第2話 気合を入れて気晴らしをしてみる
かれこれ三十分は泣き続けていた俺と恋伊瑞。
さすがにお互い疲れたのか、最後はただ黙って座っているだけだった。
そんな事で心は晴れることは無いが、さっきよりは頭の整理が出来ている。落ち着いている。
冷たい風を肌で感じながら隣に目線を向けると、恋伊瑞と目が合う。
最初よりも目を腫らした恋伊瑞は、ベンチから立ち上がり、大きく伸びをした。
そして。
「気晴らしよ。気晴らしに行くわ」
そう宣言した。
おそらく、傷心が治ったわけではない。
それでも明日は来るのだ。いつまでも泣き続けるわけにはいかない。
そんな気持ちが彼女と重なったのか、不思議と笑みが溢れる。
「それがいいな。俺も帰って風呂にでも浸かるよ」
俺も帰ろうと立ち上がると、恋伊瑞はまたもや俺のカバンを掴んだ。
「何言ってんの? あんたも来るのよ」
「え? あ、ちょ!」
俺の答えなど聞かずに、カバンをリードのようにして連れて行かれる。
知りたくも無かった犬の気分を味わいながら、校門を出たのだった。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「青春のバカヤローーー!!」
小柄な体からは考えられない声量で叫ぶ恋伊瑞。
ここが夕日の沈む海なら、それはもう映画のワンシーンのように感動しただろう。
しかしここは最寄り駅から徒歩五分のカラオケ店六号室だ。
マイクを持ちながら大声を出した恋伊瑞は、やり切ったとばかりに息を吐く。
「うるさいよ! せめてマイク置いて叫んでくれ!」
全力で耳を塞いでいたのに、耳の奥がキーンとする。
当の本人は、そんなこと気にしてない様子でマイクを渡してきた。
「ほら、あんたもやりなさいよ。てか、名前なんていうの?」
こいつ! 名前どころか、クラスメイトだってことすら気づいてないのかよ。
「相馬だよ。相馬湊。同じクラスメイトだよ」
「あ、ごめん...」
「いいよ、別に。俺は目立つ方じゃないしな」
俺は答えながらマイクを受け取る。
いや、受け取った所で叫んだりはしないのだが。
「相馬ね。あ、私は恋伊瑞小和よ。まぁ振られた者同士仲良く……そう、振られた……」
また泣き出しそうになる恋伊瑞。
あぁ、もう!
俺は大きく息を吸うと。
「青春のクソヤローーー!!」
「うるさーい!」
一応、マイクの電源は切って叫んだのに。
さっきまで泣き顔だった恋伊瑞がけらけら笑っているので、まぁ良しとしよう。
彼女は備え付けのマイクをもう一本取り出すと、デンモクをいじりだす。
選曲はアップテンポの激しい曲だった。
世の中の不平不満を吐き出すような、そんな曲。
てか、歌うまいな。歌詞はハードだが、恋伊瑞の声で歌うと何となくマイルドに聞こえてしまう。
「はい、次。相馬の番」
「あ、うん。何歌うかなぁ」
カラオケなんて数回程度しか来たことがない俺に持ち曲があるわけ無かった。
うーんと唸っていると、恋伊瑞が聞いてくる。
「……あんまりカラオケ慣れてない? 彼女いたのに?」
グサリと心臓が刺された音がした。
「……そうだよ」
正直に話すと、心底驚いた顔をする。
「え、じゃあデートとかどこ行ってたのよ」
「……どこにも行ってない」
「えぇ……?」
今度は本気で引いていた。
それ本当に付き合ってたのかと疑問を抱いている顔だ。
「俺は何度も誘ったんだよ。でも、他の予定があるって全部断られて……」
「相馬……」
恋伊瑞は何か言いたげだったが、言葉を継ぐんだ。
分かっている。俺だって心のどこかで思ってはいた。遊ばれてるだけなんじゃないかって。
でも、そんな確証もないのに疑うなんて出来ない。俺の告白を受け入れてくれた椎名さんを信じたかった。
その真相が分かる前に振られてしまったが、俺は今でもそんなことはないと信じている。
「私も……」
「え?」
「私も、その気持ち分かる。結局デートに誘っても、実際に行けたのは数回だし。一か月で振られちゃったし……。初彼氏だったのに……」
「え、初彼氏?」
「そうよ、なんか悪い?」
「いや、そうじゃないけど。恋伊瑞はもっと恋愛経験あるのかと思ってたから」
正直、遊んでそうだなぁくらいには思っていた。
「はぁ? そんな訳ないじゃない。本当に初彼氏だったわよ。私まだ処――って何言わせるのよ! この変態!」
自分の身を守るように腕を体に回しながら罵倒してくる。
「勝手に自爆しといて変態呼ばわりかよ……」
「うるさいわね! どうせあんただって童貞なんでしょ!」
「ど、童貞ちゃうわ!」
しかしこの反応は肯定してるのと変わらなかった。
恋伊瑞は犬が威嚇するように、まだ睨んでくる。
「はぁ、俺が悪かったって。今日は気晴らしするんだろ?」
本来の目的を思い出したのか、俺への警戒心は解いてくれたが、一変したその雰囲気から察するに他の事も思い出してしまったのだろう。
「……そうね。今日は振られた者同士で気晴らしするんだから。楽しまなきゃね。あんたも全力で」
言葉と声のトーンの差が痛いくらい酷く開いていた。
……何をやってるんだ俺は。辛いのは俺だけじゃないだろう。
デンモクを操作し、うろ覚えではあるが有名な曲を入れる。
「……この曲、歌えるの? キー高いわよ」
「頑張るんだよ」
俺の下手糞な歌声がマイクを通して響き渡る。
AメロBメロはうろ覚えだし、サビは音程を外すし、Cメロに至っては全く知らず止まってしまった。
それでも歌い切った俺に待っていたのは。
「あはは! へたくそね!」
「うるせー」
散々俺を馬鹿にした恋伊瑞が次に選曲したのは、俺でも知っている有名なデュエットの失恋ソング。
そして。
「今日だけよ」
「え?」
「限界まで落ち込むし、多分泣くけど、それは今日だけ!」
さっきまでの悲しいだけだった顔とは違い、涙を浮かべながらも、そこには強い意志があった。
「だから、相馬。あんたも今日だけは存分に失恋しなさい!」
なんとも酷い慰めである。
空になったグラスに一滴の水を注ぐような、そんな優しさだ。しかし、そんな優しい一滴の温水が少しだけ体に染み渡る。
目の前に差し出されたマイクを受け取ると、青白い光だけが照らす薄暗い部屋の中で前を向く。
「そうだな。今日だけだ」
そこからは、まぁ酷かった。
恋伊瑞の元カレである佐久間のどこが良かったや、椎名さんのどこが可愛かった等、恥ずかしげもなくぶちまけ合った。
話すか迷っていた事も、恋伊瑞と暴露大会を始めたことで隠すのも馬鹿らしくなり、それはもう大っぴらにぶちまけた。
俺の言葉に恋伊瑞が引き、恋伊瑞の妄想に俺が引いたりもしたが、お互い様だ。
お酒を飲んでたんじゃないかと疑われてもしょうがないくらい散々騒ぎまくった結果、ラスト十分前の電話にも気づかず、店員さんが部屋まで来てしまった。
「カラオケってもっと値段行くのかと思ってた」
「学割って偉大よね」
カラオケ店から退出した俺達は、二人揃って声がガラガラだ。
あれだけ騒げば当然である。
外はすっかり暗くなっており、まばらな光が世界を照らしていた。
「ん」
隣に立っている恋伊瑞が、スマホを取り出しこっちに向けてくる。
「どうした?」
「連絡先よ。わかるでしょ」
「あぁ、連絡先ね」
そう言われ、自然と連絡先を交換した。
冷静に考えてみれば、女子と連絡先を交換したのは椎名さんに続いてこれが二回目だった。
「よし、これで今日みたいに騒ぎたい時に連絡出来るわね」
「え、またこんなことするの?」
「当たり前でしょ。ストレス溜まったら発散しなきゃだし。そん時はまた付き合ってもらうからね」
それはいいのだが、流石にこのカラオケには来たくない。
店員さんに目をつけられた気がしてならないのだ。
「俺はいいけど、恋伊瑞はいいのか? 友達とかの方が気楽そうだけど」
「友達に今日みたいな醜態晒せるわけないでしょ!?」
それもそうか。
お互い酷かったもんな、今日は。俺も友達に見せるとか考えられない。
だって友達いないし。
「あんたならもう気を使う必要ないし、楽なのよ。あ、相馬も連絡していいからね。予定が空いてれば付き合ってあげる」
「それは頼もしいな」
「でしょ?」
俺達は笑い合う。
制服を着て並んで歩く二人の姿は、もしかしたらカップルに見えるのかもしれない。
そんなことを考えて、俺は首を振った。
ここにいるのは失恋をした負け組だ。
負けた者同士で慰め合って、辛い思いを共有できた、それだけの関係だ。
「じゃあね相馬。失恋者同士、お互いを活用していきましょ」
「そうだな、じゃあまた。恋伊瑞」
そんな良くわからない関係を、今だけは大切にしたい。
そう思ったのだった。
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