第22話 因果応報

 鈴木は葉山嘉樹の『セメント樽の中の手紙』を読んでいた鷹山トシキを薄暗い倉庫に連れ込み、彼を椅子に縛り付けた。  

 本のあらすじは以下のとおりだ。

 生活に余裕のない労働者である土工・松戸与三は休む間もなくセメントを混ぜる中、セメント樽から小さな箱を見つける。終業後、自身の長屋でその小箱を開けると、中にはボロ布に包まれた手紙が入っていた。この手紙は、セメント袋を縫う女工より出されたものであった。


 手紙では、女工には破砕器へ石を入れることを仕事とする恋人がいたが、ある日、恋人は破砕器に挟まってしまい、石と共に砕かれ、細かな石となり、焼かれ、骨も肉も魂も恋人の一切は「立派なセメント」になってしまったことが伝えられ、このセメントが何に使われるのか知りたいと返事を求められる。


 手紙を読んだ与三は子どもたちの声で我を取り戻し、へべれけに酔いたい、何もかもぶち壊したいと怒鳴るが、妻から子どもたちはどうするのかと叱られる。与三は「細君の大きな腹の中に七人目の子どもを見た」として物語は終わる。


 壁にかかった蛍光灯が、不気味に明滅している。トシキは表情を硬くしながらも冷静さを保とうとしていた。鈴木の目は憎しみで燃えている。


「おまえ、かつて人を殺してるよな?」鈴木は言い放った。彼の声には不気味な冷たさが漂っていた。トシキは動揺を隠して言葉を返す。「何を言っているんだ。俺はそんなことしていない」


 鈴木は嘲るように笑った。「でも、あんたのせいで俺の兄が死んだ。お前が盗んだデータのせいで、兄は命を奪われた。お前は無罪だと思っているのか?」


 トシキの心は乱れた。記憶が一気によみがえり、彼の心の隅に深い罪悪感が生まれた。過去の過ちが鮮明に浮かび上がり、逃れられない現実を直視することを余儀なくされる。「あれは事故だった…」トシキは弱弱しく言った。


「事故?お前があのデータを手に入れなければ、兄は殺されずに済んだ!」鈴木は感情を爆発させ、トシキの前に踏み出した。彼の拳がトシキの目の前で震え、鈴木の怒りが止まらない。


「この状況をどうするつもりだ、鈴木?」トシキは冷静さを取り戻そうと必死だった。「俺にはそのデータのことを話す理由はない。だが、俺にも理由がある。死にたくないんだ」


 鈴木は一瞬の静寂を感じた。トシキの言葉が彼の心に何かを響かせた。憎しみと復讐心が交差する中で、鈴木は次第に迷いが生じてきた。


「お前は俺の兄の命を奪った。たとえ事故だとしても、あの時お前が行動を起こさなかったら、兄は今も生きていた。お前のせいだ」

 鈴木の声が低くなる。


「分かった。お前の兄がどういうふうに死んだのか、俺も知っている。それを知っているからこそ、俺はもう一度考えさせてもらいたい」トシキは正直に言った。


「何を考えるんだ?」鈴木の目が鋭くなる。「今さら正当化できるものか?」

 

 鈴木はトシキの後頭部を銃で撃ち抜いた。

 乾いた銃声が倉庫内に響いた。

 物陰から弟を奪われた黒田が現れた。

「なるほど、だから拓也だったのが片桐に変わっていたんですか」

 黒田はトシキの書いた小説『殺し屋』を読んでいたが、途中で様子が変わったのを妙に思っていた。 黒田の弟は老人ホームで働いていたがトシキによって車で轢き殺された。黒田は片桐拓也のモチーフになった男だ。

 鈴木はトシキの死体を見下ろし、心の中に渦巻く憎しみと悲しみが交錯していた。乾いた銃声が静寂を破り、自分の犯した行為の重さを実感する。トシキの命を奪ったことで、彼の心の中の怒りは一時の満足をもたらしたが、同時に無数の後悔が押し寄せてきた。


 

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殺し屋 1万〜3万 鷹山トシキ @1982

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