第2話 アリと住処 ⑾

「ありがとう、働きアリさん達」


 女王アリのオルミーの部屋には全員が集まっていた。部屋の端には死体が2つ置いてある。


「ありがとう、本当にありがとう、凜」


 初めてオルミーに名前を呼ばれた気がする。オルミーは普段は働きアリの前では威厳を感じるように話しているが今はとても優しい声だった。涙は出ていないが泣いているのかと錯覚した。


「いいよ、オルミー。これは私のためでもあるんだから」

「それでも、ありがとう。私は今まで人間を殺すなんてことは無理だと決めつけて子供達を見捨ててきた。私だけが生き延びてきた。クロヤマアリの血を絶やすわけにはいかないと言い訳をして働きアリたちが必死に見つけてきた魔石を食べてきた」


 私の前でも見せなかった弱々しい声だった。


「うん、オルミー」


 頷くことしかできない。きっとこの世界の働きアリも女王アリのために働き、死ぬのが役割なのだろう。自然界は仲良しこよしでは生きていけない。何かの犠牲の上で全ての生き物は必死に生きている。だからオルミーがしてきたことは決して間違ってはいない。

 だとしても、正しいからと言ってそれを受け入れられるとは限らない。その犠牲を子供達を無視することはできない。


「私はいつからか子供を子供として見ず、できるだけ関わらないようにしてきた。そうしないとすぐに死ぬ運命の子供を産むことができなくなるから。魔石を大好きな子供達に分けて自分が死ぬことになってしまうから。大好きな子供が死ぬたびに心を痛め生きていけなくなるから」

「うん、オルミー」


 地球にいた昆虫たちにもこんな感情があったのだろうか。死んだ仲間は貴重な食料であり、生きるために食べる。その時なにを思っていたのだろうか。もしかしたらオルミーのように悲しみに押しつぶされそうになりながら、生きるためと言い聞かせて食べていたのだろうか。昆虫が好きで何十年も研究していたが分からなかった。


「でもこれからは子供を私の子供だと思って接して良いのだろうか?命令以外の話をしていいのだろうか?顔を覚えても良いのだろうか?子供を生んだときに喜んでも良いのだろうか?私たちは寿命に打ち勝てるのだろうか?」


 私は厳しい自然界のあり方は嫌いではない。弱肉強食も嫌いではない。

 でもやっぱり外部の人間がそれに手を出すのは許せない。人間は生きるためではなく、自分たちが快適に自由に生きるためだけに生き物の居場所を壊す。この世界では魔石のためだけに魔物を殺す。

 こんなにも感情がある魔物になぜそんなことができるのか理解できない。


「うん!これからは寿命で死なせない。だから一緒に魔物の地位を上げよう!」

「ギギギ、私も子供達の親として、この群れの女王として、魔物の一員として協力します。改めて凜よろしく頼む!」


 咳払いのような物をして、普段私に話すような優しい敬語であり、決心したからか威厳もあった。


「それじゃあ、さっそくこの人間を食べよう、オルミー。今日死んでしまう働きアリさんもいるでしょ」

「知ってたんですか、私たちの寿命のこと」

「案内アリさんに聞いた。今度からはこういう大事なことは教えてよね。私たちはこれからは仲間なんだから隠し事はなしだよ」

「ああ、そうですね。これからは仲間ですもんね」


 一段と私への言葉遣いが優しくなった気がした。


「うん!ということで触覚触らせてもらうね!」

「え、というかもう触ってますよね。それにこれでは今までと変わらないですよね、ハァ」


 なんか威厳があると言うよりお母さんみたい。


「ふっふふ、いいでしょ」

「まあいいですけど、とりあえずこの人間の子をどうにかしましょう。それに働きアリ、子供達が見てます」

「あ……そうだった」


 仲間だと言われてテンションが上がってしまった。前世ではずっと一人で研究してたから。もちろん人間の仲間なんていらなかったけど、仲間は欲しかった。

 30匹の働きアリたちは全く動くことなく待っていた。


「それじゃあ、子供をここに運んでもらっても良い?働きアリさんたち」

「「ギギギ」」


 いつの間にか案内アリさん以外の返事もギギギになってるんだけど。まだほとんど関わってないのに。さっきみんなを覚えるために体をマッサージしてあげただけ。

 もしかして私に命令されたことが不服だったの?


「私、働きアリさん達に嫌われてない?」

「それは、凜が気持ち悪く触るからですよ」

「いや、それはないよ!オルミーは気持ちよさそうにしてるじゃん」

「なんでそんな自信満々なのかは分かりませんが、私も気持ち良くはないですよ」

「ガーン、仲間じゃなかったの?」


 頭を抑える仕草をした。


「関係ないですよね。でもみんな凜に感謝はしてますよ」

「じゃあ触っても良いよね」

「それは違います。子供達に変なことしないでください」

「それなら母のオルミーは良い?」


 必殺可愛さ全開上目遣いで頼んでみた。もう違和感なくできるようになってる。


「まあ、少しクセになってきたので私ならいいですよ」

「分かった」


 やっぱり可愛さは正義!

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