第2話 アリと住処 ⑵

 涙が涸れたときには目の前の動かなくなったチョウがナミであると心も理解していた。

 真下には動かないナミがいる。仰向けで動かなくなっている。

 涙で胸の焦げた部分が濡れていた。でも焦げたままで動くことはない。ここは異世界だけど私にやっぱり都合は良くない。死んだ者は生き返らない。こんなことはたくさんの生き物に接してきた私はよく理解していた。

 頭の赤い石もない。その部分だけがくりぬかれて、中身が出ていた。

 ナミはどんどんと薄い黄色だった部分がオレンジ色になっていく。地球ではこんな変化を見たことが無かったが、興奮することはなかった。

 ただただ悲しいだけだった。ナミが死んだと理解したら、また悲しくなった。


「私は……なにを……」


 前世でも飼っていた昆虫が死ぬ事なんてたくさんあった。でもそれはほとんどが寿命で死んでいった。人間のくだらない理由に巻き込まれて殺される事なんてなかった。

 凜の目から光はなくなっていた。ただ焦げた黒い部分と穴が空いた頭しか見えてなかった。

 私は無力だ。この世界で生き物を人間から守ると決めたはずなのに自分だけが生き残り、ナミを殺した。これはあの男達では無く、私が殺したのだ。

 土で汚れ傷ついた手に力を入れようとしてもはいらない。いや、もう良いんだ……なにもしなくていい。

 私が軽率な行動をしなければ、私がナミと仲良くならなければ、私がこの世界に来なければ、私が昆虫に興味を持たなければ、ナミは死ぬことはなかった。


「だからもういいんだ!こんなこと考えてもしょうがない……しょうがないんだ」


 凜は自分を叱るように叫び、手を地面に打ちつける。声がどんどんと小さくなっていく。

 死んだ生き物は生き返らない。子供でも知っている。

 もうやることはない。やれることはない。

 そんなことを考えている間もナミはオレンジ色になっていく。黄色かった部分は全てオレンジ色になった。それでも興奮はしない。

 どうでもよかった……

 私はこれからどうすればいい?もう魔物に関わらない方がいいのか。私が関わってもまた殺してしまうだけだ。私にはなんの力も無い。

 なにもしない方が良い。なにもしたくない。

 もう疲れたから目をつむった。

 でもまぶたを閉じても、チョウの、ナミの、友達の死んだ姿は消えない。

 せめて魔物のために死んで食料となろう。


 私は死のうと決めて森に向かおうと思った時、ナミの全身がオレンジ色になり輝いた。

 まぶしくて目が開けられなかった。

 温かい何かに包まれたような安心感があった。

 まぶたの裏には元気だったナミちゃんが映っていた。綺麗なうすい黄色の翅を広げて、私の顔の周りを飛んでいる。後翅の斑点模様と頭の赤い石が輝いて宝石のように美しい。


「ごめん、ナミちゃん、私のせいで……」

『私はいいの。どうせ今日で死ぬ運命だったの』


 ナミの綺麗で優しい声が聞こえた気がした。

 冷え切った心が温まっていく。心が穏やかになっていく。


「でも私さえいなければ……まだ今も飛べていた……」

『凜を死なせたくなかったの。私がそうしたかったの』


 力が入らなくなっていた体に力が沸いてくる。

 私よりも小さいはずのナミちゃんに抱きしめられ励まされてるようだった。


『凜なら頑張れる。凜ならこの世界を変えられる。凜なら私たち魔物を救ってくれる。凜なら魔物が人間より上だと証明してくれる。凜なら頑張れる。だから立ち上がって凜!』


 とても温かい何かで背中をさすられている。ぬくもりを感じたのはいつぶりだろうか。

 枯れたはずの涙がまた出てきた。さっきまでの悲しかった冷たい涙ではなく、温かい涙が出てきた。

 手に力が入る。


「ありがとう、ナミちゃん、ありがとう、ありがとう、もう私は挫折しないから、やりきるから、何があっても魔物のために行動するから、ありがとう……」


 泣き止むまでずっとナミへ感謝し続けた。



 ナミはもともとの薄い黄色で黒い線がたくさんはいった見た目に戻っていた。でも頭の魔石は無くて、胸あたりは焦げてるまま。


「ありがとう、ナミちゃん。私の初めての友達になってくれて」


 標本箱を近づけるとナミは吸い込まれていった。そして、標本箱はナミがぴったり入るサイズになり、新しい空の標本箱が空中に出てきた。

 標本箱には初めにナミを捕まえたときのように、針とかが無いのに、空中で固定されて保管されている。ナミの見た目だけは変わっているが。

 凜はナミを保管して、小さな空の標本箱を拾ってから、立ち上がり汚れたゴスロリ衣装をサッサッと払って、ある程度汚れを落とした。

 それから森に入る前に自分の状況を確認しようと平原に女の子座りで座った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る