第2話 アリと住処 ⑴

 私は死んだはずだったけど、なぜか生きていた。

 私の目には大きな海ではなくて、雲一つ無い綺麗な青色の空が映っていた。太陽は真上より少しズレていて、たぶん2時頃かと思われる。

 動こうとするがまったく体が言うことをきかない。痛みで動かないといった感じでは無い、痛みはないのに筋肉が固まって動けない。

 近くから声が聞こえてきたが、全然頭に入ってこなかった。右耳から入って左耳から抜けるようだった。こんなことが実際にあるのかぁとボウっとした頭の中には浮かんでいた。


「リーダー殺しちゃって良かったんですか?」

「ふん、知らん。ガキ一人くらい殺しても問題にならんだろ。さっさとここを離れるぞ。誰かに見られたら面倒だ」


 リーダーの大男はいらだっているのか、声を荒げていた。


「でも死んだか確認くらいはした方が……」

「いや、いい。死んだに決まってるだろ!さっさと行くぞ。こんなのバレたら捕まっちまう」

「はい、リーダー」


 他の部下が少し離れた位置から声を上げた。

「リーダー、こっちに蝶が死んでるっす。それに魔石が付いてるっす」


 チョウ?もしかしてナミちゃん、助けないと!

 チョウと聞いてやっと思考が回転するようになった。

 そう思っても体は動いてくれなかった。足にも手にも力が入らなくて立ち上がれない。首にも力が入らないから見ることもできない。声も出せない。


「おい、さっさと行くぞ」

「燃やさなくていいっすか」

「いいから、さっさと行くぞ。さっきからそう言ってるだろ」

「は、はいっす」


 カサッカサッと草が踏まれる音とともに足音が遠くに離れていった。

 足音が聞こえなくなる頃には少し力が入るようになっていた。

 なんで生きているんだ?などの疑問が浮かんだが、そんなことはどうでも良かった。とにかくナミが無事に生きているかだけが頭の中を支配した。どうか違うチョウであってくれ。

 全ての人間以外の生き物を愛している凜ではあるが、このときの凜はナミ以外のチョウが犠牲になってることを望まずにはいられなかった。決して他のチョウを下に見ているわけでは無いが、ナミをどうしても失いたくなかった。

 ナミと一緒に行動していた時間はとても短かったが、この世界で、いや地球にいたときから合わせて、初めて本当の友達ができたと思った。

 地球では小学生でできた友達には昆虫の標本を見せてキモがられ、家族にも異常者を見るような目を向けられ、ずっと一人で研究していた。もちろん飼っていた生き物たちは家族のように接していたが、言葉を交わして仲良くなれたのはナミちゃんが初めてだった。

 本当の私を受け入れてくれたのはナミちゃんが初めてだった。だからどうしても失いたくなかった。


「ナミちゃん、ナミちゃん!どこ?ナミちゃん!……」


 叫びながら周りを探した。まだ筋肉がうまく動かないのかおぼつかない足を必死に動かし、転んでも手で地面をかき探した。

 膝あたりまで草があるためなかなか見つけられなかった。首に力が入らなくダランと首が垂れていたため、真下しか見ることができなかったため見つけるのに時間がかかった。


「……」


 やっと見つけることができた。その時には私は寝たような体制で手で這うようにしていて、脚も手も傷だらけだったが、痛みなどは感じなかった。ナミちゃん、初めてできた友達のことだけ考えていた。

 私の顔のすぐ下にはナミがいた。


「ナミちゃん、ナミちゃん、やっと見つけた。ねえ、なんで動いてくれないの。ねえ、聞こえてないの。なんで話してくんないの、ねえってば!」


 真下には頭あたりがくりぬかれていて、胸あたりが燃えたように焦げているチョウがいた。

 このチョウはナミではないと思おうとしたが、これはナミだと私の脳が判断している。

 私は地球にいたとき一度観察した生き物を忘れることは無かった。それが自分が飼っている生き物だったら尚更だった。全ての生き物は同じ種類でも必ず違いがある。私はそれを見逃さない絶対的な自信があった。

 でも今はその自信を投げ捨てたかった。目の前のチョウはナミでないと何度も否定しようとしたができない。


「ナミちゃん、どこにいるの?このチョウはナミちゃんじゃないって言ってよ……」

「…………」


 ナミはこの世界で初めて観察した生き物で、初めての友達だ。どうしたら見間違うことができるのか分からない。

 でも今だけは自分の目を信じたくなかった。


「だってまだ……なにも……う、まだ……」


 目からは涙があふれた。頭ではこのチョウがナミだと理解していた。体も理解して悲しいから涙が出ている。


「違う、これは違うのに……なんで?ナミちゃんじゃないのに、う……何で!」


 でも心だけは理解していなかった。理解したくなかった。

 それでも涙は止まらない、どんどんとあふれ出てくる。


「あ、う、見えないのに、……元気だったの、おかしいよ!……うっ」


 目の前のチョウがぼやけるのにはっきりと細部まで頭の中では見えてる。胸の焦げた部分も見えている。


「なんで……ナミちゃん、ナミちゃんナミちゃん、動いてよ、まだ私は何もしてないよ……」


 草原には一人の可愛らしい少女の泣き声が響いた。

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