フラれた者同士、友達未満の特別な関係
抹茶菓子
第1話 思いが届くとは限らない
「ごめんなさい相馬君。私と別れて下さい」
普段は誰も来ないような北校舎裏。手入れもされていないのか雑草が伸び放題で地面も荒れている。
そんな場所で、急に別れを告げられた俺は理解が追い付かず固まってしまった。
それでも何とか頭を働かせ、精一杯の気持ちで口を開く。
「……え、えっと。なんでか聞いても、いい?」
「付き合ってみて思ったの。やっぱり相馬君とは合わないかなって」
即答だった。
もはや声も出ない。
俺が呆然と立ち尽くしていると、それを答えと受け取ったのか、彼女は笑顔を俺に向ける。
「もう彼氏彼女じゃないけど、相馬君とは友達でいたいと思ってるから! これからも友達として仲良くしようね」
「……あ、うん」
「うん、じゃあね。また教室でね」
そういうと、俺の元彼女は速足で姿を消した。
あとに聞こえるのは鳥の変な鳴き声だけ。その鳥と目が合うと、どこかに飛んで行ってしまった。
そうか、俺は振られたのか……。
桜も散り切った、五月上旬。
地面に落ちている桜に向かって、俺は膝から崩れ落ちたのだった。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
一目惚れだった。
厳しい入試を乗り切り、夢と希望を胸に
彼女の名は
端正な顔立ち。腰まで届く艶やかな黒髪。明らかに彼女の周りだけ空気が違った。誰もが振り返ってしまう圧倒的美少女。
そんな彼女と同じクラスになれた俺は、それはもう運命を感じた。
頭の中には常に椎名さんがいて、教室ではつい目で追ってしまい、名前占いなども試してしまう始末。
自分で思い返してみても気持ち悪いが、それくらい好きだったのだ。
しかし当たり前だが、そんな彼女を好きになる男は大勢いる。入学して一週間で三十人程度に告白をされ、今なお告白する者が後を絶たない。
そして四月中旬。
俺は告白することにした。玉砕覚悟のアタックだ。
初めはクラスメイトという強みを生かして仲を深めてからと思っていたが、悠長なことをしている間に彼氏が出来てしまうかもしれないと思った。
「入学式の時から一目惚れでした。好きです、付き合って下さい!」
「……いいよ。これからよろしくね、相馬君」
そしてまさかの告白成功。そこからの俺はもう凄かった。
人生で初彼女だったことに加え、その相手が椎名さんだ。平常心でいられるわけがない。
見える世界が一変し、歩いた道に花が咲き誇っていく、まさにそんな気分だった。
どんなデートに行こう、どんな話をしよう、ハネムーンの行先まで妄想する始末。
教室で目が合うと、はにかみながら小さく手を振ってくれる椎名さんには何度心臓を刺されたか分からない。
……本当に毎日が幸せだった。
……本当に、好きだった。大好きだった。
「……くそぉ」
北校舎裏で倒れながら小さく喚く。
彼女の笑顔も、彼女からの連絡も、教室で手を振ってくれる秘密のやり取りも、もう俺に向けられることはない。
告白してらか早一か月で振られたのだ。
俺に何か問題があったのだろうか。何がいけなかったのか、何が悪かったのか。
頭の中で思考がぐるぐると回り、そして、今更考えても意味のないことに気づく。
「……」
俺は消えてしまいたい気持ちを抑えながら、何とか立ち上がる。
ずっとここに居るわけにはいかないし、何よりも長くここに居たら本当に立ち上がれなくなりそうだった。
入学して二か月でトラウマを蘇らせるスポットを作った俺は、寂れた休憩所のベンチに腰を掛ける。
北校舎裏程ではないが、ここも人があまり来ないのか、ベンチは錆びついている。一応横に設置されている自販機は補充されているようだが、品ぞろえは悪い。なんでコンポタだけで七種類置いてるんだよ……。
そんなどうでもいい事にまでイライラしてしまう自分が情けない。
場所を変えても思い出すのは椎名さんの事ばかりだ。
「「……はぁ」」
つい漏れ出てしまったため息が重なる。
俺が隣を見上げると、そこにはいつ座ったのか分からなかったが、同じ制服を着た女子生徒が居た。
「……なによ」
「……いや、別に」
目が腫れていた。
さっきまで泣いていたのだろうか、ずずっと鼻を啜りながら睨んでくる。
柔らかそうな染色された茶色の髪は肩まで伸びており、幼さを残す顔立ちは精巧な人形のようだった。お互い座っているから正確ではないが、身長は俺よりも頭一つ分小さいだろう。
俺と同じクラスの、美少女だった。
なんでも、クラスの男子間では清楚系の椎名さん、ギャル系の恋伊瑞で覇権争いがおこなわれているとかいないとか。
俺はもちろん椎名さん派閥だが。
「はぁ、最悪。こんなところに人がいるなんて」
「後から来たのはそっちだろ……」
「は? なに?」
「何でもないです」
え、怖い。
絶対に俺の方が先に座っていたのにこの言いぐさである。
当の本人はというと、何故か俺の顔をジッと見つめていた。
「あんた、泣いてたの?」
「べ、別にそんなんじゃないよ」
自分では涙が流れないように我慢してたつもりだったが、傍目からみて泣いているように見えるらしい。
目の下を擦った後に、仕返しとばかりに恋伊瑞へ反撃する。
「てか、そっちだって泣いてたんじゃないのか?」
「な、泣いてないわよ! 何言ってんの!」
顔を背けながら強い口調で言い返してきた。
そんな瞳に涙を貯めながら言われてもなぁ……。
泣いている女子になんて声をかければいいのか分からない上に、俺だって大泣きしたいくらい心がやられているのだ。そう考えた後に、俺はベンチから立ち上がる。
ここに居座るのは無理だ。
何も言わずに立ち去ろうとした瞬間、制服の裾を掴まれた。
「待ちなさいよ。どこ行く気?」
「え?」
「泣いてる理由、聞かせなさいって言ってるの」
ハンカチで涙を拭きながら、睨んでくる。
逃げるのは無理そうだ。
俺は再度ベンチに座りなおす。
「彼女に振られたんだよ。ついさっき」
「……嘘でしょ?」
「嘘じゃないよ。そんなに振られなそうに見えるか?」
「いや、彼女いそうに見えない」
「おい」
「あはは。ごめんって」
失礼だなこいつ。
しかし、悲しそうな顔をしながらも小さく笑った恋伊瑞を責める気にもならず、息を吐く。
「それで、そっちは何で泣いてたんだ?」
「……私も振られた。ついさっき」
「……マジで?」
「何? 私も彼氏いそうに見えないって言いたいの?」
「いや、ちげぇよ」
「本当に振られたのよ」
「あー、それは……。ご愁傷様です……」
正直言って、恋伊瑞を振る男子を想像できない。
俺の中では椎名さんが一番だが、それでも恋伊瑞は可愛い。
「……」
「……」
沈黙。
寂れたベンチに座る、失恋したばかりの男女二人。会話が弾むわけもない。
先に沈黙を破ったのは恋伊瑞だった。
「うぅぅ……。」
「お、おい。泣くなって……」
「だって! だっで、本当に好きだったんだもん!」
それは痛いくらいに伝わった。
ハンカチを顔の前で握り、涙をボロボロ流す彼女にかけてあげられる言葉が思いつかない。
俺だって、好きだった。
彼女のためなら何だって乗り越えられると本気で思っていたんだ。
「おい、やめろよ……。やめて、くれよ……」
悔しくて、やるせなくて泣いている恋伊瑞を見て、俺も目頭が熱くなる。
人通りが少なくて本当に良かった。
男泣きなんて、みっともなくて見せられない。
そこからはお互い言葉なんて無かった。隣同士で啜り泣いているだけ。
恋に破れた二人が、泣いているだけだった。
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