいるので」
「それもそうか。じゃあ私たちがほかの魔物と協力しようとすると襲われるってこと?」
「いや、たぶん私たちクロヤマアリが協力しても無関心ですよ。私たちはほとんど、いや完全に無力ですから」
どんどんとオルミーの声は小さくなっていく。
「魔物界の最弱を競うだけはあるね」
「う、……」
「どうしたの、オルミー」
隣を見るとオルミーは倒れていて、今にも消えそうな声で話す。
「そこまで言わなくてもいいじゃないですか。これでも必死に生きてきたんですよ」
「ごめんごめん、オルミー達は頑張ってるよ。危険な人間を巣まで案内してくれたし、私という貴重な食料が来ても殺さないし、私に人間の子供を殺させることを止めようとしてくれたし、あれ、オルミー?」
隣でオルミーは仰向けになっていた。
『昆虫は死んだとき重心を維持する筋肉の調整を失い、ほとんどが仰向けになる』
「本当にごめんってオルミー。冗談に決まってるじゃん。こんな環境でここまで生きてるの本当にすごいと思ってるから」
さすがに言い過ぎたかと不安になった。本当にこんなことは思ってない。思ってるのは神様死ね!ということだ。
「いや、冗談だって分かってますよ。少しおふざけに乗ってみただけです」
「良かった、本当にショックを受けたのかと思ったよ」
「でも凜がそんなこと思ってたのかと分かりました。これからはそれを念頭に置いて接します」
「え、根に持ってるじゃん。本当にごめんって」
「ちょっ、抱きつかないでください。もう凜ってば」
気づいたらこんなにも仲良くなっていた。冗談をいえるほど。初めの方は冗談ではなくて、普通に話していただけだけど。
たぶん昨日の夜に一緒に寝たからだろう。
昨日の夜はとても気持ち良かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます