第15話 失敗
片桐家の家族の状況は、見かけ上の裕福さとは裏腹に、深刻な葛藤と悲劇に満ちていた。父親が病床に伏している間、母親は彼の世話に追われ、彼女の愛情はもはや形だけのものとなってしまった。病気が彼の心を蝕み、家庭内の空気は重苦しく、冷たくなっていた。
その夜、拓也は自室で静かに計画を練っていた。硫化水素を使って父親に復讐することを決意し、その準備を進めていた。彼の心の中には、母親を苦しみから解放したいという思いと、父親への怒りが渦巻いていた。拓也は、自分が家族の不幸の原因である元凶を排除すれば、すべてが解決すると信じて疑わなかった。
彼の隠された実験の様子を、兄の竜太は偶然目撃した。兄は弟の部屋から漂う異様な匂いと、机の上に並べられた薬品の数々を見て、心配の声をかける。「おい、拓也、何をしているんだ?そんな危ないことを考えているのか?」
拓也はその言葉に対して冷笑を浮かべ、「兄貴には関係ないだろ。俺のやり方でやらせてくれ」と返した。彼の目には、かつての無邪気さは影を潜め、冷徹な決意が宿っていた。兄弟の間には緊張が走り、互いの心に隔たりが生まれていた。
竜太は弟が抱える心の闇に気づきたかったが、拓也は語ることを拒んだ。彼は自分の道を選び、誰にも頼らずに進む決意を固めていた。しかし、その道は危険で、家族の絆をさらに壊すものだということを、竜太は必死に思い知らされていた。
ある晩、拓也はついに計画を実行に移すことにした。自室で集めた材料を使い、硫化水素を製造する。しかし、彼の手元は震えていた。果たして本当にこれで家族が救われるのか?その疑念が心を掻きむしり、彼の決意を揺るがせていた。
実行の日、彼は緊張しながら父親のいる病室へ向かう。しかし、思い描いていた復讐の瞬間は、現実の重圧に押し潰されてしまった。拓也は硫化水素の容器を手にし、父親の元へと足を踏み入れたが、その瞬間、彼の心には何もかもが失われる恐怖が広がっていた。父親の冷酷な言葉が、彼の頭の中で反響し、結局、彼は手を出すことができなかった。
計画は失敗に終わり、拓也はその場から逃げ出した。兄の竜太も、弟の心の叫びを感じ取り、彼を追いかけた。兄弟の間に築かれたわだかまりが崩れ、拓也は初めて心の内を打ち明けることを決意する。
「兄貴、俺は…何が正しいのかわからない。でも、家族を壊したくないんだ」と拓也は涙を流しながら言った。竜太はその言葉を受け止め、二人の心が少しずつ近づいていくのを感じた。
その晩、片桐家はかすかにでも希望の光を見出すことができた。家族の絆が試される中、彼らはお互いに向き合うことを学び始めていた。しかし、今後の道のりは容易ではないこともまた、明らかだった。
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