第2話 アリと住処 ⑽
働きアリに命令して4日目が来た。
私はアリの巣では無く、町の中にいた。今日も門番のような人はいなかったから普通に入れた。人がたくさん歩いていて気持ち悪かったが、なんとか吐かずに我慢した。
私のここでの行動が案内アリさんの運命を決めるかもしれない。
私がアリの巣に入り、案内アリさんと出会って1週間が経とうとしている。もしかしたら今日が……かもしれない。
昨日は怖くて聞くことができなかった。
それに他のアリの中には確実に今日が寿命のものもいるだろう。働きアリさんは一度しか集合させていないからここ数日で死んだアリがいたことには気づけなかった。昨日までアリの寿命は地球のものと同じで2年くらいだと思っていたから。
失敗は許されない。
一人でも多くの魔物を助けないと。
もう失うのは嫌だ。
凜は自分を、ナミを殺した冒険者にだけ会わないように注意した。さすがに見つかったら口封じのために殺されるだろうから。
今でも殺されて魔物のためになるなら死んでも良いと思ってはいるが、それではたくさんの魔物は救えない。
それではナミに救ってもらった意味がない。
今日はたくさんの魔物を助けるための第一歩だ。
私の服装は変わらず真っ黒でフリフリがたくさん付いているゴスロリ衣装と呼ばれる物だ。年齢的には合っているのでそこまで注目されることは無いが、少し視線を向けられるだけで気持ち悪い。
町を歩いているとボールで遊んでいる女の子が2人いた。私よりも低い身長で、青いワンピースと赤いワンピースを着ている子だった。
「こんにちは、私も混ぜてくれない」
「いいよ」
「その黒いドレス可愛いね、どこで買ったの?」
「え、気になる?教えてあげるからこっち来て!」
「「うん」」
二人の少女の手を繋ぎ走り出した。私よりも小さな手でプニプニしていて温かかった。
本当に人間はチョロい。まあ人間以外の生き物の子供でも賢くないことはあるけど……、今はいいか。
門の入り口のところまで手を繋いで歩いてきたが、少女達は立ち止まった。
「門からはでちゃダメってママに言われてるの」
「私も」
「大丈夫だよ、そこの花のところまでだから」
私は草が生い茂っているなかに見える黄色の大きな花を指しながら言った。
「なんで花?」
「あの花があればこの服を作ってもらえるんだ。行こう!」
見た目通りの子供のような無邪気な笑顔を浮かべながら、二人の手を引っ張った。
3人で膝くらいまである草原の中を歩いて大きな花の前まで来た。
「わあ!この花綺麗!これでその服作れるんだよね」
「うん」
「なんかこっちに穴がある」
「どれ?」
二人の女の子は穴をのぞき込むようにした。穴の底は見えなく、真っ暗だった。
「はい、お疲れ」
ポンっと軽い音が聞こえてくるように、二人の少女の肩を押した。
ヒャアーという叫び声とともに二人の姿は数秒で暗い穴の中に消えていった。
最後にドンっと腹に響くような低い音が二つ聞こえた。
「案内アリさん、どこ?」
ギギギと音ともに隣に現われた。
「人間に見つからないうちに早く行こうか、案内アリさん」
今までになく凜の声は落ち着いていた。周りを見るが誰も門の外にいる私たちを見ている人はいなかった。
私は慣れたように乗っかり、目の前の底が見えない穴に潜り始めた。案内アリさんと一体化するようにしがみついて穴を降りていく。穴の広さ的に上半身を立てたままだと通れないので。あと接触面積を増やした方が私的には良いし……
かなり暗くなってきたので標本箱を懐中電灯として使う。
しばらくして一番下に到着した。私が立てるくらいには広がっている。
一番下には二つの死体があった。さっきまで楽しそうにしていた女の子だと判別できないような状態だったが、気持ち悪いとは感じなかった。
一つは落ちるときに何度も顔を壁にぶつけたのか顔のパーツがぐちゃぐちゃで正月にやる福笑いのゲームのようになっていた。さっきまで温かかった少女の手は冷たかったが、私の心は温まっていく。
もう一人の方は顔はそこまでぐちゃぐちゃになっていなかったが手足が変な方向に曲がり、後頭部がへっこんでいた。逆たんこぶみたいで滑稽だった。こんな風に潰れた昆虫は何度も見てきた。大きな石を上からぶつけられて死んだ昆虫たちを。
むしろ人間の町に入ったときの気持ち悪かった気持ちが無くなり、心地よかった。充実感に満たされていた。
オルミーに人間を殺しても心は痛まないの、それに子供だったらさすがに同じ人間として気分が悪くならないと聞かれたことがあった。
あのときは大丈夫とだけ答えた。
今目の前には死んだ人間、横には人間を上からみるアリ、魔物がいる。今まで見てきた光景が逆になったようだ。
「なんでこいつらを殺して心が痛むというのだ。こいつらは平気で生き物の子供を殺すじゃないか。なぜ自分たちは殺しておいて、自分たちは殺されないと思っている。こいつら人間は自分がされて嫌なことはしないと言われていながら、生き物を殺す。つまり殺されても良いと言うことだ。人間は自分が偉いと勘違いしている。だから悪い、気持ち悪い。人間は生き物を殺して生きてきた、それならこれからは逆で行こう。さあこれから魔物達の世界を作ろう!」
一息で言い切った。興奮を抑えられず、全世界に宣言するかのように大声で叫んだ。
「フッフッフフフ、フフッフフフ」
いつものヤバい研究者とはまた違った不気味な笑い声が暗い洞窟内に響いた。
「大丈夫」
「ああ、ごめん、案内アリさん。ちょっと興奮しちゃって」
いつも通りのぶっきらぼうな案内アリさんの声を聞き、冷静になった。そしたら急に恥ずかしくなって声のボリュームを下げた。思っていたことをこんなに大きな声で話したのは初めてで恥ずかしい。あと中二病みたいですこし自分がキツい。
「それじゃあ他の働きアリに運ぶのをお願いして私たちは先にオルミーの部屋にでも行ってよう」
「ギギギ」
なんかいつの間にか「ギギギ」が返事になってるんだけど……。え、嫌われてないよね。いつもなでてあげてるし、マッサージもしてるし……。
再び一心同体になるかのようにしがみついて穴を進んでいった。
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