第1話 アゲハと異世界 ⑶
この世界では絶対に人間が生き物の中で一番では無いのだと証明してみせる。いや、人間が最も弱い立場で搾取される立場なのだと証明する。これは私の使命だ。
この世界でやることは決まった。
私は路地裏で立ち上がった。まずはこの町から出よう。この町にいたら気持ち悪すぎて死んでしまう。
やることを決めて落ち着くと、さっきのナミアゲハも赤い石が付いていたのを思い出した。
「マズイ!あのアゲハが!」
路地裏で大きな声を出したせいで注目されたが、そんな視線を気にしている余裕は無かった。とにかくアゲハを守らなくてはという気持ちでいっぱいだった。
町の入り口にダッシュした。子供の姿に戻って走れるようになったのはいいが、足が短く、体力が無くて入り口まで走ることができなく、最後の方は脇腹に手を当てて歩いていた。こんなんで本当に使命を果たせるのか心配になったが、今はアゲハのことに集中した。
門を出たところにはさっき見たアゲハがまだ飛んでいた。
良かった、まだ殺されていなかった。
膝に手を当てながら呼吸を整えた。
捕まえようと追いかけたが逃げられてなかなか捕まえることができない。何度も挑戦したせいで息が上がり、また膝に手をついて呼吸を整えていた。
アゲハは花に止まって花の蜜を吸っていた。花も異世界サイズで大きい。小さい物ももちろんあるが。
「食べ物も地球のアゲハと同じだ!」
興奮しながらもどうやって捕まえるか考えた。普通は網を使って捕まえるのだが、もちろん今は網など持っていない。
花の蜜を吸うアゲハは私の大声でも逃げることが無かった。アゲハが花に夢中になってる後ろから息を潜めこっそりと近づいた。
チョウは人間の気配を感じるとすぐに逃げてしまうため捕まえるのはかなり難しい。それも素手となると非常に難しい。目の前にいるチョウは大きいため少しだけ捕まえやすそうだが、それ以上に私の運動神経が悪すぎる。
このアゲハを捕まえるのは、私にとっては未知の生き物を見つけるくらい難しい。
それでも音を立てずに近づいた。あと少しで手が届きそうな距離にまで来た。
あと少し、あとちょっと
カサッ
足下で草を踏む音が響いた。アゲハはすぐに花から飛び立とうとした。
無理だと思いながらも右手を飛び立つアゲハに伸ばした。興奮していて気づいていなかったが右手には標本箱を握ったままだった。
伸ばした瞬間にこれでどうやって掴むつもりなんだと自分がアホらしくなって、諦めようと手を伸ばすのをやめようと思ったとき、伸ばした右手の標本箱に逃れようとするアゲハが光の塊になって吸い込まれた。
「えっ!」
凜はポカンと口を開いて固まった。
足下にポンっという何か落ちる音がして意識を取り戻した。
重!
伸ばしたまま止まった右手には20センチのアゲハが収まるほど大きな標本箱があった。さっきまで小さかったはずの標本箱はなくなっていた。
落としそうになりながらも伸ばしていた手を戻し、両手で落ちないように標本箱を持ち、中を覗くとアゲハがいた。正確にはアゲハに似た生き物だが。
標本箱の中のアゲハは何にも固定されていないのに箱の中で浮いて固まっていた。傷一つ無く綺麗な標本となっていた。
頭に付いた綺麗な赤い石が輝いていたこともあり、標本箱の中のアゲハはガラスケースに飾られている宝石のようだった。
アゲハを一度見て、さっきポンと聞こえてきた足下の方に目を移すと空の標本箱が落ちていた。最初に右手で握っていたものと同じものだ。
何が起きたか理解できなかったが、目の前にアゲハに似た未知の生き物が標本となったことだけは理解できた。
「やっぱり大きさと頭の赤い石以外はアゲハと同じだ。この赤い石が付いたことで彩りが派手になってこれはこれで綺麗だな。後翅の斑点が頭にもできたみたいだ。でもやっぱりアゲハは羽の後ろに付いてる尾状突起が一番魅力的だよね!」
標本箱に収まったアゲハを全方向から観察して、地球にいたものとの違いを確認していった。この標本箱は凄いことに下から覗こうとすると下の床が透明になり、下からも覗くことができる物だった。
ほんの少しだけ神にお礼を言っとこうと思ったが、クズ人間を生み出したお前は糞だ!と思いお礼を言うのは止めた。
「殺さないの」
どこからか綺麗な声が聞こえた。まるで小鳥のさえずりのように心を穏やかにする音色だ。
標本箱から目を離して周りを見渡すが誰もいなかった。鳥もいない。
「聞こえてるの?殺さないの?」
風の音と勘違いしてしまったのだろうかと思っていたとき、胸あたりで抱えている標本箱から同じ声が聞こえた。
「えっ、あなたが話してるの?」
もしかしてと思い、標本箱の中にいるアゲハに向かって声をかけてみた。ナミアゲハはほとんど鳴き声も無いはずだけど?と昆虫が話しているという疑問ではなく、ズレた疑問を浮かべながらアゲハが反応を返してくれるのかと見つめた。
標本箱のアゲハはさっきから動いていない。というか固定されてる。
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